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何かあったのだろうかと不思議に思っているとその時、フィリップが庭にやって来てアリエルに声をかけた。
「アリエル、ちょっと私の書斎に来なさい」
「今すぐですの?」
「そうだ」
そう答えると、フィリップはアリエルのドレスに目を止めアンナに言った。
「もう少し、こう、まともなドレスはないのか?」
そんなにもみすぼらしい格好だろうか? そう思いながらアリエルは自分のドレスを見下ろした。するとアンナが慌てて立ち上がった。
「わかりました旦那様。すぐに支度をいたします」
「うん。アンナ、悪いが早めに頼む」
フィリップはそう言って微笑むと、書斎に戻っていった。
「お嬢様、すぐにお部屋に戻りましょう」
アンナに促され、屋敷内に入ると部屋に戻ったはずのアラベルがアリエルを待ち構えていた。
「アリエルお姉様、私はそのドレスおかしくなんかないと思いますわ。それどころかとてもお似合いだと思ってます。だから自信を持ってくださいね。それにしても、アリエルお姉様と私はお顔が一緒ですのに似合うドレスが違うだなんて不思議ですわね」
アリエルは内心腹を立てながらもそれをぐっとこらえて答える。
「そう。それはどうも」
するとアラベルは微笑むと言った。
「それにしても、お父様がアリエルお姉様を改めて書斎に呼ぶなんて一体なんでしょう? 盗難の件でまだアリエルお姉様にお話がないなら、その件かもしれませんわね」
それを言うためにここに残っていたのだと気づいたアリエルは、これ以上話せば悪態をついてしまいそうだったので、適当に返事を返すと急いで自室に戻った。
自室に戻ると何人かのメイドたちがすでにアリエルを着替えさせるためにスタンバイしていた。
大袈裟だと思ったが、アリエルは抵抗することなくドレスを着替えた。
「アンナ、ここまでする必要がありますの?」
「もちろんです。旦那様が着替えろと言うには絶対に理由がありますから」
アリエルは支度が整うと、アンナに急かされ急いでフィリップの書斎へ向かった。
何を言われるのかと緊張しながらフィリップの書斎へ入ると、部屋の中央にはフィリップではない誰かが立っていた。
客人だと気付いたアリエルは、フィリップの姿を探した。するとその立っていた人物が振り向きながら言った。
「アリエル、久しぶりだね。ルーモイで会って以来かな?」
「殿下?!」
アリエルは慌ててカーテシーをした。エルヴェは軽く手をあげた。
「お忍びだ、かまわない。楽にしてくれ」
アリエルは顔を上げると質問する。
「殿下、今日はどのようなご用件で? あの、父を呼びましょうか?」
「いや、フィリップに君と二人きりにしてほしいと頼んだのは私だ。今日は君に会いに来たんだ」
そう言うと、ソファに座るよう促した。アリエルは一瞬躊躇したがエルヴェに従って座ることにした。エルヴェはその隣に座るとアリエルの手を握った。
「君は私から逃げてしまうからね」
そう言って微笑んだ。アリエルは苦笑しながら質問した。
「今日は一体どのようなご用件でいらせられたのでしょうか?」
「君に会いたかった。言っただろう? 私はいつでも君と一緒にいたいんだ」
「あの……、はい」
アリエルが戸惑いながらそう答えると、エルヴェは満足したように微笑みそんなアリエルを見つめて言った。
「うん。それで本当は、今日ここに訪ねてくるつもりではなかったんだ。君を正面から誘っても逃げてしまうだろう? だから、ヴィルヘルムに協力してもらって君を誘いだしてもらうことにしていた」
アリエルは首をかしげた。
「今日ハイライン公爵令息に誘われたのは、アラベルですわ。私ではありません」
するとエルヴェはため息をついた。
「いや、間違いなく君を誘う手紙を書いたはずだ。ただその手紙を先に見つけたのがアラベルだったということだ」
