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ステージ袖の暗がりから、突如、勢いよく何かが飛び出してきた。
演目の緊張感を一気にひっくり返すような、陽性の奔流だった。
鮮やかな緑のジャケット。
金色のラインが照明を跳ね返し、火花のように舞う。
飛び込んできたのは、太陽みたいな男だった。
「ハッハー!!」
第一声から、フルスロットル。
派手な笑顔と大げさなポーズで、まるで舞台そのものを抱きしめるように両腕を広げる。
斬島凶のステージが“研ぎ澄まされた刃”だとすれば、
翔悟は“火花と爆発”。
「ようやく出番だ!!
大道芸人の翔悟って言います!! よろしくどうぞ!!」
声が弾けた瞬間、観客席が拍手と指笛に包まれる。
その反応を全身で浴びながら、翔悟はくるりと一回転して手を振った。
「さっきの仮面の人、静かすぎたでしょ!?
今からは、テンションぶち上げでいきますよ〜〜〜〜〜っ!!」
声が天井を突き抜けるほどの勢い。
観客の笑いと歓声が重なって、場内の空気が一気に華やいでいく。
羽鳥は、思わず目を見張った。
(……ノリが全然違う)
さっきまでの斬島凶がつくり出していた、張り詰めた空気とは真逆だった。
翔悟の存在は、まるでそのままスポットライトの化身のようで、
舞台全体を明るく、あたたかく染め上げていく。
斬島凶のステージが“研ぎ澄まされた刃”だとすれば、
翔悟は“火花と爆発”。
演目の緊張感を一気にひっくり返すような、陽性の奔流だった。
その勢いのまま、翔悟は大きく舞台を指差す。
「今からお見せするのは〜〜〜!こちらっ!!」
合図と同時に、舞台袖からゴロゴロと巨大な玉が転がってくる。
直径は、大人の背丈ほどもある。
その異様なサイズに、観客席からどよめきと歓声が湧いた。
翔悟は、助走をつけて軽やかにジャンプ。
ふわりと、玉の頂上に片足で立ち、両腕を大きく広げてポーズを決める。
その笑顔は、まるで「舞台に立つことが生きがいだ」と語っているようだった。
羽鳥は、斬島との落差に目を回しそうになりながらも、思わず口元をほころばせていた。
このサーカスには、
“静”と“動”が、見事に共存している。
それぞれの演者が、まったく異なる温度と手法で、舞台を支配している。
羽鳥の胸の奥に、またひとつ、
「これまでに見たことのないものがある」
という確信が、静かに芽吹き始めていた。
「さあ、これで終わりではありません!
さらに!こちら!」
再び指を鳴らすと、今度は銀色に光る道具が運ばれてきた。
ディアボロ。
両手に持ったスティックに、細い糸が張られている。
「さて、バランスを取りながら――」
翔悟は、巨大な玉の上でしゃがみ込み、器用に糸を操る。
そして、ニヤリと笑って叫んだ。
「こいつを、ぶん回していきます!!」
ディアボロが、糸の上で音を立てて高速回転を始めた瞬間、
客席からは驚きと興奮の声がどっと沸き上がる。
バランスを保ちつつ、上体を起こすと、
翔悟はマイクを片手に、声を張り上げた。
「元! 10年目ピザ職人の妙義、
とくとご覧ください!!」
どこか誇らしげなその声が、テントの中に響き渡る。
観客たちが拍手と指笛で応える。まるで舞台が揺れるほどに。
その声援を背に、翔悟はディアボロを真上に高く、さらに高く放り上げた。
天井すれすれまで弧を描いた銀の軌道が、照明に照らされて煌めく。
鋼のように張り詰めた糸。
その上に再び着地した瞬間、
舞台上には緊張と快感が同時に走った。
羽鳥は、口元を開いたまま、ただその動きを見つめていた。
(本当に……すごい)
さっきまで“陽気なお調子者”としか思っていなかった男が、
今、目の前で舞台の中心にいる。
一瞬、世界が止まったかのような静寂。
そして——
「せいっ!!」
掛け声と同時に、
空中から落ちてきたディアボロを、
翔悟は寸分違わぬタイミングでキャッチした。
巨大な玉の上、バランスを崩すこともなく。
会場が、爆発したような歓声と拍手に包まれる。
羽鳥は、ただただ呆然と見上げていた。
胸の奥が、またひとつ熱くなるのを感じていた。
得意満面の翔悟が、満面の笑みで叫ぶ。
「どんどん行こうかー!!」
再び巻き起こる拍手と指笛。
その勢いのまま、次の技に移ろうとしたそのとき——
