テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
104
ステージ袖の暗がりから、突如、勢いよく何かが飛び出してきた。
演目の緊張感を一気にひっくり返すような、陽性の奔流だった。
鮮やかな緑のジャケット。
金色のラインが照明を跳ね返し、火花のように舞う。
飛び込んできたのは、太陽みたいな男だった。
「ハッハー!!」
第一声から、フルスロットル。
派手な笑顔と大げさなポーズで、まるで舞台そのものを抱きしめるように両腕を広げる。
斬島凶のステージが“研ぎ澄まされた刃”だとすれば、
翔悟は“火花と爆発”。
「ようやく出番だ!!
大道芸人の翔悟って言います!! よろしくどうぞ!!」
声が弾けた瞬間、観客席が拍手と指笛に包まれる。
その反応を全身で浴びながら、翔悟はくるりと一回転して手を振った。
「さっきの仮面の人、静かすぎたでしょ!?
今からは、テンションぶち上げでいきますよ〜〜〜〜〜っ!!」
声が天井を突き抜けるほどの勢い。
観客の笑いと歓声が重なって、場内の空気が一気に華やいでいく。
羽鳥は、思わず目を見張った。
(……ノリが全然違う)
さっきまでの斬島凶がつくり出していた、張り詰めた空気とは真逆だった。
翔悟の存在は、まるでそのままスポットライトの化身のようで、
舞台全体を明るく、あたたかく染め上げていく。
斬島凶のステージが“研ぎ澄まされた刃”だとすれば、
翔悟は“火花と爆発”。
演目の緊張感を一気にひっくり返すような、陽性の奔流だった。
その勢いのまま、翔悟は大きく舞台を指差す。
「今からお見せするのは〜〜〜!こちらっ!!」
合図と同時に、舞台袖からゴロゴロと巨大な玉が転がってくる。
直径は、大人の背丈ほどもある。
その異様なサイズに、観客席からどよめきと歓声が湧いた。
翔悟は、助走をつけて軽やかにジャンプ。
ふわりと、玉の頂上に片足で立ち、両腕を大きく広げてポーズを決める。
その笑顔は、まるで「舞台に立つことが生きがいだ」と語っているようだった。
羽鳥は、斬島との落差に目を回しそうになりながらも、思わず口元をほころばせていた。
このサーカスには、
“静”と“動”が、見事に共存している。
それぞれの演者が、まったく異なる温度と手法で、舞台を支配している。
羽鳥の胸の奥に、またひとつ、
「これまでに見たことのないものがある」
という確信が、静かに芽吹き始めていた。
「さあ、これで終わりではありません!
さらに!こちら!」
再び指を鳴らすと、今度は銀色に光る道具が運ばれてきた。
ディアボロ。
両手に持ったスティックに、細い糸が張られている。
「さて、バランスを取りながら――」
翔悟は、巨大な玉の上でしゃがみ込み、器用に糸を操る。
そして、ニヤリと笑って叫んだ。
「こいつを、ぶん回していきます!!」
ディアボロが、糸の上で音を立てて高速回転を始めた瞬間、
客席からは驚きと興奮の声がどっと沸き上がる。
バランスを保ちつつ、上体を起こすと、
翔悟はマイクを片手に、声を張り上げた。
「元! 10年目ピザ職人の妙義、
とくとご覧ください!!」
どこか誇らしげなその声が、テントの中に響き渡る。
観客たちが拍手と指笛で応える。まるで舞台が揺れるほどに。
その声援を背に、翔悟はディアボロを真上に高く、さらに高く放り上げた。
天井すれすれまで弧を描いた銀の軌道が、照明に照らされて煌めく。
鋼のように張り詰めた糸。
その上に再び着地した瞬間、
舞台上には緊張と快感が同時に走った。
羽鳥は、口元を開いたまま、ただその動きを見つめていた。
(本当に……すごい)
さっきまで“陽気なお調子者”としか思っていなかった男が、
今、目の前で舞台の中心にいる。
一瞬、世界が止まったかのような静寂。
そして——
「せいっ!!」
掛け声と同時に、
空中から落ちてきたディアボロを、
翔悟は寸分違わぬタイミングでキャッチした。
巨大な玉の上、バランスを崩すこともなく。
会場が、爆発したような歓声と拍手に包まれる。
羽鳥は、ただただ呆然と見上げていた。
胸の奥が、またひとつ熱くなるのを感じていた。
得意満面の翔悟が、満面の笑みで叫ぶ。
「どんどん行こうかー!!」
再び巻き起こる拍手と指笛。
その勢いのまま、次の技に移ろうとしたそのとき——
