テラーノベル
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あのあとも、私が困ったときに、どこからかふらっと幽霊が現れて、私を助けてくれた。そのおかげで、不思議な出来事を、私は何度も解決した。その過程で、前みたいに色々とお礼をもらうことも多かったけれど……でもそれがあっても、リタも家族も何も変わらなかった。優しくてあたたかくて……でも私は、心の中ではっきりと、警戒してしまう自分も感じていた。一歩引いたところにいる自分。人を、他人を信じるのは止めよう。いつかきっと、裏切られる日が来るから――折に触れて、そうささやいてくる、もう一人の私。彼女の言葉も、嘘じゃない。信頼していたアウレリアさまに裏切られ、いつも感謝していたフラウにも裏切られ、多分、手紙を書いたヴィータも、私のことを嫌っている――幸せに向かっていると思っていた私の人生は、裏切りで彩られてしまった。
不意に、王都でのことを考える。もしも、私の話がフィーネスまで伝わってしまったら。町の人は、リタと家族は、私のことをどうするだろう――私を差し出して、報奨金でももらう? 私を優しさにたかる卑しい娘と、罵る? 私にだまされていたと、嘆き悲しむ? それとも――
「はぁ……」
朝、厨房でパンの仕込みを手伝いながら、私はため息をつく。今日は夢にあの日のことが出てきて、ひどく憂うつだった。
◇ ◇ ◇
フィーネスの宿屋へ到着したルクスとアドレーは、宿屋の食堂で不思議な話を聞いていた。
「……パン屋の女の子?」
給仕をする店主の妻に、アドレーが聞き返す。
「そうさ。何か町で困ったことが起きたら、あの子の店に行って相談してみれば、大体のことはすっと解決しちまう」
「そいつはすごいな……。その子は魔術師なのかい?」
「いいや、ごく普通の女の子だよ。ただ時々、ものすごく鋭い考え方をするみたいだよ、あたしらみたいな大人よりも全然ね。それで、あの子の言うとおりにしてみれば、って話さ」
「なら、俺もその子に助けてもらおうかなぁ……。ちょっとした捜し物をしていてね。この町にもその用事で来たんだ」
「なら、行ってみるといい。西の大通りにある、パン屋を訪ねてみな。ちゃーんと、パンも買うんだよ」
昼飯にでもするよと、アドレーはご夫人に手を振った。
「町に詳しい子のようですし、話を聞けたら、色々と省けるかもしれませんね」
二人はフィーネスへ、都市の整備・拡張事業を確認するためにやってきた。目的の性質上、大人に向けてあれこれ尋ねるのは、先のことも考えて――誰かに怪しまれるところまでは織り込み済みだが、その後、誰の耳にそれが入って、横やりを入れられるか分からない。現状では、誰が謀っているかすら、二人には分かっていないのだ――、ためらわれる。その点、町のことに詳しい子供に、世間話として話を聞ければ、色々と話が早い。子供は純粋で、大人ほど疑い深いわけということも少ない。
「そうだな。ここから遠くないようだし、一度行ってみよう」
取り急ぎの目的地もない二人は、パン屋のある方向へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
リタのパン屋は、朝もだけれど、昼も混む。そしてそれが終われば、大体の商品が売り切れ。何もなければ、基本的にそこで店を閉じることになる。
昼前の普段ほとんど人の来ない時間に、お客さんがやってきた。基本の接客はリタにお願いしていて、私は品出しをしたり、パンを袋に詰めたり。裏方作業がメインだ。だからリタとお客さんの会話を、耳で感じ取っていた。
「いらっしゃいませー! ……あれ? 見ない顔ですね~。旅人さんか何かですか?」
「大正解! 宿屋で、この店の子が可愛いって聞いてさ。せっかくなので、来ちゃいました~!」
「口の上手い旅人さんですね~! でもでも残念!! ここには女の子はたくさんいるんです! さあ、お兄さん! どの子が一番可愛いですか!?」
「おにーさん! わたし可愛いっ!?」
「ええっ!? それは、だなっ……うーんと……」
ミリーにも詰め寄られて、お客さんがとてもうろたえてるのが分かった。とりあえず注文を取ろうと、私が表に出ていくと、
