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悩み
・・・・・・・・・・
水柱との合同任務を終えてから、自分の中に起きた異変に気付いた有一郎。
任務に出る度に、鬼と遭遇する度に、恐怖心や気持ち悪さを感じるようになったのだ。
幻覚で作り出された両親や柊依を自らの手で殺した感覚が、あたかも今の出来事のように蘇ってくる。
身体が強張る。刀を持つ手がぶるぶる震える。足がすくむ。口の中がカラカラに渇く。
あの任務で見た光景が頭から離れない。そのせいで自分の感情と身体の均衡を上手く保てない。
早く強くなりたい。早く強くならなくてはならない。頭ではそう思うのに身体が戦闘を拒否しているようだった。でも、それを自分で認めてしまってはもう戦いに行けなくなってしまいそうで。
自分が怪我で大人しくしている間に、無一郎は多くの鬼を倒し、みるみるうちに階級を上げていった。どんどん開いていく弟との差も、有一郎の焦りの原因のひとつだった。
《…有一郎…、顔色ガ悪イゾ。今日ノ任務ハ別ノ隊士ニ交代シテモラッテ、少シ休ンダラドウダ?》
相棒が心配そうに声を掛けてくる。
「…大丈夫だ、幸陽。熱もないし元気だ。俺が行かなくちゃ。他の人に迷惑は掛けられない」
頑として休もうとしない有一郎。
《柊依様モ言ッテタロ。無理ハ良クナイッテ。有一郎ハ頑張リ屋ダケド、シンドイ時ニ無理シテ任務ニ出テ、死ンジマッタラ元モ子モナインダゾ》
「大丈夫だって。まだ死ぬわけにいかない。無理してない。大丈夫」
何を言っても聞かない有一郎に、幸陽は困ったように小さく溜め息をつき、それ以上は何も言わなかった。
この前の任務が精神的に少しこたえただけだ。きっと一時的なものだ。時間が経てば平気になる。
きっと大丈夫。俺は無理なんかしてない。きつくない。つらくない。怖くない。大丈夫。大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせながら、日々、鬼殺の任務にあたる有一郎。
“それ”は突然起こった。
ある日、夕方から出る任務の前。急な吐き気を催して有一郎は慌てて厠に駆け込んだ。
数時間前に食べたものが勢いよく口から飛び出していく。一度では終わらない。何度も、何度も。胃の中が空になるまで吐き続けた。
「…はぁっ、はぁっ…、げほっ……!」
苦しさに滲んだ涙を拭い、厠から出て手洗い場で口の中を濯ぐ。
「ふーーーっ……」
大きく深呼吸をして、口元を手拭いで拭いて、任務に出る準備を再開する。
刀を腰に差す。首から下げた大切なお守り袋を両手で包み込むように握り、そっと胸に抱いた。
鏡の前に立ち、頬を自分の手で軽く叩いて喝を入れる。
この日の任務は有一郎1人だった。何が何でも自分が鬼を倒さなければならない。たとえ身体が震えても、足がすくんでも、誰も助けてなどくれない。
「グアアァ〜!!」
言葉さえ失った下等の鬼たち。今はそのほうが都合がいい。言葉を操るような、こちらに不利になる血鬼術を使うような鬼だったら、また惑わされて思うように戦えなかったかもしれない。
“水の呼吸・弐ノ型 水車”
“肆ノ型 打ち潮”
“漆ノ型 雫波紋突き”
「ギャアアアッッ!!」
次々と鬼を倒す。頸を斬られた鬼たちは、ぼろぼろと崩れて跡形もなく消えていった。
へとへとになって花柱邸へ帰ってきた有一郎。やっとの思いで報告書をまとめ、それを幸陽の足に結びつけて提出を頼んだ後、畳に倒れ込んでそのまま気を失うように眠ってしまった。
夢にさえ、“あの日”見た光景が鮮明に蘇る。両親と柊依の生首が転がった足元。血に濡れた己の手のひら。自分に向けられた怨みに満ちた視線に罵詈雑言。
うなされて、飛び起きる。汗だくで、心臓が今にも飛び出しそうな程、大きく脈打っている。
「…こんなんで鬼殺隊の剣士が務まるのかよ……」
小さな呟きが他の誰でもない、自分の胸に深く突き刺さった。
それからまたしばらく経った。任務に出る前は必ずと言っていい程、吐き気を催して厠に駆け込む。任務に向かう途中でも草むらに吐く。そして吐くものがなくなって胃液まで吐いてしまう。
この日は戦闘中に傷を負ってしまった。有一郎が出血した途端、鬼たちの目つきが変わった。
「稀血だ!このガキ稀血だぞ!」
「こいつを喰えば少なくとも50人喰ったくらい強くなれる!!」
いつか戦った鬼にも同じことを言われたことを思い出す。あの時は無一郎と一緒だった。今同じことを言われたということは、稀血は自分のことだったのか。それに気付かなかったのは、自分はいつも誰かに守られ、助けられ、幸いにも大きな怪我をしていなかったということなのだろう。
鬼たちが一斉に襲い掛かってくる。それを必死に躱し、有一郎も技を出し続ける。
“水の呼吸・捌ノ型 滝壷”
“壱ノ型 水面斬り”
“参ノ型 流流舞い”
“陸ノ型 ねじれ渦”
有一郎1人に対し、鬼は6体。攻撃を仕掛けている途中でも鬼は容赦なく襲い掛かってくる。
ぶちっ
「あっ!」
鬼の爪が引っ掛かり、お守り袋の紐が千切れた。 藤の花のポプリの入ったお守り袋が地面に落ちる。
「邪魔な匂い袋がガキから離れたぞ!」
「今のうちに殺せ!」
まだ頸を斬れていない鬼たちが嬉々として有一郎に飛び掛かる。
もうだめかもしれない…!
