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太陽が西の空に沈み、闇が顔を出す。
闇を見上げ、息を吐くと、白い息が闇に消えていく。
その時、カラスの大群が鳴きながら飛んでいくのが見えた。
カラスは人の死を予知する――。
昔、そんな話を聞いた事があった。
だけど、それは俗説であって、本当のところはわからない。
でも闇の中を飛んでいく黒いカラスの大群を見て、背中にゾクリと寒気が走った。
12月――。
街はクリスマス一色で、クリスマスカラーが街を彩り、夜にはイルミネーションが輝く。
恋人たちは手を繋ぎ、寄り添い、目を輝かせながらイルミネーションを見上げている。
それを横目に塾へ足を早ませる。
――受験生にはクリスマスも正月もない。
学校や塾で何度も繰り返し言われた言葉。
わかってるよ、そんなこと。
家と学校の往復。
友達と寄り道することなく家に帰り、それから塾へ行く。
帰ってからも夜中まで勉強。
そんな退屈な毎日を送っていた。
何も変わらない毎日。
平凡な毎日。
でも、こんな退屈で平凡な毎日が変わる出来事が起こるなんて――……。
賑やかな大通りを外れると、人通りの少ない場所に公園がある。
夕方でも人の気配を感じることのない公園。
木々が生い茂り、ここだけ違う世界のよう。
何のために、この公園があるのかわからないけど、塾に行く近道のため、いつもこの中を通っていた。
公園の中に足を踏み入れる。
恐い――。
そう感じるのはいつものこと。
下を向き、歩く速度を上げ、ただ早く公園を抜け出すためだけに足を進めて行く。
その時……。
“ドンッ”と体に衝撃を受けた。
誰かにぶつかったような衝撃。
足を止め、顔を上げ、振り返る。
そこに立っていたのは若い男。
男もこちらを見ている。
幽霊にでも会ったかのような驚いた表情。
でも次の瞬間、男は目を見開いたまま、首を左右に振り、逃げるように走り去って行ってしまった。
変な人。
そんなに驚かなくてもいいじゃない。
てか、私はアナタの事なんて知らない。
なのに、私を見て、目を見開き驚くなんて……。
何で?
走っていく男の背中を見ながら、男が何で驚いていたのか疑問に思っていた。
公園を出た男の背中を見送り、塾へ行くため再び足を進める。
その時……。
公園の奥の方、あまり人目のつかない場所。
そこの街灯に目がいった。
何もないと思っていたのに、何かを見つけた時、体は“ビクン”と跳ね上がり、足が止まった。
街灯の下。
1人の男が立っていた。
背が高く、細身の若い男。
元々、色白なのか、それとも街灯に照らされてるセイなのか男性にしては肌が白い。
真冬なのに、薄手のパーカーにジーンズを履いただけで、何をしているわけでもなく、ただ立っているだけ。
…………えっ?
男の手元を見た時、目が見開かれていき……。
脳は“逃げろ”と命令しているのに、恐怖心からなのか足が鉛のように全く動かない。
男の手にはナイフが握られていた。
銀色のはずのナイフは真っ赤に染まり、ナイフの先端からはポタポタと真っ赤な液体が滴り落ちている。
…………血?
と、言うことは、もしかして…………。
ナイフから目を下ろしていく。
…………っ!
声にならない声が出る。
だって、男の足下には、血まみれの女性が倒れていたから……。
“ドサッ”
持っていたカバンが手から落ちた。
その音に気付いたのか、男がゆっくりこっちを向く。
ヤバイ!早く逃げなきゃ。
じゃないと、私もあの女性のように……。
でも、そう思うだけで足が動かない。
ナイフを持ったまま男がゆっくり近付いて来る。
イ、イヤ……来ないで……。
周りを見渡しても誰もいない。
いるのは私と近付く男と血まみれの死体だけ。
大声で叫ぼうにも恐怖心からなのか声が出ない。
お願い……来ないで……。
お願いだから……。
そんな願いも虚しく、男が私の前に立った。
男を見上げる私。
私を見下ろす男。
黒い長めの髪。
前髪から覗く切れ長の目。
筋の通った高い鼻。
そして、口角を上げて笑ってる唇は血のように赤くて……。
街灯に照らされてない肌は、街灯に照らされてる時と同じように白い。
彼は世間で言うイケメンだ。
こんな状況なのに、彼に見つめられ胸が“ドキン”と跳ねた。
でも、彼は人を殺めた犯罪者。
そんな男に胸が高鳴るなんて……。
どうかしてる。
非日常的な出来事に遭遇して頭でもおかしくなったのか……。
「見ちゃった?」
えっ?
