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ー かすり傷
私の後ろには、沢山のゾンビが迫っている。必死に逃げないと、噛まれてゾンビになってしまう。
「うっ…」
しまった。転けてしまった。この世の終わりだ。
「ぁ”あ”…」
ゾンビの声が近くなる。私噛まれてしまうの?
それとも、今までの罰…なのかな。きっとそうだ、この世界に来てから、いい事なんてひとつも無かった。これが最後の罰なのか。
ゆっくり重い瞼を閉じて、唇をぐっと噛んで、噛まれるのを待っていた。
気づけばその瞼から、涙がポロポロと流れた。
死ぬと思った。
その時だった。後ろから手首を掴まれた。
「っ…さとし…」
さとしは無言で手首を掴んで遠くまで連れていってくれた。手は泥まみれだったけど、途中から手を繋いでくれた。その時の感触は今でも忘れない。
柔らかくて優しくて、大きい手。
広いところまで走り続けた。ここならゾンビも、人も来なさそう。
息が切れそうなほど走ったから、胃がとても痛い。
「さとし…あ、ありがとう」
「うん」
やっぱり、塩対応なのか、と思っていたが、仕方ないと思い、ゆっくり近くにある壁にもたれた。
全身泥まみれで気持ちが悪かったけど、今の世界ではお風呂なんてまともに入れない。服もそんなにないし、我慢するしかない。
「ぃ…痛っ」
なんだか、首がとても痛い。触っても何も無いのに。不安が頭の中でいっぱいにとなって、真っ白になった時、
「そこで待ってて」
と言ってさとしは遠くに去ってしまった。
ー 壁
ゾンビに噛まれたような気がする。首がとても痛い。助けを求めようとしたけど、声もまともに出ない。助けて、さとし、助けて。
お願い、こんな私を助けて。
「はぁ…はぁ…。」
生きたい、まだ、生きたいよ。ねえ、誰か。
周りがぼやけて、何も見えなくなってきた。人が来た気配も、何もしない。
首からは大量のスライムが流れてきたような血が、ドロドロと流れてくる。私の腕が、青紫に、いや緑になっているのを感じた。あともう少しで、わたしはゾンビになるだろうか。
今頃、さとしは何をしているんだろう。逃げ切れてるかな。隠れて、安静にしてるかな。
「りな…。」
息切れした、掠れた声が私の耳に留った。これは、さとしの声だ。私には分かる。来てくれた。
「あ”…。う …、。」
駄目だ。どう頑張っても声は届かない、今さとしがどんな表情でわたしを見てるのかも分からない。
「りな…気づいてあげられなくて…ごめん。」
掠れた声が、近づくのが分かった。掠れてるんじゃなくて、泣いてる?
泣かないで…悲しまないで…さとし…。
これが言えたら、なんて。
「ごめん…。りな…。」
ぎゅっとわたしを抱きしめる。辛い。なんで目が見えなくなっている時に、こんなひどいことするんだろう。なんてひどい人。大好きだった人に、抱きしめられるのはとても嬉しいことだけど、わたしは、もうすぐ死に行く。言葉も言えないまま、抱きしめられるなんて苦しいよ。
神様、仏様、お願いだから視界を元に戻してよ。1回でも、1秒でもいい。さとしの顔が見たいよ。
さとしの手の力がどんどん強くなるのを感じた。鼻をすする音は囁くように近い。
ああ、こんなに近いんだ。叶わなかった恋がまるで、叶ったみたい。
その時だった。
私の額に何かが触れた。柔らかい唇が。
「りな…、りな…、」
必死に呼んでいるのがわかる。わかるよ。でも、ごめん。もう、話すことはできない。呼び続けたらきっと返事をしてくれるだろう、と思っているのかな。なんて優しいの。
「りな…、。」
「りな…!俺…。りなが大好きだよ…」
「ねえ。行かないで…」
意外だ。こんなに甘えて、泣いて、抱きしめて、こんなわたしの傍に居てくれるさとしなんて。
そういう所、本当にだいすきだよ。私の目は間違ってなかった。
「さ …ざ…と”し…。」
「わ …” だ…。」
「す … き “ だ …ょ」
言えた。言えたんだ。神様、仏様…ありがとう…ありがとうございます。視界はもう炭みたいに真っ黒になって、何も見えなくなったけど、大好きな人に、さとしに、好きだよって言えた。
ありがとう。
生まれ変わったらあなたの傍で笑っていたかった。
ゾンビだとしても、貴方と過ごしたかった。
そして、目の前が暗くなった。
ーワスレナグサの丘
「…っ」
死んだはずなのに目が開いた。周りもちゃんと見れるし、手足も動かせる。
「何があったの…」
「…え」
自分の足が緑色になってるのに気づいた。右腕も。もしかして、わたし、ゾンビになってる?でも何故か、左腕だけちゃんと人間の肌の色だった。どうすればいいのだろう。さとしは抱きしめてくれてたはずなのにどこにもいない。もしかして、逃げたのかな。生きてるといいな。
それより、わたし、ゾンビだよね。緑色になっているし、血管も丸見えだし、ちょっと痩せてる…。
頭の中がごちゃごちゃになって、涙が出てきた。このままだとさとしに引かれるかも。
「よいしょ…」
とりあえず、歩いて誰かいるか確認しよう。大丈夫だ。絶対に助かる。
「ぁ…っ暑!」
壁のほうは日陰だった。日に当たるととても痛い。なんで?本当にゾンビになっちゃったの?
「…い」
「え?」
「危ない」
危ないって急に言われても…。ってこの人、ゾンビじゃん。え?という顔で見ていたらから「とりあえず来て」と言われたから、ついて行くことにした。
辺りを見回すと、街は一瞬で変わった。アパートも、マンションも、どれひとつ残ってない。公園も血がついていて、触るとすぐに壊れそうな状態になっていた。
さとし、今頃どうしてるのかな。
「ここに座って。」
ついて行ったら、助けて貰えると思ったのに、まさかの暗い洞窟の中に入らされた。泥が全身にぐちょっとついて気持ち悪い。この人は誰なのか、わたしはどうやっているのか、日に当たると痛いのは何故か、色々聞きたいことがありすぎて頭のなかが混乱する。
「…っなんなの…」
「なんで…なんでなのっ…」
いつの間にか、わたしは同じ言葉を繰り返していた。可笑しい。嫌だ。死にたいよ。さとし、会いたい。会えないの?わたしを連れてきた男の人は無言でわたしを見つめていた。噛まれた首からは固まった血が出てきて、とても気持ちが悪い。手足も震えて、お気に入りだった服もいつの間にか、泥まみれで穴がポツポツ空いていた。
「いきなりごめん。お前、昨日、ゾンビに噛まれただろ?だからお前、ゾンビになっちまったんだ」
「日に当たると死ぬ、まあ多分お前は、3日で死ぬだろう。」
いきなりすぎて何も言えない。3日にしぬ?私が?しかもゾンビになってたの。
「何も言えないよな。まあ、泣くなよ、回避する方法はちゃんとあるからさ。」
グイッと手首を掴まれて外に連れてかれそうになった。外は暑い。焼け死にするほど痛いだろうな。
どこへ行くのだろうか。
ー