大歓迎と言って良かった。村の入り口の、恐ろしい顔を彫り刻まれた魔除けの門柱のそばで、ベルニージュとグリュエーは人だかりによって釘付けにされてしまう。誰かがやって来ては挨拶をし、自己紹介し、簡単に旅の目的を伝える。キールズ領どころかクヴラフワの外からやって来たことを伝えると、まるで世界の果てに到達した帰還者に出会えたかのように大喜びし、どのような冒険者も知らない世界の秘密を欲するように情報を求められる。いっそのこと村の全員を集めて話したいくらい何度も何度も同じことを話す羽目になった。
とはいえ実際のところ人々が最も求めている情報はキールズ領内のことだ。記憶を失って以後、大陸をまたにかけて旅をするベルニージュの感覚からは遠く離れているが、土地に根付く大半の人間は人生において近隣の人里より遠い土地と関わることはない。
ベルニージュは村人の好奇心に応えながらジョザ村の中の様子を窺う。他の土地同様に貧しくとも、ずっと平和で安穏とした雰囲気の素朴な村だ。古びてはいるが保全されている家屋は、そうでなければ滑落してしまうことだろう。斜面にしっかりとした土台を設けた木造建築が立ち並んでいる。
人々もまた同様で、呪われた亡国の一村としてはかなり幸福そうな雰囲気だ。擦り切れてはいるが清潔で温かそうな衣服を着、山歩きに適しているのだろうぴったりとした靴を履いている。あちこちから明るい話し声や希望に満ちた笑い声が聞こえ、斜面を元気に駆けていく子供たちがいる。皆痩せているが窶れてはいない。税を取り立てられないだけましだという者までいる。
戦争の後、村民も太陽のことや残留呪帯のことなど多くの異変を目の当たりにしたものの、キールズ領に放たれた救済機構の呪いには誰も心当たりがないらしかった。
途切れない問い詰めが途切れた時、グリュエーが急いで耳打ちする。
「ねえ、ソヴォラさんのこと、聞いてみる?」
ベルニージュは首を横に振り、耳打ち返す。「まだ。知り合いだということを知られる前に知っておくべきことがあるかもしれない。つまり警戒のあまり何も話してくれなくなったら困るからね」
ふと村人の集まりから少し離れた所で農具を担いだ若者たちが険しい顔立ちで見守っていることに気づく。まるで衛兵のような警戒心を示している。全員が全員歓迎というわけでもなさそうだ。
「あの、村に入っても大丈夫でしょうか?」とベルニージュは誰にともなしに尋ねる。
周囲の人々はベルニージュがそのような疑問を持つことに対して疑問を持つほどに歓迎してくれた。
「いえ、警戒されているように思いましたので」と答えながらベルニージュは農具を担ぐ目つきの鋭い若者たちに真っすぐに視線を向ける。
ある者は苦笑し、ある者は焦りながら誤解を解くべく、ベルニージュたちに説明してくれる。
「自警団?」とグリュエーは呟く。「何を警戒してるの?」
人々は一斉に口を噤み、代わりに自警団の若者の一人が代表して説明してくれる。
警戒しているのは邪な魔女だそうだ。それはベルニージュとグリュエーのよく知る魔法使いのことだった。ソヴォラは時折村を訪れ、帰郷の受け入れを訴え、断られるといくばくの魔法と村の産物を交換して去って行くのだという。
「その人が何か悪さをしたの?」とグリュエーが問うも若者たちにはぐらかされる。
ずっと昔からそうしてきたのだそうだ。魔女ソヴォラは恐れられ、忌み嫌われているらしい。
しかしそう言いながらも村人たちは魔女との物々交換には応じている。村に忌まわしい存在が入ってくるのは困るが、村の物を出す分には問題ない、という塩梅らしい。それでいて役に立つからといって不思議や力のある品物を受け取ることには矛盾を感じていない様子だ。
他の村人も若者たちに一斉に同調した。ソヴォラの言う政略結婚の失敗とやらに言及する者はいなかった。忘れてしまったのだろうか。何せ四十年前のことだ。
ベルニージュたちはその場に来ていたほとんど全員の相手を終えた後にようやく解放され、自警団以外の人々は散り散りに去って行く。
