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第56話 〚歪んだ計算〛(恒一)
恒一は、
一度その場を離れた。
人混みから外れ、
花火の音が少し遠くなる場所へ。
(……今じゃない)
さっきは、
周りに人が多すぎた。
視線も、
気配も、
多すぎた。
「……邪魔ばっかりだ」
小さく吐き捨てる。
恒一は、
夜空を見上げなかった。
花火なんて、
どうでもよかった。
頭の中にあるのは、
ただ一つ。
――白雪澪。
(どうすれば、二人きりになれる)
考えが、
ぐるぐると回る。
偶然。
理由。
口実。
どれも、
“澪が拒まない形”でなければ意味がない。
(……澪は、優しい)
だからこそ。
その優しさに、
甘えていいと思ってしまう自分がいる。
(二人きりになれたら)
胸の奥で、
黒い衝動が、じわじわと形を持ち始める。
――触れたい。
――確かめたい。
――奪いたい。
その考えに、
一瞬だけ、理性が警鐘を鳴らす。
(……ダメだ)
でも、
恒一はその声を押し潰した。
「……俺だけが、澪を分かってる」
そう言い聞かせるように、
何度も。
誰にも聞こえない場所で、
恒一は、静かに呼吸を整える。
(次は、失敗しない)
まだ、
チャンスはある。
花火大会は、
終わっていない。
夜も、
人も、
理由も――
まだ残っている。
恒一の視線が、
再び人混みの方へ向く。
その背中に、
夜風が吹き抜けた。
危険な思考は、
まだ“行動”になっていない。
――けれど。
一線の手前で、
確かに、立ち止まっている自分がいた。
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