コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
静かに泣く女だと思った。
嘘じゃない。嘘泣きなんかじゃあるはずがない。
「……高嶺」おれは彼女の涙を吸い上げた。「……悲しくて泣いてる?」
「ううん。……なんか胸が詰まって。……あんな暗い話するの、初めてだから」
「大学で友達にとか、話してないの?」
「何人かには。……でも、結婚しようとしたひとを除けば、異性に話すのは、あなたが初めてかも……」
会ったこともないその男に嫉妬する。この――独占欲。
「高嶺。おれたち、……幸せになるんだよ。幸せになるために生まれてきたんだ」
そうしておれは彼女をはだかにし、ありったけの自分の想いを伝える。
大学の先輩に感謝をした。でなければ、高嶺をここまで気持ちよく導くことは、不可能であったかもしれない。そのくらい――高嶺は、乱れた。
高嶺を狂わせられる男がおれでよかったと思う。こんな高嶺は――誰にも見せたくない。
彼女と繋がったまま、彼女を抱き締めておれは言った。
「高嶺。おれ、きみのこと……本気だから。
本気できみのことを愛しているから」
* * *
それ以降、平和にときは過ぎた。定時帰りの比較的近距離の高嶺のアパートに寄り、愛を確かめ合う。高嶺がおれのために料理を用意してくれ、新婚ごっこ――みたいだった。
自分のマンションに帰らず、高嶺の部屋で過ごす時間がみるみる増えていく。こうして、互いの愛をあたためあう日々が続いた。
会社で勿論おれたちのことは噂になってはいたが、全然構わない。高嶺もおれも否定なんかせず、堂々と交際した。
課長には一度、呼び出された。昼休み中に会議室に。……こういうところにも、桐島さんとの共通点を見出し、ああふたりは愛し合っているのだと改めて悟る。嫉妬のような感情は薄れており、ああ、おれは、改めて、高嶺を愛しているのだと、思い知らされる。
『きみを追い込んだことに責任を感じていたから。きみが幸せなようでよかったよ』
時には、こっそり自宅マンションで後ろの穴を愛すことはあれど。回数は格段に減った。
高嶺はおれに、こころを許すようになってから笑顔が増えた。――天使と悪魔。その両方をその華奢なからだに内在させる彼女。どちらの彼女もおれには愛おしかった。
結ばれた週末に、早速彼女を連れて実家に帰った。両親には事前に相談しておいた。おれは次男であり、長男である兄貴が既に結婚して実家に同居しているゆえに、心理的負担が少ないというか。おれが、本当に愛する人間と結婚するのなら、それは構わない。――高嶺の不幸な生い立ちについて、うちの親は同情し、涙した。――本当の家族と思ってね。母は手を握り、高嶺に訴えた。高嶺はまたも涙し、おれは案外、高嶺が泣き虫だということも発見した。
帰り道、高嶺は夜空を見上げ、
「あたし、……貴将に出会えて、いろんな感情を知ったわ……。ねえ、早めにご両親に会わせたのってあたしを安心させるためなんだよね? ……ありがとう。
……あ、でも、言っておくけど、結婚も妊娠も先だよ?
あたし、中野さんのピンチヒッターで入った人間だから。そんな人間が、中野さんの育休中に妊娠でもしたら、洒落にならない」
「――高嶺」信号待ちに差し掛かり、おれは彼女と握る手に力を込めた。「おれたちいつ――結婚する?」
「いや、だからその……」顔を赤らめる彼女が愛おしい。静かに、唇を重ねた。触れるだけのキス。なのに彼女は顔を真っ赤に染め、「不意打ちとか。そういうの、駄目だから……」
「じゃあ、聞くよ。……高嶺。きみにキスがしたい。……駄目かな」
「駄目とは別に……言ってない」
顔を背ける彼女は意外と照れ屋さんだということが分かった。おれはそっと彼女を抱き寄せ、あまく口づける。幸せなおれたちの物語はいま――始まったばかりだ。高嶺と幸せな未来を築いていく。苦しんだぶん――いっぱい悲しんだぶん、これからは楽しいことばかりなんだよと。愛し愛されることはこんなにも幸せなんだと――おれは、彼女への、真の愛情に触れ、本当に愛することの幸せを実感していた。
おれは彼女の口内を味わい尽くしながら、この胸いっぱいの愛を伝えた。高嶺――愛している。
―完―