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「ぜーはー、もう動けない」
転移先は、皇宮の前だった。ご丁寧に、馬車まで転送してくれて、一体どれだけの魔力量を消費したのか気になるところだった。だが、辺りを見渡せば分かるように、憔悴しながらもしっかりと二本足で立っていた騎士達でさえ、地面に足をついていたり、地面に突っ伏してたりするのだが、魔力はごっそり持っていかれたに違いない。
というか、私は闇魔法について知らなさすぎだと思った。
(アルベド、今度会ったら許さない……)
確かにあのままであれば、アルベドのいったとおり帝都に戻るまでに魔物に遭遇したかも知れないし、まだヘウンデウン教が潜んでいた、若しくは援軍が来て大変なことになっていたかも知れないのだ。そう思うと、感謝するべきなのだろうが、それにしても、いきなり転移魔法を使われて、すっからかんになりかけていた魔力をごっそり持っていかれてしまったのだ、多少起こっても罰は当たらないだろう。
そんなことを思っていると、ふと私の前に手が差し伸べられた。
「立てますか? エトワール様」
「グランツ……」
心配そうに私の前で膝を折って手を差し伸べてくれていたのはグランツだった。彼も魔力を取られただろうに何故だかぴんぴんしており、私の護衛騎士としての役目を果たそうとしてくれていた。だが、主人はこのザマである。
(平民だったっていってたし、使える魔法は魔法を斬る魔法だけだから、もしかしたら魔力なしで、他の人がグランツの転移分も補ったりしたのかな……)
グランツは魔力を持っていない、いや持っているのかも知れないが量は少ないと私は思っている。だから、彼が元気に動いているのは魔力を持っていかれていないからだろうと私は結論づけ、彼の手を取った。
身体が重い。
「グランツは、知ってたの?」
「何がですか?」
「その、闇魔法って、ああいう使い方するってこと」
そう私が聞くとグランツはきょとんとした顔をした後、首を傾け、そうですね。と低い声で続けた。
「光魔法が治癒魔法に特化しているように、闇魔法もまた特化しているものがあります。エトワール様もご存じの通り、相反する魔法で、光が強ければ強いほど光魔法は威力を増し、逆に光が一切灯らない暗闇であればあるほど闇魔法は威力を増します。そして、光魔法のものは他者に魔力を分け与えることは出来ますが、闇魔法はその逆で、人から魔力を吸い取ることが出来る特性を持っています」
と、グランツは淡々と続けて私に空虚な翡翠の瞳を向けた。
その瞳にはやはり闇魔法を許せないと言ったようなものが浮かんでいるように見え、私は思わず目をそらした。
グランツが言うならそうなのだろうと。
光魔法についてはブライトや神官に聞いて何となく分かっていたが、闇魔法についての知識は思えば皆無だった。まあ、光魔法が他者に魔力を分け与えられるっていうのは初耳だったけど、原理としたら、回復魔法とは自分の魔力を消費して相手を治すんだからつまりはそういうことなのだろう。
しかし、やはりアルベドは凄いと思う。幾ら日が沈んでいて、闇魔法のものにとってコンディションが良かったとは言え、あの場で一気に皆の魔力を転移魔法に使えるなんて。暗殺技術が高いだけだと思っていたが、魔法の扱いにも慣れている。アルベドの好感度を上げておいて良かったとも今更ながらに思った。
「エトワール様、彼奴の、アルベド・レイ公爵のこと……絶賛してますけどそんなに良いですか?」
「いいっていうか、何度も助けてもらってるし。確かに口は悪いしマナーも悪いしとても貴族って感じはしないけどね」
「……」
「グランツも私を一杯助けてくれてるじゃん。彼奴ばっかり褒めてるわけじゃないよ」
そう、私が付け足してやれば少し不満といった感情を残しつつも、はい。と認めて頭をぺこりと下げた。
無理に聞こうとはしないけれど、グランツの闇魔法のものに対する、アルベドに対するあたりの強さはどうにかならないものかと思った。本当にいずれぶつかることになってしまったら……攻略キャラ同士の殺し合いなんてたまったものじゃないのだ。
「そういえば、グランツは平気? 私は根こそぎ魔力持っていかれて、立つのもやっとなんだけど」
私は、少しでも話題を変えるためにグランツに先ほど気づいた疑問を投げかけてみた。グランツは一瞬翡翠の瞳を揺らしたが、すぐに無表情に戻り、少し遠くを見つつ答えた。何故私の目を見て言ってくれないのだろうと思ったが、もしかしたら、彼も無理して経っているだけかも知れないと気にしないことにした。
「俺はそこまで魔力を持っていかれていないので。レイ公爵が配慮してくれたのかも知れませんし、俺が魔力がないことを知っていると思うので。まあ、おかげでエトワール様を無事に聖女殿まで送り届けることが出来そうですし、何とも思っていないんですけど」
「そ、そう……」
グランツは少し早口でそう言うと、ふうと息を吐いた。
魔力がないから……何て彼は言ったけど、やはりどうも引っかかる。
アルベドが幾らグランツの魔力がないと気づいた、若しくは知っているからといってあの一瞬で魔力の多いもの少ないものと選別できるのだろうか。若しくは、既に魔力量が足りていたため、グランツからは取っていないとか。色々あり得る話ではあったが、結局答えは出ず、私は考えることをやめにした。