アリエルは驚いてエルヴェに訊いた。
「まさか……、ではあの子私宛の手紙を勝手に開封して見たということですの?」
「そうだ。しかも約束の場に現れたアラベルは『ヴィルヘルム様をアリエルお姉様から守りたい』と言ったそうだ。だがヴィルヘルムも馬鹿ではない、そんな嘘にはだまされない」
アリエルはアラベルはどこまで卑劣なのだろうと眩暈がした。
「ですがハイライン公爵令息から私を誘って、どうやって殿下が関わる予定だったのですか?」
その質問にエルヴェは、少し躊躇したのちに答えた。
「姑息な手段かもしれないが、偶然を装って合流し二人きりにしてもらう予定だった」
その作戦を聞いて、アリエルはエルヴェがそこまでするのかと少し驚いた。
「そ、そうでしたの」
「うん、すまない」
「いえ、私が頑なに避けて逃げていたのがいけなかったのです」
「いや、君が私を避ける気持ちはわかる。君は悪くない。だがそれでも私は君に会いたくて……話をしたくて……いや、まぁ、そういうことだ」
「は、はい……」
お互いになんとなく気まずくなり、しばらく沈黙が続いた。
エルヴェは大きく咳払いをして口を開いた。
「それでアラベルのことなんだが、アラベルは君が相手を手玉に取る悪女で、ヴィルヘルムが毒牙にかかる前に話しに来たとも」
「そんな! 私そんなこと……」
そこでエルヴェはアリエルを制した。
「大丈夫、私は君がそんな女性でないことはよく知っている。それにヴィルヘルムもアラベルのことを信用していない。ヴィルヘルムは君が来ないならとアラベルを追い返した。私は彼からその報告を受けて、ならば君が屋敷にいるのではないかと思いお忍びで訪ね、フィリップに君に会わせてほしいと頼みこんだわけだ」
そう言うと、アリエルを熱のこもった眼差しで見つめた。アリエルは慌てて目を逸らす。
「本当に君は……」
エルヴェは大きくゆっくり息を吐いた。
「私はこのまま君を連れて帰り、王宮の中に閉じ込めてしまいたい欲求と戦っている。だが、君にそんな酷いことをして、信用をなくすわけにはいかない」
「で、殿下、今なんと? 冗談が過ぎますわ」
アリエルは思わずエルヴェを見つめた。
「冗談だと思うか? 私は本気なんだが」
「殿下がそんなことなさるはずがありません」
エルヴェは苦笑した。
「私はそんなに聖人ではない。君のこととなると尚更だ。ときどき理性が飛びそうになる。だが、これ以上君を傷つける訳にはいかないからね、これでもだいぶこらえているんだ」
そう言うとエルヴェはじっとアリエルを見つめる。
「殿下、あの……」
アリエルが返答に困っていると、エルヴェはアリエルの顔を覗き込む。
「わかっている。君は私を信じきれないのだろう? だが、私にもう一度チャンスを与えてくれないか?」
エルヴェはそう言うと真剣な眼差しでアリエルを見つめ、アリエルはその瞳を見つめ返した。
そして、山小屋で命を張って守ってくれたことやこれまでの態度を思い出し、今のエルヴェなら信じられるような気がした。
「わかりました」
「そうか、ありがとう。本当にありがとう」
エルヴェはそう言うと切なそうな顔をしたあと、微笑んだ。
アリエルはエルヴェにたまに二人きりで会うことを約束させられた。そのかわりアリエルはそれをアラベルに知られないようにするのを条件に出し、エルヴェはそれを快く了承した。
相変わらずオパールには毎日のようにお茶に誘われていたのだが、その時にエルヴェやヴィルヘルムが一緒に過ごすことも増え、近頃ほとんど毎日のようにエルヴェと会っている状況となっていた。
出かける前にアンナがドレスを何着か並べアリエルに尋ねる。
「今日はどのドレスになさいますか?」
アリエルはエルヴェと会うようになってから、失礼のないように身だしなみにだいぶ気を遣うようになった。