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ここにいては逃げ場がないので追い込まれないように通りへ出て、いつでも焼き殺せるように、黒布をかぶった大きななりの怪人物を見据えてベルニージュは構える。


「こんにちは。バソル谷以来ですね」


ベルニージュたちの背後、坂の上の方から声をかけてきたのは、声で判断するにチェスタだ。確かに顔があると認識できるが、どのような顔立ちかは認識できない。精神を幻惑させられているわけではなく、幻影を見せる類いの魔法だ。もっとましな魔法が使えるだろうに、そのような魔術で隠蔽する意図についてはまだ掴みかねていた。

ベルニージュはグリュエーを家屋の陰に隠すように、背嚢を押し付けるようにして立ちはだかる。


「そう、警戒しなくても大丈夫ですよ。彼らも我々の仲間です」

「それは警戒しないわけにはいかないと思うんだけど」とベルニージュは眉をひそめて答える。


彼らと言ったのが気にかかってよくよく見ると、チェスタの後ろに見知っている人物、老魔法使いキーグッドもいる。縦に半分の長衣ローブを体の左右に着ている。右半身は黒地に金刺繍、左半身は緑地に菱形の飾り鋲を施している。


やはり焚書官はいない。元護女エーミの元護衛たる加護官たちとキーグッドの率いているらしい魔法使いたちだ。とすると主目的はエーミ、つまりグリュエーに違いない。


「まあ君たちにとってはそうですね。そちらは百五十三スフフググ、聖女アルメノンの弟子だそうでね。色々と手伝ってもらっているんです」

「色々って? 挟み撃ちはその一つ?」

「ああ、安心してください」と弁明するチェスタは微笑んでいるという印象を与える。「少なくとも村人たちの前で争うつもりはありませんよ。私たちも慎重に振舞うつもりです。特に呪いの正体が分からない土地では」


「その方が身のためだよ。……呪いの正体を知らないって?」ベルニージュはチェスタを嘲る。「かまととぶっても無駄だよ。北部と東部の呪いが機構由来だってことくらい知ってる。まさか間に挟まれた北東部のキールズ領の呪いが大王国由来だなんて言わないよね?」


チェスタは訳知り顔で頷く。


「いえ、確かに機構由来であるはずなのですが、当時の記録が残されていないのです。知っている人物も見つかりませんでした。一体どのような呪いが放たれたのか。あるいは記憶や記録を改竄する呪いやもしれませんね」


それが本当だとしても何の用心も無しにやってきたはずがない。残留呪帯には防呪廊の結界の要である護女の像が設置されていたが、この村には配置されていない。何か別の手段も用意しているに違いない。

ベルニージュはチェスタのどの言葉も信用しない。全ては自身の目と耳で確かめなくてはならない。自分の記憶さえも不確かなのだから何でも疑ってかかるくらいが丁度いいのだ、とベルニージュは信じていた。

その考えを見透かすようにチェスタが村の中心地である広場へと続く道を指し示す。


「さあ、争い事が無しなら隠し事も無しとしましょう」


ベルニージュはグリュエーをちらと窺う。ベルニージュの腕を掴むグリュエーはこくりと頷いた。癪だが現実に、二人は前後に挟まれている。聖女の弟子とやらがどれほどの実力かは知らないが、チェスタが挟み撃ちのもう一方を単独で任せるのだから相応の才能があるに違いない。今しばらくは大人しくしておくことに決める。


階段を上った先、広場の中央には村の創始者の赫々たる栄光を称える銅像が据えられている。村の規模に対して立派過ぎるようにも思えるが、これがキールズでは普通のことなのか判断する材料はない。

ベルニージュとグリュエーはチェスタに誘われるままに銅像のもとへ歩を進める。機構の調査団の、とりわけかつてはグリュエーの専属だったらしい加護官たちの妙に熱の籠った視線が集まる。