「やっぱりおかしいね、この村は」とベルニージュは若者たちに聞こえないように囁く。
「こんな格好なのにね」と自虐的に言いつつグリュエーはくるりと回って裾を翻す。「グリュエーたちのことは魔女に見えなかったのかな?」
艶めく薄絹の、森に棲む妖精が葉を繋ぎ合わせたような格好だ。魔導書の提案する派手な着物は世界のどこで着ても異端だ。
「グリュエーの格好もそうだけど、そもそもこんな子供が二人きりで旅するはずがないんだよ」とベルニージュは他人事のように説明する。「ソヴォラは直ぐに指摘してたでしょ? ワタシだったら普通の人間だとは思わない。魔性か、魔女か――」
「とっても強力な魔法使い?」
「その通り」ベルニージュは満足げに頷く。「さて……、ああ、聞き忘れてた」ベルニージュは若者たちの方を振り返って尋ねる。「シシュミス教団についてはご存じですか?」
誰も知らなかった。シシュミス神については知識として知っているが、崇拝している者はいない。キールズ領には村ごとに、どんなに小さな集落でも固有の土地神がおり、ジョザ村も例外ではないという。
改めて礼を言い、立ち去ろうとするとまた呼び止められる。シシュミス教団がやってきたことはないが、救済機構はやって来ているらしい。今、この村に。
「炎の柄の派手な僧服ね」とベルニージュは村人に教えてもらった救済機構の僧侶の特徴を呟く。「加護官たちだね、間違いなくチェスタが率いている。目的はグリュエー。ライゼンの戦士たちを前にして休戦の取り決めすら無視して強行しようとしたくらいだから、見つかったら衝突は必至だね」
僧侶たちがいるという広場の大体の位置を把握し、見通しの悪い場所に隠れて二人は方針を確認する。広場の方からは見えないが、自警団の屯する入り口からは丸見えだ。不審な目を向けられるが、気にしないでおく。
「チェスタもここなら多少は慎重になるよ」とグリュエーは断言する。「ベルニージュですら呪いの正体が分かってないんだから、下手に動けないはず」
ベルニージュはすかさず否定する。
「ううん。そもそもキールズ領の呪いはシグニカ側の遺した呪いだよ。機構の人間なら呪いを回避する方法を知ってるはず」ベルニージュは警戒を怠らずに言葉を交わしている。「まあ、そもそもワタシたちの方から接触する理由がないけどね」
「でも呪いのことを知らない訳にはいかないでしょ? 魔導書は皆に信仰されてる人に憑りつくんだから。どの土地も魔導書のその仕組みと呪いが絡み合ってた。呪いのことが分かれば魔導書に近づけるよ。つまり機構の人間にどんな呪いなのか訊くのが話が早いよね」
「どうやって呪いについて聞くの? シグニカにとっては機密だし、ワタシたちのために教えてくれるとは思えないけど」
「そう? グリュエーを攫いたいのならグリュエーの身の安全を優先すると思う。それくらい危険な呪いであれば、だけど」グリュエーは一息置く。「それにしてもいやに慎重だね。ユカリみたい」
「相手が相手だからね」
「チェスタってそんなにすごいの?」
「ワタシと引き分けたんだから当然だよ。グリュエーの方が知ってるんじゃないの? チェスタと最初にぶつかったのはユカリとグリュエーでしょ?」
「風の時のことなんて参考にならないよ」
「ともかく慎重なくらいで丁度いい。出来るだけ見つからないように――」
その時、不吉な感覚に襲われ、まるで冷たい氷を首筋に押し付けられたかのようにベルニージュは反射的にグリュエーを庇うように動く。
村の入り口の方に得体のしれないものがいる。袖も裾もない大きな黒布に体をすっぽりと覆われていて、顔も頭巾の陰の中、動かなければ人間かどうかも分からない。しかし確かに二本足で、二足歩行に特有の揺れ方をしながら坂を上ってきている。まるで死の使いのような大きな黒い影がベルニージュたちの方へと大股で近づいてきている。
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