それなのに、だ。
やたらテンションが高いくるみに、実篤はずっと押され気味。
スパーン!と襖が勢いよく開いて……薄暗い廊下にいた実篤は、応接間の灯りに一瞬だけ目を眇めた。
と――。
「きゃー、実篤さん、めっちゃ可愛いですっ!」
くるみの黄色い声がして、ギュッとしがみつかれた。
モフモフ越しでそんなくるみの体温が余り感じられないのは不幸中の幸いだったかもしれない。
だって――。
「くっ、くるみちゃん、その格好っ」
くるみが頭を動かすたび、実篤の鼻先を黒い耳がヒョコヒョコとくすぐってくる。
黒のホルターネックのミニスカワンピースに、黒い艶々ストッキング。
ワンピースは、胸元からウエストにかけて真ん中の部分だけ逆三角形に、キラキララメのシルバー異素材デザインになっていて、そこに黒い蝶ネクタイをトップに、黒の大きめな包みボタンが三つ、縦に並んで縫い付けられていた。
ウエストから下はチュチュのようなフィッシュテールのミニスカートになっていて、お尻は結構覆われている代わりに、前側はかなり短めで、太ももがめちゃくちゃしっかり見えてしまっている。
ウエストの両サイドに黒い大きめなリボンが付いているのは、デザイン的なアクセントだろうか。
手には黒いロンググローブをはめていて、先程から実篤の鼻先ををちょいちょいくすぐっているのは、カチューシャに取り付けられた黒いウサ耳だ。
これは、メイド風バニーガールというやつだろうか?
典型的な黒のボディスーツに手首だけフリルに編みタイツ。お尻に真ん丸ウサしっぽ、みたいな格好でないだけマシなのかもしれないけれど……実篤的には「刺激が強過ぎる!」という意味では全く大差なかった。
「えへへっ。可愛いでしょう? 実篤さんのためだけの、メイドさんバニーガールですっ」
クルッと実篤の前で回ってみせるくるみが可愛くて、思わずギュッと腕の中に閉じ込めてしまいたくなる。
その衝動を、どうにかこうにかモフモフの爪付きグローブをグッと握り締めて耐えた実篤に、くるみが容赦なく追い討ちをかけてきた。
「実篤さん、何でうちの方、見てくれんのん? 気に入らん?」
不安そうに眉根を寄せるくるみに、別に連動しているわけではなかろうに、ウサ耳カチューシャがシュンと項垂れてしまったような錯覚を覚えた実篤だ。
「い、いやっ。めちゃくちゃ可愛い、です。かっ、可愛すぎて目のやり場に困っちょる、だけ、です」
「もぉ、実篤さんってば、何で敬語になっちょるん?」
クスクス笑って、くるみが実篤のモフモフの手をギュッと握り締めてくる。
そこで不意に真剣な顔になると、実篤の手を握る手指に力を込めてきた。
「あんね、実篤さん。うち、今日はウサギなんよ」
――うん、そうじゃね。見れば分かるよ?
実篤は大きく開いたくるみの胸の谷間が気になって仕方がない。
「ほいでね、実篤さんは狼男なん」
――そうじゃね。くるみちゃんがそうするように衣装渡してくれたけん、そうなっちょるね。
心の中では返事出来るのに、声に出したら震えてしまいそうで、何も言えない実篤だ。
そんな実篤の表情を、窺うようにじっと見上げてくるみが言った。
「知っちょってですか? 実篤さん。狼はね、ウサギを食べるんです。だから、――実篤さんも……今夜はちゃんと狼になって……うちを食べて?」
***
一瞬、くるみが何を言ったのか理解できなかった実篤だ。
「え……?」
思わず間抜けな声を出したら、くるみが泣きそうな顔をして実篤を見上げてきた。
「実篤さん、うち、手ぇ出すの躊躇ぉーてしまうほど魅力ない? 付き合い始めて一ヶ月以上……キスもしてくれんのんはうちが子供っぽい所為なん?」
畳み掛けるように言いながら、実篤の手をぎゅっと握ったくるみの手が小さく震えているのを感じて、実篤はハッとした。
暖房を付けた応接室と違って廊下は寒い。
だけど、くるみのこの震えはきっとそれだけじゃないはずだ。
「お願いじゃけ……イヤって言わないで? うちを拒まんといて?」
実篤はくるみに握られた手をかわして、逆にもふもふの手で包み込むように挟みこんでから、くるみの顔をじっと見つめる。
「くるみちゃん、俺……! ホンマごめんっ!」
そうして一言謝ると、実篤からの謝罪を拒絶と受け取って表情を一気に曇らせたくるみを、「そうじゃないけぇ」と言う気持ちを込めてギュッと腕の中に抱き寄せた。
「俺、もう年が離れちょるとか何とか……くだらん負い目は全部捨てる」
低く押し殺した声音でそうつぶやくと、実篤は何の前触れもなく腕の中のくるみを横抱きに抱き上げる。
「実篤さんっ!?」
突然お姫様抱っこをされてびっくりしたくるみが、実篤にギュッとしがみついてきて。
それが、実篤の鼓動をどんどん早くした。
「これからは俺、くるみちゃんに触れるん、一切我慢せんけぇ。――覚悟して?」
(女の子にここまで言わせて何もせんとか……男がすたるじゃろ!)
いくら自分がヘタレワンコでも、そのぐらいは分かる。
(俺を狼男に化けさせたのじゃって、くるみちゃんなりの必死のアピールじゃったんじゃろ?)
ずっと、くるみとの年の差に怯んでキスさえままならなかった実篤だけど、キスはもちろん、その先だってずっとずっとしたいと思っていた。
欲望を理性で抑え付けるようにして、年の離れたくるみを傷付けないよう、真綿にくるむような付き合い方をしてきた実篤だったけれど。
それが逆にくるみを傷付けていたんだと思い至った。
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