テラーノベル
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二人の生活が息づく慎ましい家の中に、不穏な静寂が満ちていた。
夕刻、資材の切り出しを終えて帰宅した滉斗は、玄関を開けた瞬間に異変を察知した。いつもなら鼻をくすぐるはずの夕飯の香りがなく、代わりに微かな、だが鋭い鉄の匂いが立ち込めていたからだ。
「……元貴?」
返事はない。奥の部屋へ足を踏み入れると、そこには使い込まれた木机の上に、一枚の紙が不自然に置かれていた。
『元国王・若井元貴は頂いた』
走り書きされた見慣れない筆跡。その傲慢な一文を目にした瞬間、滉斗の周囲の空気が一変した。床から壁にかけて、パキパキと音を立てて白い霜が走り、室温が氷点下まで叩き落とされる。
「若井」――もはや捨てたはずの名字を、元貴に冠して呼ぶ無礼。そして、何より自分の半身を奪われたという事実が、滉斗の奥底に眠っていた「最強の死神」を呼び覚ました。
「……誰の許可を得て、俺の獲物に触れている」
低く響く声は、もはや人間のそれではない。滉斗は壁に立てかけていた氷剣を手に取ると、感情を殺した瞳で夕闇の街へと飛び出した。
その頃
元貴は、旧王都の地下深くにある、今は使われていない石造りの牢獄にいた。かつて反乱軍の残党が隠れ家として利用していたその場所に、元貴は椅子に縛り付けられた状態で座らされていた。
「無駄だよ。ひろぱは、もう君たちが思うような『人斬り』じゃない。彼は、この国を新しく作るために剣を振っているんだから」
元貴の頬には切り傷があり、そこから流れる血が翡翠の首飾りを赤く染めていた。目の前に立つ男たちは、かつて滉斗に敗れ、地位を追われた旧軍の幹部たちだった。
「黙れ、戦えぬ王め。若井滉斗を呼び出すための餌に過ぎん貴様に、語る資格はない。奴が来れば、この特殊な魔導具で……」
男が懐から取り出した黒い石――術者の魔力を吸い取り、無効化する禁忌の道具を見せびらかしたその時だった。
牢獄の分厚い鉄扉が、爆発的な衝撃と共に内側へと吹き飛んだ。
「……随分と賑やかだな」
もうもうと立ち込める砂塵の中から現れたのは、全身から凄まじい冷気を放つ滉斗だった。彼の足が地面を踏むたびに、石造りの床は瞬時に凍りつき、壁を伝って氷の蔦が牢獄を侵食していく。
「若井! 来たか、死に損ないめ! この魔導石がある限り、貴様の氷術は……!」
男が石を突き出そうとした瞬間、滉斗の姿が消えた。
目にも留まらぬ速さで間合いを詰めた滉斗は、氷剣の鞘で男の手首を砕き、魔導石を空中で粉砕した。
「術など、使うまでもない」
冷徹な一言と共に、滉斗は周囲の兵士たちを瞬く間に無力化していく。殺しはしない。だが、二度と武器を握れぬよう、その両手足を完璧なまでの氷の中に封じ込めた。
「ひろぱ……!」
縛り付けられていた元貴の元へ、滉斗が歩み寄る。その瞳には先ほどまでの殺意はなく、痛々しいほどに揺れる後悔の色があった。
「すまない、元貴。俺が目を離したばかりに……」
凍りついた縄を一瞬で砕き、滉斗は元貴の体を抱きしめた。冷え切った元貴の頬に、自分の温かな手を添える。
「……痛かったろ。その傷も、この恐怖も、全部俺が代わりに受ければよかった」
「ううん、大丈夫だよ。君が必ず助けに来てくれるって、ずっと信じてたから」
元貴は震える手で滉斗の背中に回し、その胸に顔を埋めた。
滉斗は、元貴の首元にある翡翠が血で汚れているのを見て、そっと指先でその汚れを拭った。
「帰ろう、元貴。お前の好きなスープを温め直さないとな」
「……ふふ、ひろぱが作るの? 楽しみにしてるね」
地下牢を後にする二人の背後では、完全に凍りついた旧勢力の亡霊たちが、静寂の中で朝日を待つだけの石像と化していた。
二人の新しい家へと続く道すがら、滉斗は一度も元貴の手を離さなかった。
最強の剣は、もはや誰かを傷つけるためのものではない。愛する人を二度と失わないための、唯一無二の「守り」なのだ。
「助けてくれてありがとね、旦那様」
元貴の悪戯っぽい微笑みに、滉斗は耳まで赤くしながら、月明かりの下でさらに強くその手を握りしめたのだった。
#Snow Man
コメント
6件
1話から一気見しました! めちゃくちゃ良い!!大好きです!
若井さんが旧軍の幹部らに洗脳されるのを見てみたいです!
めっちゃ好きです!