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朝からどんよりと曇ったある日、ギデオン、ゲイル、ケリー、アトラスとリオで遠出をした。いつも狭い部屋の中で遊んでいるアンが、思いっきり走り回れる良い場所があるから案内しようとギデオンが提案してくれたからだ。
一ヶ月を共に過ごすようになって、アンがずいぶんとギデオンに|懐《なつ》いた。リオの隣でしか眠らなかったアンが、幾度かギデオンの隣で眠った。そのせいか、ギデオンもアンが可愛くなってきたようだ。そして可哀想にも思っていたらしい。
一日一度は城の中庭で自由に遊ばせてはいたけど「もっと広い場所で走り回らせてやりたい」とギデオンは頻繁に口にしていた。やっぱり優しい人だ。
アンはギデオンには懐いたけど、未だアトラスやロジェ、ゲイルには懐かない。そしてケリーには牙をむいて|唸《うな》る。リオが苦手に思っていることを感じ取って、そんな態度を取るのかもしれない。
しかしそれなら、リオはゲイルも苦手に思っている。だけどゲイルには、懐きはしないが敵意をむき出しにもしない。もしかして単にアンがケリーを嫌いなだけなのかもしれない。
アトラスを先頭に、ギデオン、リオ、ケリー、ゲイルと連なって馬を走らせる。主役のアンは、ギデオンの腕の中にいる。
リオは城に来てから、馬の乗り方を教わった。おかげで軽く走らせる程度には乗れるようになった。だけどアンを抱えて乗るには不安がある。だから代わりにギデオンがアンを抱えてくれたのだ。アンがギデオンに懐いたからできることだ。
リオはギデオンの背中を見つめて必死に手綱を握りしめ、四半刻ほど走ったところで目的地についた。
木々に囲まれた緩やかな坂をずいぶんと登った先にある、ひらけた場所だ。
馬から降りて近くの木に手綱を縛りつける。
リオは、ギデオンからアンを受け取ると、柔らかい草が生えた地面に、そっと下ろした。
アンは、前足で地面をかき、匂いを嗅ぎ、リオとギデオンの顔を交互に見上げた。そしてリオとギデオンが|揃《そろ》って頷くと、「アン!」と鳴いて走り出した。飛び跳ねるように走り、蝶を見つけて追いかけ回す。その様子を見ていたリオは、たまらずに走り出そうとして、ギデオンに腕を掴まれた。
「待て」
「なに?」
「この場所は広くて見晴らしがいいのだが、林の向こうには崖がある。おまえは危なっかしいから気をつけるんだ」
「はあ?俺のどこが危なっかしいんだよ!絶対に大丈夫!」
「…まあいい。とにかく気をつけろ」
「わかったよ」
心配されるなんて心外だ。俺は間抜けではないぞ。でも心配してくれたのは嬉しいから気をつけよう。まあ大丈夫だけど。今まで足を滑らせて崖から落ちたことは二回しかないから…。いや、二回もと言うべきか。一回は山の中で急に嵐になって、前後がわからなくなって足を滑らせたんだ。でも大丈夫。俺は魔法が使えるから助かった。あとの一回は……どうだったっけ?
リオは足を止めて思い返す。二回落ちたことは確かだ。しかし一回がどういう状況だったのか、なぜ落ちたのかがどうしても思い出せない。
「なんだろ…」
頭の中に|霞《かすみ》がかかったようで気持ち悪い。
リオが首を右や左に傾けていると、「アン!」と足下から声がした。
「アン、楽しいか?よし、俺と勝負だ」
リオが声をかけると、アンが尻尾を振って飛び跳ねる。そして一人と一匹は同時に走り出した。