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「しかし、神くんが御曹司だったなんてね……」
恵が言い、私は苦笑いする。
「本人は隠していないつもりだけど、『聞かれてないから答えてない』みたいなスタンスっぽいよ」
「きっと会社を継ぐのはお兄さんなんでしょうね。神くんは次男だから篠宮ホールディングスにいても許されるというか……。いずれアンド・ジンに戻るとしても、その前に経験を積んでおくつもりなのか」
エミリさんが言い、私たちは「そうですねぇ……」と頷く。
「どっちにしろ大企業の御曹司兄弟って、ちょっと複雑そうですよね」
「そうね。風磨さんは前社長の息子でエリート街道を進んだ人だけど、そうなって当然とは思っていないし、彼なりに悩みはあるわ。……恵まれた環境にいると傲慢になりがちだけど、彼は謙虚だし、私はそういうところが好きだわ。……と言っても、怜香さんが反面教師になったから……だけど」
エミリさんは歩きながら言い、私はニヤニヤして彼女をつつく。
「ラブラブで何よりです」
「確かにちょっと頼りないところはあるけど、仕事はしっかりするし、プライベートでなら甘えられても『どんとこい』と思えるしね。公私両方の姿を見ているから、『私だけが風磨さんを理解できる』って思えるのかも」
「今度はエミリさんの惚気話を聞きたいなぁ~……」
恵がニヤニヤして言い、私も「賛成!」と笑う。
そして私たちは二軒目のカフェ代が浮いたのをいい事に、もう一軒のカフェに入ったのだった。
というか、一軒目のレストランも春日さんが持ってくれてるので、ありがたいやら申し訳ないやら……。
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先方に指定を受け、俺は十一時半に吉祥寺にある上村家を訪れた。
車で向かうと家の前には若菜さんが出ていて、家の前のスペースに駐車していいと言われて指示通りにする。
「お久しぶりです」
挨拶をすると、どことなく朱里に面差しが似ている彼女はニッコリ笑う。
「前回にお会いした時より暖かくなりましたね。月日が経つのは早いわ。……立ち話はなんですから、中にお入りください」
若菜さんに先導されてお宅にお邪魔した俺は、ジャケットを脱いでリビングダイニングに入る。
「速水さん、よくお越しになられました」
俺の姿を見てソファに座っていた貴志さんが立ち上がり、お互い挨拶したあと手土産を渡した。
「お茶の用意をしますね。今日は亮平も美奈穂もいませんから、ご安心ください」
若菜さんはそう言って台所に向かい、準備ができるまでの間、俺は朱里の様子を話し、今は婚約指輪を決めている最中だと伝えた。
やがてお茶とお茶菓子が出され、しばしたわいのない話をしたあと、若菜さんが切りだした。
「今日お越しいただいたのは、朱里の実父……、私の前の夫の事についてお話するべきと思ったからです」
先日、若菜さんから連絡があった。
【六月になる前に朱里と彼女の父についてお話したい事があります】とあり、朱里には聞かせたがらない雰囲気を感じた俺は、彼女には詳細を伏せて上村家を訪れる事にした。
朱里にはすぐ隠し事をしているとバレてしまったが、彼女の実父に関しては俺も色々思うところがあり、安直に打ち明けないほうがいいと思ったのだ。
「六月に何かあったのですか?」
尋ねると、若菜さんは視線を落として言う。
「前の夫……、今野|澄哉《すみや》は六月十五日、梅雨のさなかに当時暮らしていた賃貸マンションのベランダで、首を吊って亡くなりました」
それを聞いた瞬間、腹に重たい一撃を食らったような感覚に陥った。
同時に、中学生頃の朱里が、なぜあそこまで父親の死に動揺していたのか理解した。