「この可哀想な大道芸人に……見せ場を作って差し上げないと」
斬島が、静かにそう呟いた。
舞台袖にいた東堂が、くすりと笑う。
斬島はマイクを手に取り、冗談めかして舞台に呼びかけた。
「翔悟さん! まだやれます?」
観客たちが、どっと笑う。
空気が一気に和らいだ。
玉の上の翔悟は、肩を大きくすくめ、叫び返す。
「あったりまえだ!! 舐めんなよ!!」
その返しに、また会場が笑いと拍手に包まれた。
羽鳥も、思わず吹き出しながら手を叩く。
(……何だよこれ。楽しいな)
このサーカスは、
ただ“見る”だけのものじゃない。
——“一緒に作る”ものなんだ。
羽鳥の中で、確かに何かが変わりはじめていた。
ふと気づくと、
舞台袖にいたはずの斬島凶が、
いつの間にか客席側に歩み寄っていた。
仮面越しに、落ち着いた声で言い放つ。
「では——お客様。
このマシュマロを、あの大道芸人目掛けて投げてください」
小さな袋から、ふわふわとした白いマシュマロを取り出し、
最前列の観客のひとりに手渡す。
場内が一瞬静まり返ったあと、
どっと笑いとざわめきが起こる。
舞台上の翔悟が、真っ赤な顔で叫ぶ。
「え!? ちょっ……!!! おい、聞いてねえぞ!!?」
戸惑いながらも、女性がマシュマロを受け取る。
「え、ええ……?」
翔悟は玉の上で、必死にバランスを取りながら両手をぶんぶん振った。
「マジで!? 俺!? キャッチすんの!?!?」
羽鳥も吹き出した。
(……このサーカス、マジで自由だな)
笑いと期待に満ちた空気の中、
“即興”と“本気”が混ざり合う、不思議なステージが続いていく。
「えいっ」
観客席の女性が、マシュマロをふわりと投げた。
白い塊が、ゆるやかな弧を描いて空中を舞う。
翔悟は、巨大な玉の上で両腕を広げ、
それをまっすぐに見上げていた——。
それは、照明でもBGMでも作れない、“本物の主役”の輝きだった。
マシュマロは、ゆっくりと翔悟の口元へ——
だが、その瞬間。
羽鳥は思わず叫んだ。
「うわっ、落ちる!!」
マシュマロの軌道が、ほんのわずかに逸れたのだ。
玉の上でバランスを取りながら、
翔悟は、絶妙なタイミングで身体を傾ける。
ぐらり、と玉が軋む。
観客たちが一斉に息を呑む。
しかし——
「おっと!!」
軽やかな声と同時に、
翔悟は見事なバランスで体勢を立て直し、
マシュマロを、口元でパクリとキャッチした。
一瞬の静寂のあと、
場内が爆発するような歓声と拍手に包まれる。
指笛が飛び交い、笑い声が弾けた。
翔悟は玉の上で、得意満面のドヤ顔を決め、
そのまま大きくガッツポーズを掲げる。
羽鳥も、思わず手を叩きながら笑っていた。
(……すげぇ。
このサーカス、本当に、ただの“見世物”じゃない)
胸の奥で、熱が波のように広がっていく。
翔悟は、足元の玉を踏み切るように軽やかに飛び降りると、
ディアボロを器用にキャッチしながら、
深々と一礼した。
観客席からは、惜しみない拍手と指笛が鳴り止まなかった。
玉を舞台の隅に押しやり、翔悟はマイクを握り直す。
「どうも、ありがとうございましたっ!!」
額の汗をぬぐいながら、全身で余韻を抱きしめるように胸を張った。
「皆様、如何だったでしょうかっ——」
その時だった。
背後から、すっと気配が割り込む。
舞台袖の暗がりから現れた仮面の男——斬島凶が、
無言のまま舞台中央へと歩み出た。
「……ええ。お次は——猛獣使いのカレンです」
マイクもなしに放たれたその言葉は、静かなのに不思議と響き渡った。
「いやいやいや、まだ俺、喋ってる最中!!!」
翔悟が反射的に一歩踏み出し、声を跳ねさせる。
観客からは笑い声が漏れ始める。
「もうちょっと余韻ってもんを味わわせてくれよ!ねえ!?」
しかし斬島は、仮面の奥からぴくりとも動じる気配を見せない。
無表情のまま、淡々と返す。
「皆さん、次の華を待ち侘びています。
咲ききった華が居座るのは、少々見苦しいので」
「うるせぇわ!上手いこと言ったみたいな顔すんな!!仮面だけど!!」
場内は爆笑に包まれ、翔悟は肩をすくめつつ、観客に向けてウインクを一発。
羽鳥も、思わず声を漏らして笑いながら、拍手を送っていた。
すべてがごく自然に、舞台という空間で溶け合っていく。
気づけば、羽鳥の心は——
もうすっかり、このサーカスに取り込まれていた。