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夜の街の外れ。
巨大な屋敷の最上階だけが、ぼんやりと灯っている。
マフィオソは一人で来た。
——少なくとも、そういうことになっている。
重い扉を押し開ける。
広い部屋。
赤い絨毯。
酒棚。
ピアノ。
そして中央のテーブルには、
すでにカードが並べられていた。
「ようこそ」
チャンスがソファに座ったまま笑う。
サングラス越しでも分かる。
完全に楽しんでいる顔だ。
「本当に一人で来るとは思わなかった」
チャンスはグラスを傾ける。
氷が鳴る。
「で?」
マフィオソは部屋を見回す。
「“本物”はどこだ」
「焦るなよ」
チャンスはカードを指先で扇状に広げる。
「まずは遊ぼうぜ」
マフィオソはゆっくりと椅子に座る。
「ルールは?」
その瞬間、
チャンスの笑みが深くなる。
「三回勝負」
カードを切る音。
シャッ、シャッ、と心地よく響く。
「俺が勝ったら、お前はコートとフェドラ帽をここで脱げ」
「……ほう」
「そして」
チャンスは身を乗り出す。
「夜明けまで、俺の隣で酒を飲んでもらう」
静寂。
マフィオソは眉一つ動かさない。
「随分とぬるい条件だな」
「そうか?」
「命を賭けないのか」
「命なんて安いだろ」
チャンスは笑う。
「お前の“余裕”の方が価値ある」
その言葉に、
マフィオソの目がわずかに細まる。
(……なるほど)
「いいだろう」
グラスが置かれる。
「受けて立つ」
カードが配られる。
最初は静かだった。
「ブラフが下手だな」
「お前ほどじゃない」
「はは」
互いに一歩も引かない。
酒だけが減っていく。
「……お前」
チャンスがカードを眺めながら言う。
「部下に好かれてるな」
「統率だ」
「違うな」
即答。
「ありゃ執着だ」
マフィオソは答えない。
「お前は?」
逆に問う。
「誰にも執着されない顔してる」
一瞬。
チャンスの手が止まる。
だがすぐ笑った。
「鋭いな」
「慣れている」
「だからお前面白いんだよ」
カードを開く。
チャンスの勝ち。
「……」
チャンスは指を鳴らす。
「帽子」
マフィオソは黙ってフェドラ帽を取る。
髪がこぼれる。
チャンスはそれを見て、
少しだけ目を細めた。
「……いいね」
空気が揺れる。
だがゲームは続く。
二戦目。
再びチャンスの勝ち。
「コート」
「…………」
マフィオソは自ら脱ぐ。
黒いコートが椅子に落ちる。
そして——
三戦目。
マフィオソは勝ちかけた。
だが——
最後の最後で、
チャンスがカードを伏せる。
「悪いな」
開かれた役。
逆転。
「っ……」
マフィオソの目が細まる。
「ここまでだ」
チャンスがグラスを差し出す。
「隣、座れよ」
マフィオソは数秒、動かない。
だが——
「……ルールだからな」
静かに隣へ座る。
距離が、一気に縮まる。
グラスが触れ合う。
カラン、と音が響く。
「乾杯」
「……くだらん」
だが飲む。
その横顔を、チャンスはじっと見ている。
「なあ」
「なんだ」
「もっと崩していいんじゃないか?」
「……何?」
「真面目すぎるんだよ、お前」
そう言って、
手が伸びる。
ネクタイに、触れる。
「やめろ」
「減るもんじゃない」
するり、と結び目が緩む。
「……勝手に触るな」
声は低いが、振り払わない。
「いいだろ、勝ったんだから」
「調子に乗るな」
だが——
「ほら」
ネクタイが外される。
近い。
吐息が触れそうな距離。
マフィオソの喉元に指がかかる。
ボタンを、一つ外す。
「チャンス」
名前を呼ぶ。
止める声。
それでも——
「少しぐらい遊べよ」
二つ目が外れる。
白いシャツの隙間から肌が覗く。
チャンスの指先がそこに触れかけた——
その瞬間。
ドガァンッ!!!
扉が吹き飛ぶ。
「ボスーーーー!!!!」
「何してんだテメェ!!!」
「やっぱり来て正解でしたね」
「うわぁ、脱いでる」
部下全員、突入。
静止。
完全な静止。
チャンスの手は、
マフィオソのネクタイを掴んだまま。
マフィオソはシャツを半分開かれた状態。
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
最初に動いたのはカポだった。
「いや待て待て待て待て!!!!!」
「なんで脱がしてんだお前!!?」
「ゲームの途中」
チャンス、平然。
「途中じゃねぇ!!」
ソルが真っ赤になる。
「ぼ、ボス肌見えて……っ」
「見るな」
即答。
だが少し耳が赤い。
リエーレはこめかみを押さえていた。
「……だから申し上げたでしょう」
「単独行動は危険だと」
「危険なのはお前たちの突入だ」
「僕、扉壊すのちょっと楽しかったです」
ラクティーだけ通常運転。
チャンスは、
そんな騒ぎを見ながら——
堪えきれず笑い出した。
「っ、はは……!」
肩を震わせる。
「お前ほんと最高だなマフィオソ……!」
「笑うな」
「無理だろこれ……!」
珍しく大笑いするチャンス。
その姿に、
マフィオソは深くため息をつく。
「……興が削がれた」
「え?」
カポが固まる。
「今“興”って言った?」
「ボス……まさか続ける気だったんですか……?」
ソル、瀕死。
マフィオソは答えない。
ただ、
フェドラ帽を被りながら。
「お前たち」
低く言う。
「後で話がある」
「「「……はい」」」
終わった。
全員がそう思った。
その横で——
チャンスだけが、
まだ楽しそうに笑っていた。