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『う~…みゅーぜの唇やわらか……もうやだ何言ってんだ僕はぁ♡』
アリエッタの顔は、すっかり魅了された恋する乙女の顔になっている。
『違うのにぃ。僕がみゅーぜをリードしないといけないのにぃ~』
誰が見ても絶対無理としか言わないだろう。それ程までに男らしさも大人らしさも失っているが、本人にその自覚など無い事もあって、その姿は背伸びしたがる小さな女の子にしか見えない。しかも言葉が通じていないせいで、その評価にもさらに拍車がかかっていたりする。
先程の大人達を労う時は、アリエッタ自身もその事を理解してやっていた。今の姿を有効利用しての行動だったので、仕方ないとも思っている。
しかし、その後のミューゼ達の行動は予想外だった。ピアーニャのお姉さんとして一緒に寝てあげるつもりが、美人のお姉さん6人に囲まれて滅茶苦茶可愛がられてしまったのだ。何故か抵抗も出来ずに。
『こ、今度は僕がみゅーぜ達を甘やかさないと。どんなに嬉しくても絶対に抵抗するぞ……』
そんな不可能な未来を夢見て、ようやくアリエッタは身体を起こす程度に立ち直った。しかし顔はまだ赤い。自分を囲っていた6人の……特に好意を寄せるミューゼと、同じく気になっているパフィの、頬にあてられた感触が忘れられないのだ。
『みんなにあんな風にされるって事は、やっぱり子供扱いなんだろうか……』
今度は落ち込み始めた。まぁ、自分の置かれている立場からして、妹的な感じで扱われていると思うのは至極当然である。言葉で直接確認出来ない事の他にも、ハーレム状態で可愛がられたというのも、個人的に想われていると思えなくなる要因となっていた。
『……いやいや焦っちゃ駄目だ。頑張らないと』
何を頑張るかまでは考えていないが、嫌われているわけではないから希望はあると考え、気合を入れて立ち直った。
『すーはーすーはー……よし。ママ! ……あ』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
エルツァーレマイアはというと、アリエッタに嫌われたくない一心で、ひたすらブツブツと謝っていた。精神世界に1人で残ってから、ずっとこの調子なのだ。
一応ミューゼとパフィの行動についてはアリエッタに言われて視ていたので、外の様子はある程度把握している。『スラッタル』が討伐された事ももちろん知っている。少し本気を出せばアリエッタの視界を使わずとも、外の事は分かるのだ。
そう、ほんの少しだけ本気を出して、神の力を使い続けていた。それも娘に許される為だけに。その結果が、アリエッタの髪の色が常時虹色になるという現象を引き起こしていた。当然精神世界にいる今も、本体と精神ともに虹色のままである。
『ちょっとママ! もういいから起きて!』
『ごめ……はい……』
ぺしぺしと叩かれ、エルツァーレマイアはようやく力の供給を止め、顔を上げた。すると、アリエッタの髪の色が銀一色に戻る。寝ている生身のアリエッタの髪の色も同時に戻っていた。
ずっと床に擦りつけていたのか、額が赤くなっているのをアリエッタが確認した時、エルツァーレマイアはピタリと動きを止めた。
いきなり力も動きも止まってしまった母親を不思議に思い、娘は首を傾げた。
『ママ?』
ブシャアッ
その瞬間、エルツァーレマイアから鼻血が噴出した。しかもどういう訳か、ハートの形で。
『ヒッ!?』
鼻血の勢いのせいなのか、それとも自力か、顔を中途半端に上げていただけの状態から、跳ね上がるように身を起こす流血女神。
床に落ちた鼻血の血痕は、大きなハートと、飛沫によって沢山の小さなハートの形が作られていた。女神の力は謎に満ち溢れているようだ。
『な、なに? どうしたの?』
『…………かわいい』
『え、ああ……』
着替える事が出来ないまま寝る事になったアリエッタの恰好は、精神世界にも引き継がれる。つまり白いドレス風の姿である。
エルツァーレマイアは土下座とミューゼ達を手助けする事に夢中で、アリエッタの事は見る事が出来ていなかったのだ。
そしてようやく声がかかったと思ったら、おめかしした愛娘の姿が目の前にある。親バカ女神にとって、十分に致命傷となりうる一撃だった。
『あ…あぁぁ……』
少し茫然とした後、目にハートを浮かべながら、まるでゾンビのようにアリエッタに向かって手を伸ばし始めた。
当然身の危険を感じるアリエッタ。
『ママおすわりいぃぃっ!!』