彼はそう言ってニッコリ微笑んだ。
「見ちゃったんでしょ?あの女の死体」
彼はそう言って女性が倒れていたところを見た。
あっ……。
その時、私の頭にさっきのことが浮かんだ。
私にぶつかった男。
彼もこれを見て慌てて逃げたんじゃないか……。
最悪だ……。
あの時点で何かを察し、公園から出れば良かった……。
そうしたら、こんなことにならなくて済んだのに……。
「ねぇ?聞いてる?」
彼の声で我に返る。
「見ちゃったよね?」
私は彼の言葉にコクンと頷いた。
「そっかぁ、見ちゃったんだぁ」
「あ、あの……」
やっと声が出た。
「ん?」
「わ、私、塾へ行かなきゃ、いけなくて……。この事は誰にも言いません。だ、だから……」
「残念だったね」
「えっ?」
「あんなとこ見られて、塾に行けると思ってる?家に帰れると思ってる?運が悪かったね」
彼はそう言って再びニッコリ微笑んだ。
人を殺めて笑ってられるなんて……。
何で?
「キミは今日から僕の部屋で一緒に暮らすんだ」
えっ?
それって、拉致って、こと?
「こ、困ります」
「困る?こっちも困るんだけど?」
彼はそう言ってクスッと笑った。
「キミは、あれを見ちゃったんでしょ?誰にも言わないって、そんな保証ないでしょ?それに僕は捕まりたくないしね」
「本当に、言いません……。約束します」
「だから、そんなこと信用出来ないって言ってんの。それとも……」
彼は女性の死体に目をやり、再び私の方を向くとニヤリと笑った。
「あの女みたいになりたい?」
「えっ?」
私は女性の死体に目を向ける。
血まみれで目を見開いたままの女性の死体。
「どうする?」
彼はそう言って、真っ赤な血で染まったナイフを見た。
どうするって……。
彼に拉致られるか、それとも殺されるか……。
命は惜しい。
こんな退屈で平凡な毎日だって、生きていたい。
でも拉致られるのも嫌だ。
彼との距離は遠くないけど、手足を拘束されてるわけじゃない。
逃げようと思えば……。
彼をチラッと見た。
「決まった?」
私はコクンと頷いた。
「どっち?」
私は再び彼をチラッと見て、彼に背を向け足を1歩出した。
このまま走って、大通りに出て助けを呼ぼう……。
…………でも。
その思いは虚しくも彼の手によって止められた。
私の腕を掴んだ彼の手。
彼の手に力が入り、痛さで顔が歪む。
でも彼は私とは反対に笑顔だ。
「い、痛い……。離して?」
「逃げようと思った?そんな選択肢はなかったはずだけど?」
彼はそう言ってクスクス笑う。
「それとも、あの女みたいに血まみれになる事をお望みかな?」
私は首を左右に振った。
あの女性のようにはなりたくない。
死にたくない。
「だったら僕の部屋で一緒に暮らすしかないね。早くしないと人が来るかもしれない。僕の部屋ね、歩いて直ぐだから。行こうか」
彼はそう言って、私のコートの腰の部分から手を入れた。
端から見たら彼氏が彼女の腰に手を回しているラブラブのカップルにしか見えない。
でも、私のコートの中には腰の辺りに彼が持つナイフが当てられていた。
最悪な出会い――。
この時には、そう思っていた。
でも、この出会いが運命を大きく変えていく……。
この時の私は、まだ何も知らなかったんだ……。