イマイチ体調が芳しくなくて、外出できずに家に一人でいることが多かった私は、それでも気晴らしに誰かと話せるのは嬉しくて。
夏凪さんの訪問に、実はすごく助けられている。
「飴なんかは平気でしたわよね?」
「そんなに数は食べられないですけど……ちょっと口に含むぐらいなら」
夏凪さんが渡して下さったのは、飴ではなくて京都の方の有名な老舗のカラフルな金平糖だった。
「本当にしんどそうですけれど……ちゃんと食べるもの、口に出来てますの?」
差し出された高級そうなふた付き陶器に入った金平糖をひとつつまんで口に入れたところで夏凪さんから心配そうに眉根を寄せられて、私は咄嗟にうまく返せなくて淡い笑みを返した。
夏凪さんに心配されるのも無理はない。
このところまともに固形物を口に出来ていないからか、私は自分でも分かるぐらいやつれてしまっている。
優しく解ける甘さを舌の上で転がしながら、これなら調子がいい時に口に入れられそうだなとぼんやり思って。
「大丈夫です。宗親さんが食べられそうなものを色々試行錯誤してくださるので」
言ったら、夏凪さんが一瞬だけ瞳を見開いてから、「春凪さんをオロオロしながら甘やかすお兄様の姿が目に浮かぶようですわ」と、クスクス笑った。
そう言えば幼い頃、夏凪さんも宗親さんにかなり甘やかされたと聞いたことがある。
宗親さんの口振りからもそれは時折垣間見えて。
素直じゃない性格と、大企業オリタの令嬢と言うバックボーンのせいで、真の意味で同年代のお友達に恵まれていなかった夏凪さんと、どうか仲良くしてやって欲しいと頼まれた日のことを、私はほわりと思い出す。
宗親さん、私が妹さんと同い年な上、似た名前だったことにも縁を感じるっておっしゃってたっけ。
宗親さんは基本現実主義者でドSで意地悪。敵に対しては容赦なくとことん冷酷になる事も出来る人だけれど、自分の懐に入れた相手にはびっくりするぐらい優しくて甘いところがあるから。
夏凪さんを可愛がる幼い頃の宗親さんの姿が容易に想像出来て、今度は私がクスクスと笑う番だった。
「――春凪さん?」
そんな私の様子に夏凪さんがキョトンとして。
私は思ったままを彼女に話したのだけれど。
「――あっ! でしたら今度その頃のアルバムを実家から持ってきますわっ♪ お兄様の小さい頃の写真、一緒に見ましょうよ」
言われて、私は気持ち悪さも忘れて、すごくすごくテンションが上がった。
「是非!」
「あ、でも――」
「宗親さんには内緒、ですね?」
「お兄様には内緒、ですわよ?」
夏凪さんと私。
ほぼ同時に同じことを言って、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
宗親さんの子供の頃の写真。
めちゃくちゃ楽しみです!
***
「春凪。今日は随分顔色がよさそうだね。夏凪が来てくれて気晴らしになった?」
そっと労わるように私を腕の中に抱き寄せて、宗親さんが静かに問い掛けてくる。
耳を揺らす低音イケボは、私が大好きな極上の旋律。
「――はい。すっごく」
私のお腹の中には今、宗親さんとの赤ちゃんがいます。
もう、それだけで幸せ一杯のはずなんだけど――。
つわりが酷くてここ数週間ご飯がまともに食べられない私は、日がな一日リビングのソファや寝室でダウンしていることが多かった。
努めて水分だけは摂るようにしてはいるけれど、固形物を食べるのは本当にしんどくて。
大好きなチーズでさえもにおいに吐き気を催してしまう始末。
そんな中、果物だったら比較的食べられることが多い私を気遣って、宗親さんは帰宅するたびに高級そうなフルーツを手土産に持ち帰って下さる。
今日は蜜のたっぷり入った艶っつやのリンゴだった。
宗親さんが皮を綺麗に剥いて、食べやすい大きさに切って下さったそれを、楽しみなことが出来たからかな? いつもより沢山食べられた気がする。
そんな私を見て、宗親さんが嬉しそうに微笑んで先の言葉を投げかけてきたのだけれど。
「はい。綺麗な金平糖をいただきました」
本当に気分がいいのはそこじゃないのだけれど、夏凪さんとの約束だからアルバムのことは秘密。
背後の宗親さんをそっと振り返ったら、優しく微笑み掛けられた。
「それなら食べられそう?」
聞かれて、私はコクコクと頷いた。
「良かった」
よくよく話を聞いてみると、夏凪さんに金平糖を買うよう指示を出したのは宗親さんだったみたい。
会社で手土産に使うことがあるらしい老舗の手作り金平糖なら、粒も小さいし癖も強くない。
今の私でも口に出来るかも知れないと思われたんだとか。
「まさか……そのためにわざわざ?」
ここから京都までは新幹線で片道約二時間。ちょっとそこまで、の距離ではない。
「夏凪はルンルンで行ってくれましたよ?」
京都へ日帰り旅行が出来ると上機嫌だったらしい夏凪さんの姿が目に浮かぶようで、私は思わず吐息を落とした。
「宗親さん、公私混同は――」
「丁度他社訪問用の手土産も買わなきゃいけないと思っていたので、春凪のはそのついでです」
しれっとすました顔でそんなことを言う宗親さんのことを困った人だなって思いながらも、何だか憎めなくて。
「ついででも嬉しいです。有難うございます」
ちょっぴり含みを持たせてお礼を言ったら、「バカだな。春凪のがメインに決まってる」とポツンと落とされて、腰に回された手にほんのちょっとだけ力を込められた。
***
「きゃー。お二人ともすごくすごく可愛いですっ!」
宗親さんは小さい頃から整った顔をしていて。だけど、写真の中の彼は全てのパーツが幼くて愛らしいから、私はたまらなくキュンとさせられた。
ベビーベッドで眠る夏凪さんを見詰める小学生くらいの宗親さんの眼差しは、私によく向けられる優しいそれで。宗親さんが、心の底から夏凪さんを愛しておられるのが伝わってくる写真だった。
「とっても優しくてハンサムな、自慢のお兄様でしたの」
お姫様みたいなフリフリのベビー服を着た夏凪さんを、小さな王子様が守るように慈しんでいる姿がアルバムのあちこちに散りばめられていて。
私は頁をめくるたびに愛らしい二人の様子に感嘆の吐息を漏らした。
「こちらはアタシが生まれる前のお兄様のアルバムですの。お母様がこちらも是非春凪さんにって持たせてくださったんですけれど――」
義母の葉月さんが嬉しそうにアルバムを追加する姿が目に浮かぶようで、私は思わず笑ってしまう。
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