「……あっ」
茶色い髪の頭を抱えているお客さんの後ろにいた黒髪の人が、何かに気付いたみたいに、そんなことを言った。私はその人も店前に並んでいると思って、声をかける。
「お決まりでしたら、お先にどうぞ」
「あ、えっ……ああ。いや。こいつと一緒なんだ。ほら、どれにするんだ?」
「あー、そうだな! えっと……俺はこのチーズが挟んであるやつと、こっちの甘そうなヤツを!」
「俺は奥にある、野菜が挟んであるものを頼む」
「はい、少々お待ちください」
まだお客さんとふざけ合っているリタを楽しく思いながら、私はてきぱきパンを包んだ。前の、一緒の人よりも背の高い男性に値段を伝えて、袋を差し出す。
「ありがとう! ……だいぶ悩んだけど、三人ともみんな可愛いってことで!!」
「あ~、誤魔化した~!」
「ごまかした~~」
二人にたじたじなお客さんに、私はお釣りを手渡す。
「ありがとうございました」
軽く会釈すると、目の前のお客さんはまた来るよと言って、背を向ける。けど、連れ添っていた黒髪の人は、その場にいたままだった。どうしたのか気になって、ゆっくり視線を上げると、その人はどういうわけか、私を見ていた。……今の私、そんなに変な顔してるかな?
私があのと言いかけたとき、リタがそこへ元気に割って入った。
「ちょっと、お客さん!! 困りますよ。うちの子に目を付けちゃ! 何か用があるなら、また明日来て、そんでもって、またパン買ってください!」
「……あ、ああ。そうだな。そうするよ」
お客さんが行ってしまって、お店は少し静かになった。
「アニー、気を付けて! もし街中でさっきの人に声かけられたら、まっすぐここに逃げてくるんだよっ? ちょっと顔がいい人だったけど……そういう人こそ、何してくるか、分からないんだからっ!」
「う、うん。ありがとう……」
◇ ◇ ◇
「……気付いたか?」
パン屋が見えなくなったところで、ルクスは突然そんなことを言い出した。
「何にです?」
「……そうか。お前は王都で、ほとんど顔を見ていなかったものな」
誰のことを言っているのだろう、と思ったが、それを口には出さず、アドレーは主の次の言葉を待った。
「さっきの店の女の子。……おそらく捕縛命令が出ている、アウレリアの婚約者、リティアだ」
「えっ……ああ! 確かに!! 言われてみれば、手配書の絵に似ていますね」
アドレーは持っていた手配書を鞄から取り出し、記憶の中の顔と見比べた。
「……でも、ルクスさま。よく気付きましたね。服装も髪型も変わっていたのに……」
「我々は彼女に一度、会っている。ほら、王都で魔導具店に入った泥棒を捕まえたことがあっただろう?」
「ああ。あのとき、ルクスさまは女性を助けてましたよね? ……それが彼女だったと?」
「そうだ。そのときはどこかの令嬢だと思っていたが……その後に手配書を見たことで、あのときの女性がどういう存在なのかを知った。……だが、これは好機だな。彼女がもし本当にリティアなら、何故あんなことになったのか、聞き出せるかもしれない」
「その理由次第では、王国の中枢で今何が起こっているのか、確かめる糸口になる――と?」
「ああ。仮に、本当は彼女に非があって、災難が降りかかったのがアウレリアのほうだったなら……まあ、色々と調べ直す必要は出てくるがな」
ルクスはそのことを想像して、苦笑した。
◇ ◇ ◇
今日は朝から、なんだか嫌な予感がしてた。あの日のことを、夢に見てしまったから。
午後、頼まれていたパンの配達を終えた帰り道、私の目の前に朝会った黒髪の人が、立ち塞がった。文字どおり、私の前で道を塞ぐように。リタが言ったように逃げようとして振り返ると、この狭い道の反対側には、茶色い髪の人がいた。
「な、何か、ご用ですか……?」
逃げ場のない私は、そんなふうにか細く言うことしかできない。恐怖で身動きが取れなくなる。
「ああ、待った待った! 怖がらせるつもりはないんだ。少し、話を聞かせてほしくて」
黒髪の人は胸の前で両手を振って、敵意がないことを示す。道の片方へ身を寄せて、行く手を塞ぐ意図もない態度を取った。振り返ると、茶髪の人がすまないといったふうに手を合わせて頭を下げている。
「えっと……は、話とは……?」