そう思ったと同時に、無一郎や柊依の顔が頭に浮かんできた。
“兄さん!剣士になろうよ!”
“有一郎くん、大好きよ”
人の為に鬼を倒そうと無邪気に笑う弟。鬼に襲われた自分や弟を助け、家族同然に大切にしてくれる師匠であり姉のような存在。
こんなところで死ぬわけにはいかない!
刀をぐっと握り直し、構える。
“水の呼吸・拾ノ型 生生流転”
回転が加わる度に威力が増す技で、ついに有一郎は残りの鬼たちの頸を斬った。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!
心臓が大暴れしている。息が乱れて苦しい。
膝からその場に崩れ落ちた有一郎は、呼吸を整えようと、己を落ち着かせようと必死に努める。
自分が本当に稀血なら、早く傷の手当てをしなければならない。この匂いにつられてまた鬼がやってくるかもしれないからだ。
先程千切られてしまったお守り袋を探しだし、ポケットに入れる。 震える手で処置道具を取り出そうとするが、力が入らない。気持ちばかりが焦る。
《有一郎!隠ノ人タチヲ呼ンデ来タゾ!モウ大丈夫ダ!》
「…あ、こうよう…。ありがとう……」
「時透有一郎さんですね?お疲れ様です!大丈夫ですか?」
「は、はい……」
到着した事後処理部隊に応急手当てをしてもらい、やっとの思いで息を整え、有一郎は帰路についた。
「あっ、有一郎さんおかえりなさい!」
「ただいま戻りました……」
日が昇る頃に花柱邸に着き、出迎えてくれた隠たちに軽く挨拶をして、有一郎はそのまま風呂場へ向かった。身体を洗ったら怪我をしたところからまた血が出てきてしまったので、湯舟には浸からず風呂場を後にした。
「ただいま帰りました!…あっ、兄さんも帰ってたの。お疲れ様!」
「…お疲れ、無一郎。おかえり」
「ただいま。兄さんお風呂上がり?僕も入ってこようかな」
「うん。ゆっくり浸かってこいよ」
風呂場へ向かう弟の背中を見送り、有一郎は自室に戻って傷の手当てをし直した。そして布団を敷き、食事も摂らず眠ってしまった。
目が覚めると、もう日も暮れて窓の外が薄暗くなっていた。
「有一郎さん。お夕食の用意ができていますが、召し上がりませんか?無一郎さんも待っていますよ」
襖の向こうから隠の声が聞こえた。
「…えっと……」
お腹は空いている筈なのに、食欲がない。でも食事に行かなければみんなを心配させてしまう。
「ごめんなさい、疲れたのかまだ眠気がすごくて……。後で適当に済ませます…」
「そうですか。では無一郎さんにはそのように伝えます。ゆっくり休んでくださいね」
「はい…」
不審に思われなかっただろうか。とりあえず誤魔化せただろうか。
有一郎は再び布団に潜り込む。目が冴えてしまった為、じっと天井を見つめる。
お守り袋…、紐が千切れちゃった。しかも鬼が踏みつけたり更に切りつけたりでズタズタになっちゃって。……柊依さんが作ってくれた大事なものなのに。どうしよう。何て言えばいいんだろう……。
有一郎の目から涙が零れ、こめかみを伝って耳に入り込む。冷たくて気持ちが悪い。それを寝間着の袖で拭う。布団を深く被って目を閉じ、無理矢理意識を手放した。
再び目を覚ました時には、時計の針は午前1時を過ぎたところを差していた。
のどが渇いた。お腹も空いたし、何か軽くつまもうかな。
襖を挟んだ向こうに眠る無一郎を起こさないように(…と言っても奴はちょっとやそっとじゃ起きないんだけれど)気を付けながら部屋を出る。
台所に行ってまず水を飲む。冷たい水が喉を通って胃の中に流れ込んでいく感覚。
『…あれ?有一郎くん、どうしたの?』
「!…柊依さん」
いつの間に台所に来たのだろうか。振り向くと、俺のすぐ後ろに寝間着姿の柊依さんが立っていた。
「…その…、ちょっとお腹空いちゃって。あと喉が渇いたから水飲みに来た」
『そっか。お夕飯も食べずに寝ちゃったって隠の人たちから聞いたの。相当疲れてたのね。大丈夫?』
「…う、うん。柊依さんは?」
『さっき帰ってきて、お風呂に入ってきたとこ。私も少し小腹が空いたから何か作るよ。一緒に食べよう?』