「加護官って護衛で、つまり知り合いなんでしょ? 挨拶くらいはした方がいいんじゃないの?」


ベルニージュを盾にするグリュエーに囁く。


「他の護女は修行の旅をしてたけどグリュエーはずっとジンテラに閉じ込められてたから。会話すらほとんどしたことない」


にしては、とベルニージュは思う。加護官たちの視線、表情からは並々ならぬ熱意が痛いほど伝わる。仕事熱心なのか、敬虔なる信徒なのか。

近くに寄るまでもなく、二人は銅像の異変に気づく。合掌茸が銅の像にびっしりと生えている。つまるところ、信仰を集めているということだ。どのような見た目の人物なのか、まるで分からないが、剣を掲げた勇ましい格好をしている。この銅像が土地神の憑代だとして、動き出す気配はない。祟り神と化していないのだろうか。


グリュエーの息を漏らすような小さな悲鳴を聞き、反射的にぐいと引き寄せる。

老魔法使いキーグッドが柔和な笑みを浮かべてグリュエーを覗き込んでいた。


「ああ、済まないね。あまり目が良くないもので」とキーグッドは笑みを崩さず謝罪する。「チェスタ氏に勝るとも劣らない魔法使いと最も優秀な護女だと聞いて興味を持ったのだよ」

「勝るよ。互角じゃないから」とベルニージュは断言する。

「引き分けたと聞いたがね」

「そうだよ。引き分けてあげたの」


キーグッドは鷹揚に、しかし見下すように笑う。「果たしてそれはどうかな?」

「キーグッドさん。控えてください」とチェスタが口を挟む。「相手は魔導書所持者ですよ?」

「なら私らにも貸し与えればよかろう」とキーグッドはチェスタに噛みつく。「君らがどれほどの数を所有しているのか知らんわけではないぞ。強力な触媒があれば護女の抜け殻ももっとましな代物になったろうに」

「護女の抜け殻って何!?」とグリュエーが鋭い声で咎める。


ベルニージュの二の腕に僅かにグリュエーの指が喰い込む。


「君らも見ただろう? そして利用しただろう? 呪い除けの偶像だ」とキーグッドは自慢げに話す。「私らの品だ。モディーハンナ嬢の注文だよ」

「モディーハンナは聖女の計画だと言っていたけど?」とグリュエーが指摘する。


キーグッドは薄ら笑いを浮かべる。


「確かにそう言う女だ、モディーハンナという女はな。陋劣な二枚舌の女だ。だがそれはそれとして救済機構の方針に、聖女の意志に反するものはないのだから、聖女の計画をモディーハンナ嬢が注文した、というだけのことかもしれんなあ。まあ、私らに機構の内情など知る由もない」


ベルニージュはグリュエーが離れないように腕を掴む手を掴む。手の震えが、熱がベルニージュに怒りを伝える。しかし何を為すにせよ、全てを聞き届けてからだ。


ベルニージュは目に見える範囲の全員の顔色を把握しつつ問いを選ぶ。「抜け殻っていうのはどういう意味? 遺体じゃないの?」

「知らん。魂の抜けた護女の肉体を貸し与えられたのでな。魔術を仕立て上げたというわけだ。少なくとも肉体的には生きているようだったが」


グリュエーの知人だという護女ネガンヌに似た像を見つけた時点で予見していたことではあるが、それでも非道な行いに血が沸き立つのは止められない。


「あれは迷いの魔術か」とベルニージュは呟く。「防呪廊は呪いを迷わせる結界ってわけだ。あんたたち迷宮派か。宗教者と手を組むとは、随分方針を変更したみたいだね」


図星らしいことはキーグッドの表情から見て取れた。見抜かれるとは思っていなかったらしいことも見て取れた。


「口が過ぎましたね、キーグッドさん」とチェスタが諫めるように揶揄うように告げる。「彼女らを見くびらないことです」

「もう一度言っておくが」微笑みの消えたキーグッドはチェスタからグリュエーに視線を向ける。「護女自身をどうにかしたのは私らではないぞ。焚書官だか加護官だか知らないが、坊主どもに聞くことだ」


そう言い残してキーグッドは手下の魔法使いたちを連れて広場を出て行った。

ベルニージュとグリュエーもまた広場を別の方向から出て行く。チェスタも黒布の大男もそれを咎めはしない。


少なくとも救済機構の僧侶たちの前でグリュエーが涙を流すことはなかった。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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