テラーノベル
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数日前。アウクトリスの東側、平民の住宅が広がる一角に、借家の建ち並ぶ場所があった。短期の貸し出しに特化したそこは、基本的に空き家が多く、人気も少なかったが、その中の一棟では、真夜中だというのに、小さな明かりが雨戸の隙間から、外へと漏れ出していた。
ランタンの明かりを頼りに、ルクスは集めた資料を読みあさっていた。隣でアドレーが資料を確かめつつ、ちらと主を見る。黒い髪に赤い瞳、それだけでも彼の外見には十分な美しさだったが、ルクスにはそれだけでなく、気品がある。隠そうとしなければ、自然と周囲の注意を引いてしまう、そんなその場をたやすく支配するような気品が、ルクスにはあった。
アドレーからすれば、それは当然のものだった。ルクスは平民ではない。しかし貴族でもない。ルクスはドミナティオ王国王家に連なる存在――ルシウス・グラッド・バーディナルム・エスティ・ドミナティオ、その人だった。
公にはされていないが、現国王カドゥクス七世の即位まで、王族内では王位継承権を巡り、激しい争いが起き、多くの王族がその命を失った。そのころ、すでに生まれていたルクス――ルシウスは、その血塗られた歴史を目の当たりにし、そのまま王族として一生を過ごすことに、ある種の絶望すら感じていた。そしてその後、ルシウスの母も病で命を落とす。
「申し訳ございません、ルシウスさま。我々からも進言したのですが……エティナリアさま亡きあとは近衛を解体する、の一点張りで。力及ばず、申し訳ございません……」
母を敬愛する近衛兵、フィデリーの悲しげな言葉を、ルシウスは折に触れて思い出す。結局誰が元凶なのかは分からなかったが、ルシウスと王位継承争いをすることになる誰かしらの差し金なのは明らかだった。
後ろ盾となる母も失い、ルシウスは孤立し、また立場ゆえにもたらされる力も、急激に弱まっていった。しかし、ルシウスはそれで良かった。立場が弱くなれば、兄妹たちと王位を争うことはなくなる。命を狙われることもない――
そんな悲しい事実に、幸せを見出しつつあったルシウスに、ある日転機が訪れる。
カドゥクス七世が病に伏せ、元々は大臣であった宰相セルウス・フォン・グレイル・グラウツヴァルトが政治を執り行うようになってから、王国の雰囲気がはっきりと変わっていったのだ。それまで融和や譲歩など、友好関係を元に隣国や国内をまとめ上げていた王国が、その国力を強大にしていく方向に舵を切っていた。国を守るという意味でも、その規模を大きくすること自体は何もおかしいことではない。ただセルウスのやり方は、どれも国民の感情に支えられているという奇妙さをそのうちに内包していた。
「国民の支持とは、大事なことだ。だが、ときには国民の反対を受けてもやらねばならないことがある。国の運営とはそういうものだ……。しかし、セルウスにはそれがない。余はそのことがひどく恐ろしく感じている……」
病に伏せた父、カドゥクス七世に密かに呼び出されたルシウスは、そんなふうに告げられた。実に十数年ぶりの、親子の会話だった。
「それで……陛下は私に、どうしろとおっしゃるのです?」
「ふふっ……そう他人行儀な話し方をしてくれるな。母の死後のことは、余も申し訳なく思っている……」
「……弱って良心の呵責に耐えきれなくなりましたか?」
つとめて冷たい口振りだった。
「……そうだな。そのとおりだ。これまで王族らしいことからは遠ざけられていたお前にこんなことを頼むのは、間違っているのかもしれない。だがこれは、今王族から遠いお前だからできることだ……」
「……頼みとは?」
カドゥクス七世は息子である第三王子ルシウスに、今の王国の真実を調べるように依頼するのだった。
ルシウスとて、王家に連なる者。心のうちで、国のことを心配していないということはなかった。息子は父の願いを聞き入れ、早々に自身を他国へ留学していることにする。ルシウス――ルクスは幸いなことに、王族の中心から遠ざけられていた結果、成長した今の顔や姿を国民にほとんど知られていなかった。自由に動ける理由を手に入れたルクスは、自らの手で王国の実情を調べることにする。母の死後、自身の元に残ってくれた数少ない従者、アドレーもその内の一人だった。
「……ずいぶんと調査に時間をかけてきましたが、やはり不審な点は見当たりませんね。今のところは、ですが」
「ふっ……そうだな」
腹心のとげとげしい口振りに、思わずルクスは相好を崩す。
「……前例のない規模の移民政策、国境沿いの都市の整備・拡張事業、治安維持を名目とした王国軍兵力の増強。立派な政策だ。そしてどれも適切で完璧。違和感がない。国民の支持を受けた政策……。確かにここまで理路整然としていると、恐ろしさすら感じるな」
「本当に。……まだ調査は続けますが、今回の件、陛下の考えすぎであることを願うばかりです」
「……父には言わなかったが。昔セルウス殿に会ったときにも、あの人には違和感を感じなかった。少なくとも、明らかな悪意などは、特に……」
「……殿下の能力《ギフト》、ですね」
「ああ」
これはルクスと母、それから腹心しか知らない、秘密だった。ルクスには生まれながらにして能力《ギフト》、それも極めて強大な力が備わっていた。それは――他者の魂を盗み見る力。その力の本質は、「相手の心を読む」ということに他ならない。そのルクスの異能をもってしても、宰相に奇妙な点はなかった。
「……話を戻そう。セルウス殿の政策、特に軍事力の強化は他国をいたずらに刺激しかねないが、幸いなことに今の規模でも、王国のそれは他国に脅威と思わせるようなものではない。……王国からすれば、それはそれで危険はあるが」
「本当に抜け目がない、と感じますね。それに対して、我々同様、違和感を覚える者が、どれだけいることやら……」
「まあ、しょうがない。平和な国では、国民の気も緩む。俺たちが頑張るしかない。調査と並行して、残る実地調査も適宜進めよう」
「承知しました。では予定どおり、明日からフィーネスへ向かいます」
そうして翌日、二人はアウクトリスを発った。
コメント
8件

セルウスが白だとするなら違和感の源泉は全部息子なのかな? マインドリーダー系対策に記憶を消すとかよくあるけど魂には効かなそう 使用人の亡霊が言うには「最近」ということだけど死人の時間は進むのだろうか

ルクスは王子だったか〜 しかもギフト持ってるなんて凄い! 宰相は心を読んでも怪しいところが無いなんてなんと巧妙な… フィーネスで会えるのか、続きが楽しみです。
ルクスも王族だったんだ! しかも、セルウスを怪しんで調べていると… リティアと合流できたら一気に展開が進みそうですね!