「この可哀想な大道芸人に……見せ場を作って差し上げないと」
斬島が、静かにそう呟いた。
舞台袖にいた東堂が、くすりと笑う。
斬島はマイクを手に取り、冗談めかして舞台に呼びかけた。
「翔悟さん! まだやれます?」
観客たちが、どっと笑う。
空気が一気に和らいだ。
玉の上の翔悟は、肩を大きくすくめ、叫び返す。
「あったりまえだ!! 舐めんなよ!!」
その返しに、また会場が笑いと拍手に包まれた。
羽鳥も、思わず吹き出しながら手を叩く。
(……何だよこれ。楽しいな)
このサーカスは、
ただ“見る”だけのものじゃない。
——“一緒に作る”ものなんだ。
羽鳥の中で、確かに何かが変わりはじめていた。
ふと気づくと、
舞台袖にいたはずの斬島凶が、
いつの間にか客席側に歩み寄っていた。
仮面越しに、落ち着いた声で言い放つ。
「では——お客様。
このマシュマロを、あの大道芸人目掛けて投げてください」
小さな袋から、ふわふわとした白いマシュマロを取り出し、
最前列の観客のひとりに手渡す。
場内が一瞬静まり返ったあと、
どっと笑いとざわめきが起こる。
舞台上の翔悟が、真っ赤な顔で叫ぶ。
「え!? ちょっ……!!! おい、聞いてねえぞ!!?」
戸惑いながらも、女性がマシュマロを受け取る。
「え、ええ……?」
翔悟は玉の上で、必死にバランスを取りながら両手をぶんぶん振った。
「マジで!? 俺!? キャッチすんの!?!?」
羽鳥も吹き出した。
(……このサーカス、マジで自由だな)
笑いと期待に満ちた空気の中、
“即興”と“本気”が混ざり合う、不思議なステージが続いていく。
「えいっ」
観客席の女性が、マシュマロをふわりと投げた。
白い塊が、ゆるやかな弧を描いて空中を舞う。
翔悟は、巨大な玉の上で両腕を広げ、
それをまっすぐに見上げていた——。
それは、照明でもBGMでも作れない、“本物の主役”の輝きだった。
マシュマロは、ゆっくりと翔悟の口元へ——
だが、その瞬間。
羽鳥は思わず叫んだ。
「うわっ、落ちる!!」
マシュマロの軌道が、ほんのわずかに逸れたのだ。
玉の上でバランスを取りながら、
翔悟は、絶妙なタイミングで身体を傾ける。
ぐらり、と玉が軋む。
観客たちが一斉に息を呑む。
しかし——
「おっと!!」
軽やかな声と同時に、
翔悟は見事なバランスで体勢を立て直し、
マシュマロを、口元でパクリとキャッチした。
一瞬の静寂のあと、
場内が爆発するような歓声と拍手に包まれる。
指笛が飛び交い、笑い声が弾けた。
翔悟は玉の上で、得意満面のドヤ顔を決め、
そのまま大きくガッツポーズを掲げる。
羽鳥も、思わず手を叩きながら笑っていた。
(……すげぇ。
このサーカス、本当に、ただの“見世物”じゃない)
胸の奥で、熱が波のように広がっていく。
翔悟は、足元の玉を踏み切るように軽やかに飛び降りると、
ディアボロを器用にキャッチしながら、
深々と一礼した。
観客席からは、惜しみない拍手と指笛が鳴り止まなかった。
玉を舞台の隅に押しやり、翔悟はマイクを握り直す。
「どうも、ありがとうございましたっ!!」
額の汗をぬぐいながら、全身で余韻を抱きしめるように胸を張った。
「皆様、如何だったでしょうかっ——」
その時だった。
背後から、すっと気配が割り込む。
舞台袖の暗がりから現れた仮面の男——斬島凶が、
無言のまま舞台中央へと歩み出た。
「……ええ。お次は——猛獣使いのカレンです」
マイクもなしに放たれたその言葉は、静かなのに不思議と響き渡った。
「いやいやいや、まだ俺、喋ってる最中!!!」
翔悟が反射的に一歩踏み出し、声を跳ねさせる。
観客からは笑い声が漏れ始める。
「もうちょっと余韻ってもんを味わわせてくれよ!ねえ!?」
しかし斬島は、仮面の奥からぴくりとも動じる気配を見せない。
無表情のまま、淡々と返す。
「皆さん、次の華を待ち侘びています。
咲ききった華が居座るのは、少々見苦しいので」
「うるせぇわ!上手いこと言ったみたいな顔すんな!!仮面だけど!!」
場内は爆笑に包まれ、翔悟は肩をすくめつつ、観客に向けてウインクを一発。
羽鳥も、思わず声を漏らして笑いながら、拍手を送っていた。
すべてがごく自然に、舞台という空間で溶け合っていく。
気づけば、羽鳥の心は——
もうすっかり、このサーカスに取り込まれていた。