バイスは辺りを見回し、俺を見つけると笑顔を見せる。
険悪だった雰囲気も、どこかへ吹き飛んでしまうほどの陽気さだ。
「バイスさんじゃないですか! ニーナが迷惑をかけたようですみません!」
バイスの突然の登場に、インテリクソ眼鏡は満面の笑みでバイスの前へと躍り出る。
正直言って助かった。おかげでインテリクソ眼鏡の意識がミアから逸れた。
「それでですね。ニーナの奴、バイスさんの担当外されるみたいなんですよ。なので次の担当は自分というのはどうでしょうか?」
インテリクソ眼鏡の変わり身の早さと言ったら……。俺たちの事は、すでに眼中にないらしい。
「いや、今のところすぐに依頼を受ける予定はないから、担当はまだ決める必要はないな」
バイスはインテリクソ眼鏡の肩を掴むと、邪魔だと言わんばかりにグイっと横に押しのけ、俺の隣にドカッと腰を下ろした。
「で? ネストはどーした?」
「え……ええ。支部長を呼んでくるとかで裏の方に行ったみたいで……」
「そっか。んじゃとりあえず待っとくか」
バイスが来たのは偶然ではない。最初から俺のプレートの再鑑定に立ち会う予定だったのだ。
「おい……あのカッパー。バイスとも知り合いなのか……?」
「何者だ……あいつ……」
「弟子……とか?」
やはりというか、ゴールドプレートともなると、そこそこ名が知られているようである。
それでも諦めないインテリクソ眼鏡は、バイスの正面にぐるりと回り込むと、俺との会話を遮る勢いで喋り出す。
「バイスさん。失礼ですが、コイツとは知り合いですか?」
俺を指差すその表情と言ったら酷いものだ。まるで汚物でも見るような目つき。
「ああ、コット村で依頼を手伝ってもらったんだよ。なあ九条?」
「ええ」
「こんな奴に手伝ってもらったんですか……?」
その言葉を聞いてバイスの眉がピクリと跳ねた。
明らかに不機嫌。眉を細め、睨みつけるような視線をインテリクソ眼鏡へと向ける。
「なんだてめえ? それは俺の人選ミスだと言いたいのか?」
その凄みはさすがのゴールドプレートといったところ。貫禄が違う。
「いえ、そういう訳では……」
失言に気付き視線を泳がせたインテリクソ眼鏡だったが、その先にはミアがいた。
怒りのはけ口として丁度良かったのだろう。
「死神! 今僕のこと笑っただろ!? 先輩に対してなんだその態度は!?」
ミアは笑ってなどいない。完全な言いがかりである。
それを黙って見ているつもりはない。
勢いでミアに手を上げようとするインテリクソ眼鏡の腕を掴み、引き離す。
「貴様! 何の真似だ!? カッパーの分際ですっこんでろ!」
王都のギルドはみんなこうなのだろうか? 沸点が低すぎる。
少しでもミアに触れようものなら、カガリだって黙っちゃいない。そのままいけば、インテリクソ眼鏡はケガではすまなかっただろう。
それを止めてやったのだ。感謝してほしいものである。
「ミアは俺の担当だ。担当を守るのは冒険者の務めだろう? なんの問題がある?」
正論なだけに、尚更気に食わないのだろう。
我慢の限界を超えたインテリクソ眼鏡は、胸のプレートに手をかける。それは、魔法を使用するという意思表示だ。
なにが来てもいいように身構える俺に対し、声を上げたのは別の冒険者だった。
「やめろマルコ。そっちのカッパーも出しゃばりすぎだ」
「ロイドさん……」
俺たちを止めたのは、ロイドと呼ばれた冒険者。胸には、これ見よがしに揺れるシルバーのプレート。
スタイルのいい男性。女性ウケしそうなハンサムと言ってもいいだろう。整った顔立ちで歳はバイスよりも若く、二十歳前後といったところか。
武器の類は持っていないが、筋肉の付き具合から見て物理系適性なのだろうことが窺える。
別に知りたくはなかったが、インテリクソ眼鏡の名前はマルコというらしい。
マルコはプレートから手を離すと、ロイドに食って掛かる。
「何故、止めるんです!?」
「職員同士のいざこざなら裏でやれ」
その理屈はおかしくないだろうか? 裏表関係なくやってはいけない事だと思うのだが、俺が間違っているのか?
正直言って、どちらの印象もクズである。コット村に来ていた冒険者たちとは雲泥の差だ。
「カッパー、お前もだ。職員同士の喧嘩に首を突っ込むんじゃない」
今のを見て喧嘩だと思ったのなら、ロイドの目は節穴だ。
どう考えても一方的な物言いだった。ミアは一言も返していない。
ハタチ前後の男性が僅か十歳の女の子相手に喧嘩? いじめの間違いだろ?
「目ぇ腐ってるんじゃないですか?」
「……おい、カッパー。今なんて言った?」
カッとなってしまい、つい本音が出てしまった。
「カッパー。お前はわかってないようだから教えてやる。ギルドは実力こそ全てだ。わかるか? 俺はシルバー。マルコもシルバーだ。お前はカッパーだろ? カッパーはカッパーらしく先輩の言う事をよく聞くことだ」
「そんなこと、ギルドの規約には一切書いてありませんでしたよ?」
「てめえ……」
握り拳を震わせ表情を歪ませるロイドだが、俺は間違ったことは言っていない。
ギルドの規約には、自分よりランクが上の冒険者の言う事を聞かなければならないとは記述されてはいなかった。
しかし、正論で殴ると怒らせてしまうということも、よくわかっているつもりだ。
大人しく謝っておけば収まっていたかもしれないが、それはなんの解決にもならない。
結局はロイドもマルコと同じ、プレート至上主義なのだろう。
ならばこの場を治めることが出来るのは、ゴールドプレートであるバイスだけ。
この期に及んでバイスに助けを求めるのは虫が良すぎるとは思っているが、そのことについては後でいくらでも謝罪しよう。
そんな思いを胸にチラリとバイスに視線を移すと、バイスは笑いを堪えていた。
俺の視線に気付いたバイスは溜息を一つ。やれやれといった感じで重い腰を上げ口を開く。
「まあ、落ち着けよ。話し合いで決着がつかないなら、戦って勝った方の言う事を聞けばいいじゃないか。ギルドは実力主義なんだろ?」
「ほう……」
「……は?」
いやいやちょっと待て。バイスはどっちの味方なんだ?
名案だとばかりに満足そうな表情を浮かべるバイスだが、そうじゃない。俺の味方になってくれるだけで良かったのだが、……どうしてこうなった?
「地下訓練場での手合わせ。模擬戦形式って事なら問題ないだろ?」
「おもしれえ。やってやろうじゃねえか」
すでに勝ち誇ったような顔で、両手の指をゴキゴキと鳴らすロイド。
こちらとしては、まったく面白くないのである。
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