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姉の旦那の名をわざと出してニヤリとしてみせた大葉に、|柚子《ゆず》がどこか照れたような顔で噛みついて。 |羽理《うり》がすぐ横で「大葉!」と照れ隠しみたいに大葉の手をペシッと叩いた。
そんな三人の様子を見ていた果恵が、夫の聡志へしたり顔で目配せをして、聡志が「柚子。さっき、父さん、優一くんと電話で話したからもうちょっとしたら柚子にもお迎えが来ると思うぞ?」とにっこり笑う。
「えっ、ちょっと! 父さんまでなに勝手なことを!」
「父さんと母さんも夫婦水入らずで過ごしたいんだ。仕方ないだろう?」
両親にまで仲直りしたいけれど素直になり切れない気持ちを見透かされたみたいな気がして、柚子はぷぅっと頬を膨らませた。
と、そこでちょうどブブッと誰かの携帯のバイブレーションの音が響いて、思わず自分の携帯へ視線を落とした柚子は、「ほら、貴女も優一さんからの連絡、期待してるんじゃない」と果恵にクスクス笑われてしまう。
結局通知が来ていたのは大葉のスマートフォンで、メッセージの送り主は優一ではなく部下の倍相岳斗だった。
***
岳斗から送られてきたメッセージを読んだと同時、大葉は思わず「はっ!?」と疑問符満載の素っ頓狂な声を漏らしてしまって、その場にいたみんなに『何ごと?』という顔をさせてしまった。
「あー、いや。部下からのメッセージだったんだが……その……ちょっと意味が分かんなくてな」
「……仕事の話?」
柚子が小首を傾げるのに、大葉が「いや」とどこか歯切れの悪い物言いをして、何故かすぐそばに立つ羽理へと視線を投げかけてきた。
その視線を受けた羽理は、自分も立場的には大葉の部下だと思い出して、「わ、私っ、大葉に変なメッセージなんて送ってませんよ!?」とソワソワする。
「いや、何でそうなる!」
即座に大葉から呆れた顔をされた羽理は、『貴方が私の方を見てきたからですよ!』と心の中で文句を言った。
***
結局皆には曖昧に言葉を濁して、キュウリをひざに乗せた羽理と二人、愛車・エキュストレイルへ乗り込んだ大葉だったのだけれど――。
「さっきのメッセージ、会社の人からって……ひょっとして仁子からのSOSだったりしますか?」
羽理から不安そうに眉根を寄せられて、大葉は羽理が昨日・今日と、同僚に負担を掛けていることを気にしているのだと察した。
「あー、安心しろ、法忍さんからじゃない。……倍相課長からだ」
そもそも倍相岳斗とは下の名で呼び合うようになった時ID交換をしたが、法忍仁子とはメッセージアプリで繋がっていない。もちろん電話番号を介したショートメッセージくらいは送ってこられるだろうが、彼女の性格からして自分に用がある時はそんなまどろっこしいことはせず、直接音声通話を選択しそうなイメージだ。
それはさておき、いま大葉が倍相岳斗のことをあえて〝岳斗〟とは呼ばずに〝苗字+役職名〟で告げたのはわざとだったりする。本当はプライベートな内容だったのを、何となく羽理にはそうではないと思わせたいとか考えてしまったからなのだが、それがまた良くなかったらしい。
「あの……、倍相課長から……ってことは……やっぱり私への苦言ですか? 変な気は遣わなくていいのでハッキリ教えてください」
羽理は、結局何を言っても仕事に穴をあけてしまったことへの罪悪感に帰結してしまうらしい。
大葉は、そんな羽理の様子に小さく息を呑んだ。今までならば、それでも何とか誤魔化すルートを模索していたかも知れないが、そういうことをすると羽理を悲しませてしまうと学んだばかりである。
ちょうど車が赤信号に引っ掛かったのも、羽理にちゃんと話せと誰かから後押しされているような気がして。
「どういうわけか分かんねぇんだけど……」
大葉はロックを解除して先程のメッセージを表示してから、羽理に自分のスマートフォンを差し出した。
***
『大葉さん、あなたのお見合い相手だった女性、僕が口説かせて頂いても問題ありませんよね?』
大葉から手渡されたスマートフォンの画面に表示された内容を目で追った羽理は、差出人が〝倍相岳斗〟なことを確認して小さく息を呑んだ。
「あ、あの……、これって……」
「俺にもよく分かんねぇけど……多分杏子のことだと思う」
杏子のことを指しているとしか思えない内容もさることながら、ちょっと前まで羽理のことを好きだと言っていたはずの倍相岳斗の変わり身の早さに、大葉自身驚かされたのだ。
確かに岳斗は、羽理が大葉と恋仲になっていると知って身を引くとは言っていたし、何なら応援だってしてくれると約束してくれた。しかしそれだって今朝部長室で詰めた話だから、羽理はその辺りのやり取りを詳しくは知らないはずなのだ。
少し前まで岳斗から好きだと言われていた羽理が、岳斗からのこのメールを見たらどう思うだろう? と考えたら、杏子のことを示唆している内容もさることながら、羽理至上主義の大葉としては、何となくそちらも気になってしまった。
それで、羽理にこのメールを見せるべきか否かちょっぴり迷ったのだけれど――。
そこで信号が青になって、大葉は羽理の反応を気にしつつも車を発進させる。
「えっと……杏子さんと倍相課長って……」
「多分面識はなかったと思う」
だからこそ、大葉はこのメッセージを見た瞬間、わけが分からなくて「はっ!?」と口走ってしまったのだ。
でももしかしたら年齢が同年代だし同級生だったりしたんだろうか? とも思って。
「とりあえず考えてても答えなんて出ねぇし、マンションに着いたら電話してみるよ」
小さく吐息を落としながらそう告げた大葉に、羽理が恐る恐ると言った様子で「あの……」とつぶやいた。前方を見詰めたまま「ん?」と先を促したら「どちらに?」と不安そうな声が返る。
一瞬『どういう意味だ?』と思った大葉だったのだけれど、すぐにピンときた。
「倍相岳斗の方に決まってるだろ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。――正直杏子の方は電話番号すら知らん」
大葉の言葉に羽理が明らかにホッとした様子で肩の力を抜く。その様が、心底愛しく思えた大葉である。
コメント
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うりちゃん、心配なのね。