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「綺麗ですね」
ヴィオラは先程からずっと、馬車の窓から外を眺めていた。見た事もない景色に随分と興奮している様子で、実に愉しそうにしている。
「そうだね、綺麗だよ」
「あら、アレは何でしょう」
レナードは景色ではなくヴィオラ自身に向けて言ったつもりだったが、ヴィオラは次から次に流れてゆく景色に夢中になり全く聞こえてないようだ。
レナードはその事に、内心傷付いた。だが、お得意の余裕たっぷりの笑みは崩さない。レナードにも自尊心がある。
「えっと……レナード、様?」
暫くしてヴィオラは、景色を眺める事に飽きたのか、レナードに話しかけてきた。レナードはフッと笑い、ヴィオラの髪を撫でる。
「どうかしたの?景色はもういいの」
少し拗ねた様なレナードの返事に対し、ヴィオラは「はい!」と返事をすると、はにかんだ。
どうやらレナードの心境に、まるで気付いていない様だ。これには流石のレナードも苦笑せざるを得ない。
「で、どうしたの」
「あの……何と申しますか」
ヴィオラの最近の口癖は「何と申しますか」だ。事あるごとにこの言葉を口にしていた。
「その、恥ずかしいです」
ヴィオラはおずおずと俯いて、頬を染めた。初々しい姿に、気を良くしたレナードは更に身体が密着するようにして抱き締める。
そう、レナードはヴィオラを自身の膝の上に乗せて背後から抱き締めた体制で座っているのだ。
「れ、レナード、様?」
「ねぇ、そのレナード様?ってどうにかならないかな」
この所ずっと名前を疑問系で呼ばれており、気になってしょうがない。
「へ、あ、申し訳ありません。なんと申しますか……慣れなくて」
ヴィオラは困った様に眉を寄せる。
「まあ、仕方ないか……ごめんね、少し急ぎ過ぎた様だ。でもゆっくりでいいから、慣れて欲しいな」
「善処致します……」
その言葉にレナードは、また苦笑いを浮かべた。自分は余り苦笑いなどする性格ではないのだが、以前と違うヴィオラに戸惑い、つい癖になりつつある。
ヴィオラは今、記憶を失くしている。
あの日、レナードが駆け付けた時には、ヴィオラは植込みの上に倒れていた。幸い、草木がクッションとなり外傷は少ない様だった。
レナードは、直ぐにヴィオラを城まで運ぶと、医師に診せたがやはり外傷は大した事はなかった。
だが、目を覚ましたヴィオラは……。
「あの、どなたですか……」
何も覚えていなかった。