ステージ袖。黒い幕の向こう、アリーナの客席が、ほんのわずかな隙間から覗いている。遥か遠くに見える光の海。揺れるペンライトの波。目を細めると、それが無数の“想い”でできているように思えた。
その“光”と“影”の境界に、SHOOTは立っていた。
衣装越しにも伝わる心拍。熱を帯びた息。
けれど不思議なことに、彼の胸の奥には静けさがあった。
波の音のように、心に響き続けていたのは──
「……自分を信じて。お前なら、ちゃんと届くから」
MORRIEの声。
あの日、支えたように、今夜は支えられている。
客席のざわめきが、波紋のように広がっていく。
観客がスマホの画面を消し、次々とペンライトに切り替えていく様子が、遠くからでもわかる。
照明が落ちた。
まるで一瞬、時が止まったかのようだった。
暗闇に包まれる会場。
3万を超える人の存在が、音を潜め、ただ“その瞬間”を待っていた。
空気が張り詰める。
まるで、深い海の底に沈んだかのような静寂。
SHOOTはふっと息を吸い、そっと胸に手を置いた。
速く打つ鼓動。そのリズムの奥に、確かにあるもの──
あの海で聞いた、あの日の波音。
何度も繰り返し聴いたその音が、今も心の底に残っていた。
そして──始まる。
スポットライトが差し込んだ瞬間、
会場の空気が一変した。
無音。
本当に、何も聞こえなかった。
3万人が一斉に息を止めたような──そんな静けさ。
SHOOTは、一歩、前へ出る。
その足音さえ、世界の中心に響いたように感じた。
そして──
「♪ 君を信じ守るよ永遠に、大好きだmy body ……」
第一声が、空間を切り裂く。
照明も演出も、それに呼応するように一気に咲き誇った。
歌声と同時に光が走り、客席から歓声が漏れる。
まるで彼の“生”そのものが、会場全体を揺るがしたかのようだった。
第一声は、少しかすれていたかもしれない。
けれど、それは何よりもリアルで、どこまでも澄んでいた。
それは、“あの曲”。
SHOOTがすべてを背負って歌う一曲──
「OZ」。
スモークの中、スポットライトが彼をまっすぐに照らす。
まるで空の裂け目から差し込んだ、天の光のように。
黒いステージにひとり浮かび上がる彼の姿は、
孤独ではなく、信頼を背負った“ひとり”だった。
ゆっくりと足を踏み出す。
その一歩一歩が、彼の過去と今をつないでいく。
瞬間、客席が光に包まれる。
一斉に広がるペンライト。
無数の手、光、声が、彼の名前を呼ぶ。
けれどSHOOTは、ただ静かに、まっすぐ前を見据えていた。
その視線の先にあるのは、ただの夢じゃない。
“現実としての夢”の続きだった。
マイクを握る手が小さく震える。
けれど、握り直すその指先に、もう迷いはなかった。
歌詞が進むごとに、声は澄みわたっていく。
音程も感情も、すべてが少しずつ重なり合っていく。
やがて、光の中に仲間のシルエットが浮かび上がる。
誰ひとり、彼を置いていかなかった人たち。
ペンライトの波の向こうには、
涙を浮かべながら微笑むファンの姿もあった。
──すべてが、自分をここまで連れてきてくれた。
(ありがとう)
その感謝を言葉にはせず、音に乗せて届ける。
その想いは、音の波となって会場全体に広がっていった。
サビが始まると、天井の照明が一斉に開き、
光のシャワーが舞台を優しく包み込む。
その中心に、彼はいた。
ただの“アイドル”ではない──“夢を生き直す人間”として。
かつて夢の外側にいた彼が、
いま、確かに夢の“中”へと還ってきた。
ラストフレーズ。
その余韻が静かに、静かに消えていく。
会場に、一瞬の沈黙が落ちる。
そして──
嵐のような拍手が巻き起こった。
歓声。涙声。名前を呼ぶ叫び。
SHOOTは、すべてを受け止めるように深く頭を下げる。
床が涙でにじんで見えた。
でもその涙は、苦しさではない。
ここに立つ自分を、ようやく許せた証だった。
仲間が駆け寄り、無言で肩を叩く。
何も言わず、ただそばにいる。
MORRIEがそっと隣に立ち、マイクを通さずに呟いた。
「──おかえり。“SHOOT”じゃなくて、“俺たちのSHOOT”。」
SHOOTは笑った。
もう、怖くなかった。
ステージの光がその笑顔を包み込む。
これは夢じゃない。
だからこそ、この光は本物だった。
メンバーが袖に戻っても、客席の光は消えなかった。
誰も座ろうとせず、誰も彼を見逃そうとしなかった。
暗転しかけた照明が、もう一度彼だけを照らす。
その中で、SHOOTは再びマイクを手にした。
ゆっくりと、まるで言葉を手探りするように、口を開く。
「……お久しぶりです。SHOOTです」
泣き笑いのような歓声が返る。
彼は小さく頷いて、続けた。
「ずっと、心配をかけて、ごめん」
再び、空気が静まり返る。
観客のひとりひとりが、言葉を逃すまいと息を殺す。
「いなくなった日から、何度も考えました。……自分は、ここに戻ってきていいのかって」
「誰にも言わず、勝手に消えて、たくさんの人を傷つけて……“SHOOT”としてまた立っていいのか、わからなかった」
声が震えていた。
でも目は、どこまでも真っ直ぐだった。
「でも──」
「俺の心に、どうしても消えなかったものがあった」
「それは夢でもステージでもなくて……みんなの“声”でした」
「“待ってるよ”とか、“ゆっくりでいいよ”って……そんな何気ない言葉が、波のように届いて……俺の心を、もう一度、動かしてくれた」
客席から、嗚咽がこぼれる。
誰も、もう涙をこらえていなかった。
SHOOTは視線を落とし、また顔を上げる。
その瞳は、濁りのない光を宿していた。
「俺、逃げたことを後悔してないです」
「……逃げたからこそ気づけたことがある。止まったから、見えた景色がある」
「だからこれからも、無理に強がったりしません」
「泣きたいときは泣くし、怖いときはちゃんと怖がる」
「でも──今度は、自分の足で、ちゃんと前に進みます」
その言葉に、全ての感情が宿っていた。
そして──
拍手。
それは歓声ではなかった。
ただ、まっすぐな、受け入れの音。
SHOOTはその拍手に微笑みながら、背後から差し込む光の中で立っていた。
その姿はもう、「壊れかけたアイドル」ではなかった。
それは──
ひとりの人間として、夢をもう一度信じようとする姿だった。
マイクを下ろし、ゆっくりと歩き出す。
袖の前で、客席のひとりが叫んだ。
「おかえり、SHOOT──!!」
SHOOTは立ち止まり、静かに振り返った。
深く、深く頭を下げる。
そして、小さく呟いた。
「……ただいま」
その言葉が、静かに、しかしどこまでも澄んで、会場全体を包み込んでいた。
コメント
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最後まで感動しました! なんか自分も頑張ろうって思えるような物語です✨