『ひっ!?』
全力で叫ぶ事で、目の前の野獣を大人しくさせる事に成功した。そして、精神体だというのに肩で息をし、少し後退りしながらエルツァーレマイアを冷たく睨みつけた。
『き…き……』
『!?』
一瞬エルツァーレマイアの顔が絶望に染まり、
『きもい!』
『ひぎっ!? そっち!?』
想像とは違ったようだが、結局心にザックリと大きな刃を突き立てられてしまっていた。
──その頃現実では……。
「あら、アリエッタの髪が元に戻ってるのよ」
「ふぁ…ん~、ほんとだー。やっと気分が落ち着いたのかな?」
今のアリエッタを少しでも堪能しておこうと、アリエッタを挟んで寝ているミューゼとパフィが、アリエッタを起こさないように小声で喋っていた。
「寝てるのに気分がどうこうってのはおかしいと思うけど、やっぱりテンションが上がってたのかしらね」
「テンションが上がったのはボク達の方だし。やりすぎちゃったし」
アリエッタを愛でまくって、すっかりテンションが上がってしまった大人達。特にクリムはまだ元気なせいで、眠れる気がしていなかった。
ネフテリア達はというと、ノリと勢いで明日まとめるべき事を箇条書きでまとめていた。流石に詳細まで書き留める程の元気までは戻っていないようだ。
「うっ…思い出したくない事を思い出しかけたような……」
途中でパルミラのテンションが一気に下がったが、アリエッタを嘗め回すように眺めて気を取り直すという一幕も。
「……パルミラ貴女、ちょっとお兄様に似てきたんじゃ」
「なっ……ネフテリア様、いくら王女でも言って良い事と悪い事があるんですよ!?」
「えぇ……」(いやいや、そんな顔になる程お兄様が嫌いなの!?)
女性陣による王子への人望の無さは異常だった。幼女好き、引きこもり、節操無しという、あまり子供には見せたくない要素が3つも揃っているので、仕方ないのかもしれないが。
そんな事がありつつも、中でのやり取りはともかく、見た目は安らかに眠っているアリエッタ。ミューゼが目を閉じる前に、頭をもう一撫ですると、少し嬉しそうな寝顔になりながら、横にあった大きく柔らかいクッションに抱き着いた。
「あら? うふふ♡」
嬉しそうに笑うパフィ。
しかし他の5人は心底悔しそうにパフィとアリエッタを見ていた。
「……あの母性はとんでもない凶器ですね」
「むむぅ。日常であのサイズに定着するには、体積が足りません」
「流石にアレには敵わないし。見せつけやがってくれるしっ」
「いや、うん、なんていうか……おのれパフィめ……」
「………………」
特に目の前のミューゼの目は、濁りに濁っていた。自分との圧倒的な格差を改めて目の当たりにし、様々な感情が渦巻いているご様子。
「ねぇ、もいでいい?」
「もがないでほしいのよっ。そんな事したらアリエッタが寂しがるのよ」
「……アリエッタを盾にするとは卑怯な」
ミューゼは仕方なく、パフィにくっついたアリエッタの背中にそっとくっつき、匂いを堪能しながら不貞寝し始めた。
作業をしていた4人はテンションがすっかり下がり、キリの良い所まで作業をした後、それぞれのベッドに入り、やはり不貞寝するのだった。
1人幸せな気分になっているパフィはというと、アリエッタの体をそっと押さえ、起きるまで離さない体勢で安らかに眠りについた。
『ん~……♪』
ぺちぺちぺちぺち
自分の体が柔らかい2つのクッションに固定されているとは知らないアリエッタだが、幸せそうな顔でエルツァーレマイアの額をひたすら叩いていた。ミューゼに撫でられた時に、気分だけが良くなっていたのである。
『あの…アリエッタ? なんで叩くの?』
『え? なんとなく……』
『そう……』
本当になんとなくであり、意味が分からないので話が続かない。
今のエルツァーレマイアには、アリエッタに口答えする程の勇気は持ち合わせていない。間接的にとはいえミューゼ達に多大な迷惑をかけたのだ。嫌いと言われないだけでも十分にありがたいと思っている。
そして真剣な顔になり、何かを考えていた。
(……ちゃんと真面目に反省してるみたいだし、お話くらいしてあげようかな)
(こんな可愛い娘に叩かれているって思ったら、ちょっと興奮してニヤけてしまいそう。そんな顔見せたら……完全に終わってしまうわ)
駄女神は、やはり駄女神だった。
キュッと引き締めた顔を見て、少し気を許してしまったアリエッタ。しかしお仕置きをする事自体は諦めていない。
『ねぇママ……』
『! はい! 何でござるましょう!』(やばっ、顔に出てた!?)