だけれど、グランツからかすかに魔力が漂っているような気がしてならないのは気のせいだろうか。
私がそんな風にグランツを見ていると、ルーメンさんが聖女様―といつものように私の事を呼びながら走ってきた。
「ルーメンさん」
「はあ、はあ……聖女様は無事ですか?」
「る、ルーメンさんこそ。そんなに走って大丈夫なんですか?」
「あ、いや、まあ……私も魔力は結構持っていかれたんですが、倒れるわけにもいかないので。殿下の前で」
と、ちらりと後方にいるリースの方を見た。
ルーメンさんの顔は青白くなっており、THE病人といった感じなのだが、彼の意地と根性でふらふらな身体を支えているんだろうと私は察した。
「それで、何かありましたか?」
「いえ、確認しに来ただけです。体調が悪くなっていないかなど……ほら、闇魔法と光魔法は反発するでしょう? それも、聖女様にレイ公爵は魔法を使ったとなると……」
そう、何処か言葉を濁しながらルーメンさんはいった。息が切れいててところどころ聞きづらかったが、何となく言いたいことは理解できた。
(確かに、前アルベドに魔法使ったとき私の光魔法と彼の闇魔法は反発していて……)
となると、今回も同じ現象が起きているはずだと。
幾ら私の魔力が少なくなっていたからとはいえ、光魔法と闇魔法は必ず反発する。もしくは、魔力が多い方に負けてしまう可能性があったからだ。だから、私達は魔力を吸われて動けない状況になっているが、魔力を吸った後に魔法を発動させたアルベドはどうなっているのだろうか。
きっとタダですんでいない。
今すぐに確認したいと思ったが、彼が何処にいるのか分かるわけもなく、またこの身体で何処かに行く気力もなく、今度会ったときに聞こうと私は諦めた。
「心配してくださってありがとうございます」
「いえ、仕事ですし……それに、聖女様に何かあったら大変ですからね」
と、ルーメンさんは微笑んだ。
その笑顔が心にしみて、私もつられて笑ってしまった。
「今日はもう遅いでしょうし、聖女殿の方までお戻りください。帰りの馬車は出しますし、今回の報告は我々の方ですませておくので」
「は、はい。報告……でも、私が行かなきゃいけないなら――――」
「多分、殿下がやってくれると思いますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
そう、ルーメンさんは笑った。
私は、本当にいいのだろうかと思い、リースの方を見た。リースもあれだけ魔力が枯渇していたというのに騎士達の体調はどうかと聞いてまわっていた。私を庇って魔力を使い切っていたはずなのに良く動けると。
「リースは……殿下は大丈夫なんですか?」
「殿下ですか? ああ、無理してますね。あれは」
私の言葉を受けたルーメンさんはリースの方に少しだけ顔を向けてから、こちらに視線を戻し頬をかいた。やれやれと言わんばかりに、ルーメンさんはため息をつく。
「次期皇帝になる方ですからね、殿下なりに気をはっているんでしょう。皇帝は完璧でなければならないと。私的には休んで欲しいんですが、強情なんで聞く耳も持ちません」
「は、はあ……」
ルーメンさんはフッと笑って頭を下げた。
ルーメンさんは、リースのことを理解しているんだろうなとぼんやり思いながら、リースが無理をしていると聞いて内心ヒヤヒヤしていた。あれだけ大変なことに巻き込まれて、その中で私を救ってくれた彼だったから、私のことを気遣う以前に自分の身体のことを大切にして欲しい。
それに、リースは……遥輝はいつも完璧にこだわっていた気がしたから、何だかもやっとしたのだ。
(ここでも完璧……完璧、完璧……どうして彼は、そこまでこだわるのだろうか)
非の打ち所のないイケメンだった。完璧だった、文武両道でただちょっと笑顔がないのが遥輝だった。何処かいつも無理しているような、抑えているような彼を見ていて、何かしてあげられることはないかと前世隣にいながら思っていた。いつも……
「あの、ルーメンさん」
「はい、何でしょうか」
「リースに……殿下に無理しないでって言って下さい。その、私が言っていたって」
「……っ、はい。でも、それ直接殿下に言ってあげて下さい。私が言っても聞かないので」
「でも」
ルーメンさんは、真剣な表情で私を見た。
確かに、私が言えば聞くかも知れないけど……とリースの方を見ると、運が悪いのか良いのかリースと目が合ってしまい、彼はこちらに向かって歩いてきた。
「どうした? 俺の話でもしていたのか」
「聖女様が、殿下に言いたいことがあると」
「る、ルーメンさん!」
ルーメンさんは自分は関係無いですというように後ろで手を組んで目を伏せていた。
リースは何か言いたいことでもあるのか? と私の方を見て首を傾げている。
私はこうなったらヤケだと、リースの胸をポンと殴った。
「無理しないで」
「エトワール?」
「今でもすっごく、完璧だから。これ以上無理しないで。見てるの辛い」
「……っ」
私はそれだけ言ってリースから離れた。リースは何か言いたげに手を伸ばしていたが、満足したように笑うと私の背中を見送った。
「おやすみ、エトワール」
「……おやすみ!」
声を張り上げて精一杯リースに叫び、私は用意してあると言われた馬車に向かって歩き出した。