キュロゼーラは美味である。そんな事は一切頭に入っていない王族は、どんよりとした目でピアーニャを見た。
「……え、この野菜達と交流持たなきゃいけないの?」
「うむ」
「食べないという風には……」
「無理ですよ。本人達が食べられたがっているので、拒否し続けたら脅してでも口に入り込んでくるでしょう。キュロゼーラとはそういう生き物です」
イディアゼッターはキュロゼーラがそうなる理由を知っていた。リージョンとなった世界樹ネマーチェオンと直接会話は出来ないが、生き物としての記憶を知る事は出来るのだ。
ネマーチェオンは育ちすぎたせいで、自分の栄養を排出したがっている。しかしネマーチェオンの上で朽ちた物は、結局ネマーチェオンに吸収されてしまうのだ。外界から落ちてきた物も、もれなく吸収してしまい、さらに大きくなってしまう。
そこでキュロゼーラを生み出し、外界の物は可能な限り外界へ捨てるようにした。失敗や見逃しも多いが、余分な栄養は少なくなった。同じようにキュロゼーラや幹の一部を捨てようとしたが、キュロゼーラもネマーチェオンの一部として世界の中心となってしまうのか、単体では世界を超える事が出来ないらしい。どうやら外に落ちるには、外界の物と接触している必要があるようだ。
栄養を外に捨てるのよりも、成長の方が遥かに早いせいで、ネマーチェオンは超巨大リージョンになってしまったのである。変な種を植えた神のせいだと、イディアゼッターは吐き捨てた。
「そこへやってきたのが、リージョンシーカー。つまり食事を必要とする貴方達です」
リージョンを行き来する存在は、栄養排出のチャンス。ここぞとばかりにキュロゼーラを生み出した。そして今、美味となった生きた野菜を実らせるリージョンとなったのだった。
「いやそれ、ダイエット失敗したヒトが、他人に栄養を押し付けてるのと同じなんじゃあ……」
「ご明察です、王女様」
「なんつーリージョンだ……」
本来植物が実を実らせるのは、それ自体が種となって繁殖するという行為である。その実が他の生物にとっても食べる事が出来るのは、その実を消化し排泄した物が植物にとって栄養となる事、身を食べて育った生き物が朽ちて、植物にとっての豊富な栄養源となる為でもある。見方を変えれば、ヒトは植物に養殖されていると考える事も出来るかもしれない。
しかしネマーチェオンは、とにかく増えた栄養を無くしたい。だからこそ、喋る事を得意とする実をつけて、ヒトと交渉をしようとしたのだ。イディアゼッターが現れたのは、ネマーチェオンにとって幸運と言えるだろう。
「キュロゼーラを沢山食べてくれたら、サービスで葉っぱ千枚プレゼント! という取引の意思を受け取りました」
「商店のおばちゃんのサービスかっ!」
「あんなバカデカいハッパもらって、いったいどーしろと……?」
巨大なネマーチェオンの葉はもちろん巨大で、家や城が乗るサイズ…どころか、世界を包めるサイズの葉もあったりする。やり場に困るなんて生易しい大きさではない。
「そもそも、取引と言っているのに一方的ですけど?」
「おっと、気づかれましたか。まぁ良いじゃないですか。あちらは与える事が得そのものなので、どちらも損はしていませんよ」
「むぅ……」
結局、キュロゼーラを受け入れる方向で話は進んだ。
一度にどれだけ受け入れる事が出来るかという問題はあるが、しばらくはファナリアの各国で検証を含めた輸入から始める方針で、数日後に国の上層部を集めた会議をする事になった。
「ちなみにゼッちゃん様の関与は?」
「ここからは国同士、リージョン同士のやり取りとなるので、神は関与しません。今回はあのアリエッタという娘がいたので、成り行きでここまで来ましたが」
「そうですか……」
創造神の存在自体が高い影響力を持っているので、ヒトの世界には可能な限り関与しない……というのは一応世界を創った時に定めた法ではあるが、絶対ではない。見守るだけの方が楽しいというのもあるが、崇められて頼られると面倒だから不干渉を建前にしているのだ。そもそもドルネフィラーのように思いっきりヒトと関わっているのもいるので、実際干渉したところで問題は無い。もちろん自分の創った世界以外に干渉して問題が起こった場合は、厳罰の対象にはなるが。
イディアゼッターも基本的には不干渉だが、アリエッタ(とエルツァーレマイア)がいたので、監視するために残ったのだ。ピアーニャを手伝ったのは、昔のよしみもあるが、本当はついでだったりする。
ネマーチェオンについての話が終わり、丁度名前が出てきたので、ここからはアリエッタに関する話題となる。
「ゼッちゃんはアリエッタをケイカイしていたが……」
「アリエッタちゃんではありません。その親となる『エルツァーレマイア』を感じたのです。あの時はお恥ずかしながら、我を忘れてしまいました」
(この物静かな神様が我を忘れるって……)
イディアゼッターは紳士的で、そう簡単に動じないイメージが強い。初めてイディアゼッターを見たネフテリアが、浮いている4つの手をニギニギしても、温かい目をして笑い飛ばす程度には温厚なのだ。
「エルツァーレマイア……エルさんの本名ね」
「ドルネフィラーでお会いしたようですね。聞いた話から察するに、今もアリエッタちゃんの中にいるかもしれません」
「なんと……」
「なぜ出ていらっしゃらないのでしょうか?」
「こちらの次元での肉体を創っていないのでしょう。以前に遭遇した時も、実体の無い状態でウロウロしていましたし」
エルツァーレマイアにも本来の肉体はある。しかしそれは、本来在るべき次元にある世界でのモノである。アリエッタの前世の世界にいる神であり、友達のトヨタマヒメノミコトに会いに行くときも、肉体の無い神霊と呼ばれる状態だったのだ。
肉体が無いからと言って、干渉出来ない訳では無い。実際、要石の概念に躓き、大地震を起こしている。
そんなトラブルメーカーは、この次元でも色々やらかしていたのだった。
「初めて奴が来た時の事は、今でも忘れられません」
(『奴』て。結構敵視してないか?)