いきなり声をかけられて、邪念の中から引き戻された女神は、驚いて変な言葉になっていた。
『しばらくの間、ママだけ実家に戻るのと、おとなしく僕から罰を受けるの、どっちが──』
『罰を与えてくださいお願いします何でもしますから!』
被せる程の即答だった。
必至に罰を選ぶその勢いに、引いてしまうアリエッタだが、同時に心強さも感じていた。まだよく知らない世界で、言葉が通じる相手がいるというのは、それだけで心の安寧になるのだ。
エルツァーレマイアにしても、娘と気まずいまま自分の次元に帰るのは、絶対に避けたい事態だった。アリエッタの要望とあらば、たとえ父神の魂だろうと差し出す覚悟は出来ている。
『それじゃあまずは、美味しい木の実とか食べたんでしょ? 全く同じのじゃなくてもいいから、そんな感じのを僕も食べてみたいんだけど……』
『任せてっ!』
『出来ればミューゼ達と一緒に』
『それなら……』
既にアリエッタの為にオリジナルの野菜を創った事があるので、それ自体に問題は無い。ミューゼの家庭菜園の事も知っているので、種を創ってしまえば、後はどうやってミューゼに引き継ぐかという問題になる。方法についてはゆっくり考えていく事にし、ひとまず精神世界で新種の考案をする事だけ決定した。
アリエッタは他にも思いついた要望を提案していく。そのほとんどが承諾されたが、今すぐには出来ないものばかりだった。しかし急ぐ事でも無いので、これらも内容や手段は後回しとなった。
『えーっと、ちょっとワガママ過ぎたかな?』
色々提案した後、流石に多かったかなと、少し反省。しかし、娘の為にやる事が出来たとエルツァーレマイアは喜んでいる。
その様子を見て安心したアリエッタは、最後に絶対にやっておかなければならない事を始める事にした。
『それじゃあ全力でお仕置きするから、うつ伏せになってくれる?』
『ヒッ……』
今のアリエッタには逆らえない。戦々恐々としながら言うとおりにすると、アリエッタが筆を見せながらふくらはぎに座った。
『もし抵抗されたら、嫌いになっちゃうかも?』
『えっちょっと待って! それはっ!』
何をするのか気付いてしまったエルツァーレマイア。しかし動いてアリエッタを退かしたり、力を使って足を守る事は、身を滅ぼす事と同義となってしまった。つまり無抵抗で全てを受け入れるしかない。
アリエッタは、許しを請うエルツァーレマイアの顔が見えないように後ろ向きに座り、手に持った筆で無防備になった足の裏を撫で始めた。
『あひひひ! やだそっれっ! ゆるしでえええあはははははははははははっげほっ……ふひはははっ』
こうして、誰にも認識されない精神世界という密室で、女神の笑い声が延々と響き渡るのだった。