テラーノベル
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あの後、イザナくんは困惑で固まる私の腕を無理やり掴むと、強制的に自分の家へと連れて行き、文字通りの首輪で私の体を繋いできた。比喩表現などではない、本物の硬く冷たい感触にただ慄然とする。
「室内飼いの方が面倒見やすいだろ?」
まるで、傾けた容器から水が零れ出てくるような、さも当たり前のことを告げるような口調で、イザナくんはそう言った。
イザナくんと一緒に暮らすようになって……いや、違う。イザナくんに監禁されるようになって、もしかしたら彼の心のナニカが塞がって少しは楽になるかもしれないと思った。
だが、現実はそう甘くなった。
「愛してる」
前よりもずっと私への扱いは辛く、重く、そして甘くなった。
クローゼットにかけられている衣服に身を寄せて背中を丸める。
頭の中に響いてくる私の名前を呼ぶ声と彼の足音が、嫌でも耳に入ってきて恐怖と嫌悪で涙がグッと込みあがってくる。頬を滑り落ちていく涙がぽとりと手に落ち、そんなことにも驚いてしまい、体が大きく跳ねあがった。
お願い。はやくどこかへ行って。そうしてくれれば、外へと逃げ出せるのに。
そう願っていると突然、それまで部屋の中を彷徨っていた足音が、目の前で止まった。
絶望が視界を埋めていく。
「見つけた」
わざとらしく飾られたその口調とともに、クローゼットの扉がゆっくりと開いていった。
あぁ、そうか。彼は最初から分かっていたんだ。私がここに隠れてい るということを。そして、逃げようとしていたことも。すべて分かったうえで“探しているフリ”をして私の不安を煽った。その証拠に、私を見つめる視線は心底おかしそうに歪められている。
「かくれんぼは楽しかったか?」
『…ぅ、あ』
必死に取り繕うとした声がブルブルと震え、冷凍庫の中に放り込まれたかのように体中の体温が一気に下がっていく。
『や、だ!いやだ、こないで!!』
顔一杯に髪を振り乱し、私を捕まえようとこちらへ伸びてくる褐色の腕に精一杯抵抗する。
すると突然、頬をピシャリと一発、力任せに叩かれた。衝撃を受けて切れてしまった口の血が、歯に飛び散るのを感じる。驚きで途切れてしまった自身の思考がまた繋がった瞬間、叩かれた頬が熱を持ってジリジリと焼き付くように痛みだした。
「愛玩動物の分際で飼い主に逆らってんじゃねぇよ」
空気すらも凍らすような冷たく荒い声が鼓膜を貫き、アメジストの瞳に宿る怒気にヒュッと息が掠れる。
“殺される”。間近から感じる怒りの強さに、皮膚がそう察知して震えた。
逃げなきゃ。このままじゃ本当に殺される。壊される。だめになる。
涙で霞む視界で必死に周りを見渡し、逃げ出せそうな隙間を探る。だが、すぐに私がしようとしていることを察したイザナくんに首輪についていたリードを掴まれ、強制的に位置を戻される。そのままグイッと勢いよく顔を上げられ、首の骨が軋むように痛んだ。
「次「いや」つったらもう二度と抵抗できねェ体にすんぞ」
瞼に涙を滲ませながら小さく細い唸り声を上げる私を冷たく見下ろしながらイザナくんがそう言葉を零す。そのままさらに上へとリードを高く上げられ、軽い圧迫感が喉を詰まらす。
そんな浅い苦しみに半狂乱になりながら自身の首につけられている厚い首輪の金具に爪を立て、ガシガシと引っ掻く。それが主導権を握られてしまった私が出来る、唯一出来る抵抗だった。しかし、チェーカーやネックレスなどの綺麗なものではない本格的なその首輪は、これまで私が何度も壊そうとしたが惨めな爪痕が残るだけでびくともしなかった。
…だが、今回ばかりは神は私の味方をしたのだろ。
すとんと林檎が木から落ちるよりも簡単に、首輪はすんなりと壊れて私の膝に転がった。
へ、と困惑の息を見ながら重みを感じる自身の体の部位を見つめると、確かにそこに首輪があった。先ほどまで私を苦しめていたもの。それが今、外れた。
安心するべき事態だというのに、頭に上っていた血が下がって久しぶりの首筋の解放感を感じたその瞬間、私の体から段々と体温が消えていった。
『ぁ…ちが…』
やってしまった。そう気づいた時にはもう遅く、鈍くなった意識が現実に追い付いた時には私は彼に押し倒されていた。ドンっという固い衝撃音に遅れて、重い痛みが後頭部を襲う。カランと澄んだ音を作り出す花札のピアスが、重力に従って私の顔にぶつかった。
「マジでオマエって言うこと聞かねぇよな」
泣いてばっかで、警戒心だけ無駄に強くて、わがままで。
「猫みてェ」
そう言葉を吐き捨てるイザナくんの手が首輪の取れた私の首を掴み、力を込めていく。
リードを引っ張られた時とは比べ物にならないくらいの強い圧迫感に、無意識のうちに手足がバタバタと暴れ回り、声にもならない叫び声が喉から押し出される。
苦しい、苦しい苦しい苦しいたすけて。死んじゃう。ごめんなさい、もうしないから。
頭の中で言葉の糸がぐちゃぐちゃに絡み合い、何度目か分からない涙が頬を流れる。
「…あ」
その瞬間、ふんわりと息を吐くような彼の軽い笑い声が耳に絡みついてきた。
同時に私の首を絞めつけていた手の力が弱まっていき、肺が正常な動きを取り戻していく。ハッ、ハッ、と激しく空気を吸う自身の呼吸音が鼓膜の底で大きく響いた。喉が焼けるように痛い。目の奥がチカチカと白く点滅して、視界が一点に定まらない。
イザナくんはそんな私のことを、大きな目を糸のように細くしながらじっと見つめると、細い褐色の指でまるで“首輪”のような赤い手形が刻まれた私の首を撫でた。
「…首輪、買い替えなくても済むな」
そう言う彼の目は、今しがた他人の首を絞めていた人物とは思えないほど、甘く柔らかい目をしていた。
コメント
4件
首輪代わりに首絞めちゃうの愛が重すぎてやばいくらい好き🥹🥹 やはりくろと私の性癖は一緒だね((
うわんすき😿💗 飼い主 × ペット って関係が もうだいすきですт ̫ т