語る時の雰囲気が、少し変わったのを察したガルディオは少し身構えた。
「以前はまだヒトが生まれていない、光と獣の世界があったのです。そこへ奴が実体を持たずに現れました」
少しずつ感情がこもってきた事に、イディアゼッター自身が気づかないまま、過去について話し始めた。
──今より2000年以上前の、とある世界。
空は常に暗く、生き物の体が、辺りを照らしていた。その生き物達は、全て獣の輪郭をしており、白く光っている。
ある時、光る獣が1体、別の獣の不意打ちを受け、息絶えた。その屍は、自らを仕留めた獣に向かって吸収されていった。吸収した獣は、ほんの少しだけ大きくなり、輝きもほんの少しだけ増していた。
これが、この世界の弱肉強食のあり方である。生存競争に負けた者は、勝った者の力に変換されるのだ。
ある日、赤い光の柱が出現した。それは次元を繋ぐ道の出口。それは神にしか通る事も、創る事も出来ないもの。つまり別次元から神がやってきたという事に他ならない。
光の中から現れた神霊は、ヒトの形となり、興味本位で周囲を探索した。
やがて同じくらいの大きさの原生生物と出会い、手懐けようと接近。しかし光の獣は存在の違いを感じ取ったのか、逃げていった。諦めずにそれを追う神霊。
見えない壁で囲って逃げられないようにし、なんと獣を飼い始めてしまった。すっかり怯えた獣は、ビクビクしながら神霊の機嫌を伺い、必死に生き延びようとする。
外部からの助けは無い。というより、壁に阻まれ何も入ってこれない。近寄ろうものなら、捕獲されると思ったのか、圧倒的に強いと思われる獣すらも、遠巻きに眺めるだけであった。
神霊は考えた。そして光と闇だけの世界に、いきなり様々な色の実をつける木を生み出した。この世界に色がついた瞬間である。
そして神霊は木の実をもぎ取り、獣に与えた。本来の摂取方法とは違う食べ物に困惑するも、獣は逆らう事が出来ない。少しの迷いの後、意を決して口に入れた。
数日が経った頃、獣は木の実を食べる事に慣れていた。同時に、ぼやけていた輪郭がはっきりしていた。
同時に、神霊が獣に抱き着き、わしゃわしゃと撫でまわすという行為が始まった。初めての感覚に、獣は困惑する。
さらにそのまま数年が経ち、獣の姿は大きく変貌を遂げた。なんと七色に輝く実体を持ち、体の大きさは以前の10倍程になっていた。もう同じ世界に住む他の獣では、傷をつける事すら出来ない程の力も秘めている。
そんな突然変異が生まれた時、イディアゼッターがやってきた。この世界の創造神が世界の記憶から異変を見つけ、自由に動けるイディアゼッターに相談したのである。赤い光の柱は、空間の歪みとは違うので、神でも察知が難しいのだ。
変異した獣を見たイディアゼッターは愕然とした。そもそも色の無い世界に、七色に輝く存在がいる事がおかしいのだ。
すぐ傍に神霊の姿をみつけ、問いかけた。貴女は何者かと。しかし言葉が通じず、身振り手振りでなんとか聞き出したのは『エルツァーレマイア』という名前。
彼女は自慢げに育てた獣をみせびらかし、育てた自慢でもしたかったのか、ずっと貼っていた壁を解いた。
すると獣は、一目散に逃げだしてしまった。体当たりで近くの山をなぎ倒しながら。それを見て固まっていた彼女は、ガクリと膝をつく。逃げられた事がショックだったようだ。
そのままメソメソと泣きながら立ち上がり、イディアゼッターに目もくれずに赤い光の方へと飛んでいき、この次元から姿を消した。
その後、その世界はどうなったのかというと、様子を見ていた獣が木の実を喰らい、同じ様に七色に輝く獣へと進化。生態系が見事に変化してしまい、光の獣は弱い存在として、ただの餌という扱いになってしまったのだった。
しかも、エルツァーレマイアの育てた獣は、うっかり別の世界に渡ってしまい、迷子になって大混乱。そのまま意味も分からず走り回り、未発展の世界を数個壊していた。
せっかく育てた世界の根本を変えられた創造神と、巻き添えで壊されてしまった創造神数名は、数年間泣き続けたという……──
「それが、儂とエルツァーレマイアの出会──」
「ペットに逃げられた子供かぁぁぁぁっ!!」
ドンッ
話の途中だから…と我慢していたネフテリアのツッコミが、全員の中心にある罪の無いローテーブルに炸裂した。