「うん…」
寝る前だからお腹に負担掛けないのがいいよね、と呟きながら、柊依さんが手際よく何かを作り始める。
あ、出汁のいい匂い。
ただぼんやり突っ立っているのが申し訳なくて、俺は食器を取り出して彼女に手渡した。
『ありがと』
「ううん」
あっという間に出来上がったものを、柊依さんが丁寧につぎ分け、お盆に乗せた。
『私の部屋で一緒に食べよっか』
「いいの? 」
『もちろん』
俺がお盆を運び、一緒に柊依さんの部屋へ。
「いただきます」
『いただきます』
手を合わせてお匙で掬い、おじやを口に入れる。
「…美味しい」
『よかった』
柊依さんが笑った。それを見て思わず泣きそうになる。俺は慌てて高速瞬きを繰り返した。
『有一郎くん、任務で怪我したんですって?大丈夫?』
「うん。ちゃんと手当てしてもらったし、お風呂上がりに自分でまたやり直したよ」
『そう。それならいいんだけど。……幸陽から聞いたわ。あなた、稀血なのね』
「!…うん。なんかそう言われた。鬼に。自分では分からないから今まで知らなかったけど」
俺の言葉に、柊依さんが少し顔を曇らせた。
『…なら、怪我には今まで以上に気を付けないとね。稀血は鬼を引き寄せるから。不死川さんもそれを利用して鬼を狩っているし』
ああ、あの傷だらけの風柱の人か。あの人の傷は稀血を利用した戦い方の結果だったのか。
『お守り袋に入れるポプリを新しくしようか。いま持ってる?』
柊依さんの言葉にどきりとする。
「あ、えっと……」
『どうしたの?』
俺は意を決して懐からズタズタになったお守り袋を取り出した。
『あら』
せっかく俺たちの為に作ってくれた大事なお守り袋をこんなにしてしまって。申し訳無さで柊依さんの顔が見られない。
「柊依さん、ごめんなさい…。お守り、昨日の任務で千切られちゃって、その後も鬼に踏みつけられたりしてこんなになっちゃった……」
『そっか。大丈夫、なんにも気にしなくていいのよ』
「でも…」
柊依さんが俺の頭をそっと撫でた。
『また作ればいいんだから。毎日肌見放さず身に着けてくれてるんだから、紐や布が脆くなっててもおかしいことじゃないの。消耗品と思っていいのよ。でも、大事にしてくれてありがとう』
「…っ……」
にっこり笑った柊依さん。胸の中にぐるぐる渦巻いていたものがすっと軽くなった。
「…ありがとう……」
『うん。…ほら、元気出して』
「うんっ…」
ボロボロになったお守り袋を手に取って、柊依さんが俺を見る。
『新しく作るお守り、今と同じのがいい?色違いとか別の形でも作れるよ』
「…できれば今のと同じ感じのがいいな」
『分かった。じゃあ、そうしようね』
「ありがとう」
柊依さんが俺を抱き締めた。
『…有一郎くん。最近私が一緒に食事できてないから気になってたんだけど。ちゃんとごはん食べてる?なんか細くなってない?』
「えっ…」
ちゃんと食べても任務の前に全部吐いてるなんて言えない。
「だ、大丈夫だよ。3食欠かさず食べてる。気のせいだよ」
『…そう。ならいいんだけど。成長期なんだから、しっかり栄養摂ってね。この仕事をしている以上、規則正しい生活なんて難しいかもしれないけど…、休める時はちゃんと休むのよ』
「うん、ありがとう」
俺は誤魔化すように、柊依さんの身体に腕を回し、彼女の鎖骨辺りにぐりぐりと頭をこすりつけた。
柊依さんもそれ以上は何も言わなかった。
しばらく黙って抱擁して、ゆっくりと身体を離す。
『…歯磨きして寝ようか』
「うん。ごちそうさま」
2人で食器を片付けてから、洗面所で歯を磨き、それぞれの部屋に戻った。
柊依さん、嘘ついてごめんなさい。痩せてるって感じたの、気のせいじゃないよ。食べたものは吐いちゃうし、その状態で身体を動かすから体重も落ちてる。気付いてくれたのに、ごめんなさい。
でもやっぱり吐くのってだめだよな……。我慢しようとしても上がってきちゃうし。吐き気止めの薬って売ってあるかな。明後日非番だし、薬屋に行ってみようか……。
そんなことを考えながら、俺は布団にもぐり込み、眠りに就いた。
続く