「俺たちは、君の味方だ。だから、できれば本当のことを教えてほしい。君の名前は――リティア、じゃないだろうか?」
その名前を聞いて、どきりとした。鼓動が早くなり、全身の肌が一気に汗ばむ。でも、それを気付かれてはいけない。それだけで、私がリティア本人と認めたようなものだから。
私はなんとか冷静に聞こえるよう、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は……アニーです。リティアなんて人は、知りません……」
「そう、か。では、もう一つだけ……。君は生まれてからずっと、この町に?」
どうしよう。そんなこと聞かれるとは思っていなかった。どうする? どう言えばいい? 短い時間でできるだけ色々と考えて、私はリタに言ったのと同じことを言うことにした。それなら、もしリタに同じ話を聞かれても、矛盾が起きることはないから。
「……私、昔の記憶がないんです。この町に来てからしか、覚えてなくて……。名前以外、何も思い出せないんです……」
下向きだった視線を少し上に向けると、黒髪の人は少し驚いたような表情をしていた。そのまま、少し考えるように間を取ると、ゆっくりと口を開いていく。
「……そうだったのか。すまない、妙なことを聞いて。……実は、君が知り合いに似ている気がしてね。その子は今、良くない状況に巻き込まれていて。できれば助けたいと思っている……。もしリティアを見かけることがあったら、俺に教えてもらえないだろうか?」
「……分かりました。そのときは、必ず。……し、失礼します」
もう話すこともないだろう。そう言ってぺこりと頭を下げると、私は小走りでその小道を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
小さくなっていく後ろ姿を、ルクスとアドレーは見送る。
「……全部、本当なんでしょうか? 記憶をなくしているなんて。それとも……」
主の判断を伺うように、アドレーはルクスをちらと見た。
「俺の力で、真実を確かめることはできるが……そのときは、彼女の信用を失う」
ルクスは自身の手を見つめて、ゆっくりとそう告げた。
「この町にはしばらく滞在することになる。その間に信用してもらって、少しでも話を聞けるように努めよう。もし本当に記憶喪失なら、リティア本人の可能性も十分にあるわけだからな」
「そうですね。精神干渉系の魔術に詳しい方を探しておきます」
記憶喪失程度であれば、魔術による対処で治療が可能のはずである。
「ああ、頼む。それと――エリィ、いるか?」
そう、ルクスは頭上に視線を向けて言った。すぐに屋根の上から、少女が地上へと降り立ってくる。ちりんと、少女が首に付けた赤い鈴が小さく鳴り響いた。
「はい、こちらに」
「ご苦労。王都へ戻り、アウレリアとリティアの関係を探ってくれ。どの情報が真実で、どの情報が嘘なのか知りたい。万が一……彼女が悪だった場合にも、備える必要がある」
「承知いたしました。何か分かりましたら、手紙を送ります」
「頼んだぞ」
少女は軽く会釈して、たんっと地面を蹴る。直後、屋根瓦を蹴る規則的な足音がそこから段々と遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
廃棄された鉱山を北に望む町ウェスペルは、かつては鉱石の採掘で栄えた町だった。しかし今ではもうほとんど宝石の類は取れず、町は小麦や野菜の栽培、畜産に路線を変え、まだまだ町としての発展を続けている。東には国境に近いフィーネスを持ち、輸入品の流入も盛んである。
そんな町の土産物屋を、一人の少女が物色していた。彼女は隣町の不思議な少女の話を聞き、顔をほころばせる。
「まあ、そんな方がフィーネスにはいらっしゃるんですね! もし機会があれば、ぜひお会いしたいものです」
少女――フラウは笑って、鞄の中のナイフのことを思った。
コメント
4件
遂にリティアとルクスが再会しましたね! 2人ともちゃんと協力できるようになるといいな! あと、新キャラのエリィのビジュが気になる!! 鈴を付けてるし猫耳獣人なのかな? フラウもやって来そうで恐ろしすぎる…
やっとルクスと再会したんだね! 続きが楽しみだな✨