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「 あたしは結局、見たいものしか見てなかったんだ。だけど、そんな事には気付いていた…ただ認めるのが嫌だったから、式根島へ帰ったのに…それなのに。なのに何故、あたしは今、渋谷の空中を落下しているの…」
5月14日 新国家日本新党が東京独立宣言をしてから10時間後。
時刻は20:00を回っていた。
朝倉ケイの小柄な身体は、くの字になって地面へと向かっていた。
朝方降った雹が、渋谷の商業タワービル『アカリエ』の窓辺に少しだけ残っているのが見える。
重力はケイの背中を引っ張り、空中で呼吸もままならない状況でケイが見た光景は、抽象的な絵画を思わせる程に美しかった。
夜空に輝く星明かりの上空。
ぬらぬらと、死のオーロラが弧を描くように揺らめいている。
時折緑や橙が混ざる光のカーテンは、生命を呑み込む黄泉の国への入り口。
自分もこれからそこへ向かうのだと、考える余裕のある死への時間はセックスと似ていた。
それでもケイは許せないことがあった。
アカリエ屋上の手摺から、こちらを覗き込む顔がどんどん小さくなってゆく。
それは、死へのカウントダウンを意味していた。
安座間に心を許した自分が情けなかった。
ケイの身体は61階の屋上から、21階を落下する。
見慣れたオフィスのブラインドと観葉植物の陰は無く、先程、安座間と2人で乱射した銃弾の跡が窓ガラスを粉々に吹き飛ばしていた。
ケイの脳裏に最後の記憶が蘇る。
「あたしは最後まで、見たいものしか見ない!」
安座間の振り向きざまの笑顔と、自動小銃を構えながら、ケイの背中を抱きとめる手の温もりとが交錯していく。
死のオーロラが、一瞬強烈に瞬いて見えた。
少し前に耳にした、カーラジオの声も脳裏に入り込む。
「我々は同胞を…それは核よりも強大な…新国家の誕生である…去る者は去れ…極限武装中立国として東京は蘇るであろうー」
その記憶は、途切れながらもケイの脳裏に再生され続けた。
死を迎えるまでの間に。