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でも、飲み会でその話を聞いた誰かが、面白がって大げさに話を盛ったらしい。


数日後、会社に行くと、なぜかわたしが「桜庭さん、仕事ができなくて田辺さんが困ったらしいよ」と言いふらしていたという噂が広まっていた。

誤解はすぐ解けたけれど、それ以来、わたしは完全に桜庭さんにマークされてしまった。


もともと内気な人見知りで、職場の人たちと表面的な付き合いしかしてこなかったことが、仇《あだ》となった。

そのため親身になってくれるような味方もなく、会社に行くのがとてもつらくなった。


一方、桜庭さんには男女ともに取り巻きが多く、仲間内のSNSでわたしの態度や服装、そしてミスしたことなんかをあげつらって、笑い者にしていたらしい。


その中のひとりが、善意からそのことをわたしにこっそり教えてくれたのだけれど、逆に知らない方が良かった。


それを知ってからは、会社にいる間中、自分が人からどう思われているのか、そればかりが気になるようになってしまった。

今考えれば、あの忠告は善意からではなく悪意からだったのかもしれない。



陰口だけでなく、桜庭さん本人からは直接、暴言を浴びせられた。


『そんなダサい恰好で、よく外、歩けるよね。わたしなら無理』


『田辺先輩に色目使って、わたしの悪口言わせたんじゃないの? でも無駄。あんたみたいなブスがわたしに勝てるわけないじゃん』


『ほんと、グズだし、なんにも取柄ないよね、加藤って』などと、トイレや休憩室で顔を合わせるたびに言われ続けた。


何も言い返せなかった。

そんなことをしたら、余計エスカレートするんじゃないか。

それが何より怖かった。

でも、そんな自分が不甲斐なく、心は落ち込んでゆく一方だった。


次第に、人の顔がまともに見られないようになり、話す声も変に震えるようになってしまった。

すると相手に|怪訝《けげん》な顔をされて、ますます緊張が増して……接する人全員の視線が耐えられなくなった。



この人、わたしをどう思っているのだろうか、と。



今振り返れば、なんで状況を変える努力をしなかったのかと、自分でも思う。

でも、わたしは、ことなかれ主義で、学生時代から面倒な争いに巻き込まれないように、極力目立たないように注意してきたから、逆に免疫ゼロで対処法がわからなかった。


それに渦中にいるときはまったく頭が回らず、ただ逃れたい、そればかり思っていた。


とにかく、そんな状況だったから、わたしは必死で両親を説得して、翌年の3月に会社をやめ、住居も書店の二階に移した。


祖母と二人だけの職場はとても気楽で、人前で緊張する|癖《くせ》はだいぶおさまった。

でも、負け犬のようにしっぽを巻いて逃げ出してしまった事実は、わたしの心に小さいけれど深い傷を残した。


職場の人とうまく付き合えずに会社をやめてしまったという引け目を、今も心のどこかで引きずっている。


それに逃げ込んだ先の本屋の仕事がバラ色かと言えば、まったくそんなことはない。

特にうちのような小さな書店の経営環境は年々厳しさを増している。


ネット書店の台頭、そして電子書籍が予想以上に早く広まり、うちの主力商品である雑誌や漫画の売り上げはガタ落ち。

店の売上は雀の涙で、主に学校の教科書などの大口注文で、なんとか|凌《しの》いでいる状態だ。


もちろん黙って手をこまねいているだけでなく、場所柄、ファッション関係の本を多く仕入れて、他の本屋と差別化をはかったり、絵本の読み聞かせをはじめたり、その様子をSNSで発信したり、と小さな抵抗を試みているけれど、時代の|趨勢《すうせい》にあらがうことは難しい。


おそらく、つぶれるのは時間の問題、なんとか延命を図っているというのが実情だった。






もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン

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