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『愛なんて、』 第5話
長い間お世話になっていた店を退職することにした。別にこの仕事が嫌になったわけじゃない。できればこのお店で続けていたかったがきっと柔太朗が会いにきてしまうので逃げるわけじゃないが、自分のことなんて忘れて欲しかった。
『”俺の方が”幸せにしてあげられる』
柔太朗はなにかに気づいている様子だった。
もともとモデルをやってる柔太朗とは住む世界が違うのだ。彼には自分なんかより違う人と幸せになってほしい。
勇斗とは一旦距離を置くことになった。
別れようと言われるかと思ったが、そういうことは言われなかった。
「出逢わなきゃよかったのかな」という問いになにも答えてくれなかった。それがきっと今の勇斗の答えなんだと思う。本当は「そんなことないよ」と抱きしめて否定をして欲しかった。俺は勇斗との未来を生きてみたかった。でも勇斗は違うようだった。
仕事の休憩中に次に住む場所を探していた。
今は一刻も早くあの家を出ていかなければいけない気がした。じゃないとせっかくの決意が揺らいでしまう。
特に何も決めてないが、指先が勝手にある場所を検索していた。検索結果にある物件が表示される。
「……空いてる…」
空き物件と表示されたのは、昔勇斗と住んでいたアパートだ。あの頃より数年経ってるから外壁等は綺麗になっていたが外観も室内も写真を見る限り変わっていなかった。
気づいたら今週末の休みに不動産屋に内見の予約をしていた。
※
「たまたま空きがでましてね、駅から離れているので家賃を少し抑えているそうですよ」
不動産屋の人が鍵を開けてドアを開けてくれた。スリッパに履き替えて中に入る。
2階建てのアパート。
2階の1番端。そこが空いている部屋だった。
懐かしい。
あの頃の記憶がよみがえってくる。
まさかの空いている部屋はふたりでかつて住んでいた全く同じ番号の部屋だった。
「明日以降も数件、内見の予約が入ってまして、どうなさいます?」
「……ここに…します。ここがいい…」
※
不動産屋にお願いをして入居日は最短の1週間後にしてもらった。なるべく早いほうがよかった。
買ってきた段ボールにさっそく荷物を詰める作業を少しずつすることにした。
「…なにこれ」
仕事から帰ってきた勇斗はリビングの隅に置かれているいくつかの段ボールを立ち尽くして見ていた。
「この家、出て行こうと思って」
「なんで?」
「その方がお互い、いいでしょ…」
「だからって急過ぎだろ…それに別に出て行かなくたって」
「勇斗……」
勇斗に近づいた。
こんなの近い距離で向き合うのは久しぶりだった。
「お願いがある…」
「なに…?」
じわ…っとまだ言葉にしていないのに、こぼれ落ちそうなものを必死に堪えた。喉元がキュッと締まって苦しい。言いたくない、でも言わなければ。
「俺と別れてください」
※
「ーー以上で引渡しについての説明は終わりですが、なにか質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、またなにかあれば担当の方に電話をください」
失礼します、とひと言告げて不動産屋の人は帰っていった。
静まりかえってる部屋の中を見渡す。玄関にはそんなに多くもない積まれた段ボール。もともと荷物は多くはない方だ。
家具は勇斗は持っていきなと言ってくれたがあの家に置いてあったほうがいいだろう。それにきっと思い出してしまうから置きたくなかった。
昨日付けで退職して、スタッフからは色紙と小さな黄色がメインの花束をもらってそれも持ってきた。花瓶はまだないから買うまでとりあえずペットボトルを切ってその中に生けてあげた。
カウンターにお花を置く。まだ殺風景のこの家が少し彩られた気がする。
「…前は、ここにテーブル置いてたな」
このアパートに住んでいた時の記憶を思い出す。
カーテンを何色にするのか家具の配置とかでちょっとした言い合いになった。
料理が苦手な勇斗と一緒にご飯を作ったりした。
テーブルで向かいあって作ってあげたご飯を美味しそうに笑顔でたくさん食べてくれた。
喧嘩した時は、お互い不貞腐れて俺がベッドで寝て勇斗はソファーで別々に寝たこともあった。
でも仲直りする時花を買ってきてくれた。
赤いガーベラを3本とかすみ草が添えられた綺麗な花束だった。
狭いベッドで愛し合ったりもした。
『好きだよ』『愛してるよ』『幸せだね』
なんて欲しい言葉をたくさんくれた。
勇斗が今日仕事している間に引越しを終わらせた。
きっと帰ったら荷物がないからビックリするだろうけど。
勇斗にはここに住むことは伝えていない。
もう会うことはないだろうから。
住んでいた家の合鍵は置いてきた。
あの家に行くことはもうないから。
連絡先も削除した。
「……ッうぅ……勇斗……」
『別れて欲しい』と伝えた時、勇斗は「そっか…」としか言わなかった。結局出て行くことも引き留めてくれなかった。きっともう自分に対する気持ちはなかったんだと思う。
ぼたぼたと今まで我慢していた涙は一気に溢れてくる。ぬぐってもぬぐっても、とまってくれない。足の力が向けて、床に座り込む。
邪魔になるから身を引いた。
彼にも違う人と幸せになって欲しい。
普通に結婚して、子どもや奥さんに囲まれて楽しく幸せに生きてくれたらいい。
それでいいんだ。
でも俺は、未練がましく勇斗のこと好きという気持ちを抱えながら、勇斗に愛されていたという過去の思い出に縋るようにこの場所で独りで過ごしていくんだ。
愛なんて知らなければよかった。
こんな死にたくなるくらい苦しい思いをしなくてすんだのに。
続
ガーベラ3本の花言葉=愛しています
次のお話はsnさん編です
コメント
11件
💛ちゃんの気持ちを考えるとツラすぎる😭🩷さん早く迎えに来て欲しい🥺
切ない...

読ませていただきました!めちゃくちゃ切なくて胸が締め付けられました。続きも楽しみにしています🙇♂️
#milk
たま
40
#吉田仁人受け