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「最初はね、何十冊もドサッと積み上げられたんですのよ? そんなに持てるわけないでしょう?って言ったら執事を付けるからって言われて。折角の春凪はなさんとの楽しいひと時を邪魔されたくないからアタシ、丁重にお断りしましたの。それで……今回はとりあえずナンバー①って書かれた最初の一冊目だけ持って来ましたの」


調子のよい時に実家へ顔を見せにいらしてね?と言う伝言をことづかったらしい夏凪かなさんに、私は葉月はづきさんが私に宗親むねちかさんのアルバムを見せたくてうずうずしていらっしゃるんだなって思って。

そんなことを宗親さんが知ったらきっと、当分の間織田おりたの実家には行かせてもらえなくなるだろうなって苦笑した。



***



表紙に『Munechika①』と書かれた、少し縁取りが黄ばんで年月としつきの流れを感じさせるアルバムをめくったら、初っ端は生まれたての宗親さんあかちゃんのスナップ写真だった。


きっと病院で撮られたものだろう。


まだ所々に血の付いた白いタオルに包まれた宗親さんが、顔をしわくちゃにして泣いていた。


私はその写真を見るなりぶわりと涙がこみ上げてきて。


「春凪さん?」


そばにいた夏凪さんに心配をかけてしまう。


そういえば夏凪さんのアルバムも、一枚目の生まれたての夏凪さんを見た時、胸の奥がギュッと苦しくなったのを思い出す。


その理由に気が付いた私は、それを誤魔化すみたいに当たり障りのない言葉を紡いだ。


「ご、めんなさ、……。私、妊娠してから……何、だか少し、情緒不安、定で……」


ポロポロとこぼれ落ちる涙を抑えられずに途切れ途切れに言ったら、夏凪さんがそっと背中をさすって下さった。


何も言わずに背中を撫でてくれる夏凪さんが、何となく宗親さんと重なって。


頭の中で、夏凪さんと宗親さんの生まれたての写真が交互にぐるぐるとめぐり始めてしまう。


そうして思った。


お腹の中の赤ちゃんはまだ男の子か女の子か分からないけれど――。


出来る事ならな、って。



***



「宗親さん。お腹の赤ちゃん――」


生まれたての宗親むねちかさんの写真を見た瞬間、お腹の中の子が男の子だったら柴田の呪いが解けたようで嬉しいなとぼんやり思ったことに気が付いた私は、そんなことを考えている自分が嫌になって思わず口を閉ざした。


「春凪?」


そんな私を宗親さんが壊れものを扱うみたいにそっと腕の中に抱き寄せて。


「思ってることがあるなら……一人で抱え込まずに僕に全部話して?」


じっと顔を覗き込まれた私は、しどろもどろになりながら胸の中のどす黒い気持ちを吐き出した。


男の子でも女の子でも健康ならどちらでもいい。

そう思ってあげられないことに何だか嫌気がさして。


「……ねぇ春凪。うちの母や夏凪は織田おりたの中で窮屈そうにしているように見える?」


私の話を黙って聞いて下さった宗親さんから静かに問われた私は、フルフルと首を横に振った。

むしろお二人とも生き生きしているように見える。


「じゃあ、春凪のお母様やおばあ様は今、どうかな?」


問われて、葉月さんと話して以来、柴田の呪縛から解き放たれた二人が、凄く幸せそうにあちこち飛び回っているのを思い出した私は「凄く楽しそうにしています」と答えた。


でも、だからと言って、父や祖父が邪見にされて居るということはなくて、みんなで一緒に温泉旅行へ行ったりしているみたい。



「春凪は?」


最後にそう問いかけられた私は、すぐそばで私を優しく見つめて下さる宗親さんをじっと見上げて。「とても……とても幸せです」と答えた。


「僕もね、春凪と一緒に居られて毎日がすごく幸せなんだ。だから――」


そこで私のお腹にそっと触れた宗親さんが、「僕はこの子が男の子でも女の子でもとびっきり愛せる自信があるんだけどな?」と微笑んだ。


私は宗親さんのその笑顔を見て、漠然と抱えていた〝女の子だったら織田家おりたけ柴田うちの呪いを持ち込むみたいで何だか申し訳ない〟と感じていた不安がゆるゆると氷解していくのを感じて――。


男の子でも女の子でも……誰も私を責めたりしないんだ。どちらでも祝福してもらえるんだ、って……今更のようにそんな当たり前のことに気が付いた。


宗親さんが触れておられる下腹部。彼の手の上にそっと自分の手を重ねて。


――お腹の中のこの子が、どうか無事に生まれてきてくれますように。

――男の子でも女の子でもいいから。


初めて、心の底からそう願うことが出来た。


この子が無事に生まれて来てくれたならば。


葉月さんが宗親さんと夏凪さんにしたように、私もたくさんこの子の写真を残して……。

そうして家族のきずなを深めていきたい。


そんな風に思った。



***



「春凪もうちの子も本当に可愛いね」


私は宗親さんに似ていると思うけれど、宗親さんは私に似ていると言う小さな小さな赤ちゃん。


私はまだ首もすわっていないその子が、懸命に私のおっぱいに吸い付いている姿を、ひどく穏やかな気持ちで見下ろしている。


あんなに悩んだ陥没乳首だったのに。


私の胸は宗親さんに沢山沢山愛されて……毎日のように赤ちゃんにおっぱいをあげていたら……いつの間にかすっかり〝普通の〟見た目になっていた。


宗親さんに「僕にだけ応えてくれる春凪の恥ずかしがり屋なおっぱいも好きだったんだけどな」って悪戯っぽく笑われながら、宗親さんと結婚してから私、あんなにコンプレックスだったはずの胸のことがちっとも気にならなくなっていたことに気が付いた。



「春凪、愛してるよ」


腕に抱いた赤ん坊ごと、宗親さんにふんわり包み込むように優しく背後から抱き締められて。


私は心の底から幸せだなって思った――。



END(2021/01/24〜2022/10/09)

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