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自立を望んでも兄弟の絆は絶対に切れないんだよね……
2人は繋がりつつも、間に明確な距離が出来ているのが悲しすぎます… 心が苦しいです😭
翌日から、みことはすちと一緒に寝ることはなくなった。
その理由を聞くと、みことは「自立したいから」と答え、自室に一人で寝るようになった。
すちは何となく距離を置かれていることを感じたが、声をかけることもできず、ただ静かにその変化を受け入れるしかなかった。
日々は過ぎ去り、気づけば年月はあっという間に流れた。
すちは大学1年生になり、らんも同じく一人暮らしを始めていた。
それぞれの新しい生活は忙しく、家を出てからの自由と責任に追われる毎日だった。
弟たちは中学3年生になり、受験シーズンに突入していた。
みことは受験勉強に集中する傍ら、すちとの距離感を意識し続けていた。
会話はするものの、触れ合うことは一切なく、互いに自然と一定の距離を保っていた。
すちもまた、自分の生活に追われつつ、大学での友人関係や学業に没頭していた。
かつての期間限定の恋人のことも、すでに別れており、そのことは家族にも知られていた。
しかしみことはそれを口にすることはなく、ただ静かにその事実を受け止めていた。
それでも月に1度は、兄たちは実家に戻ってきた。
長期休暇ともなれば、家族揃っての時間を過ごすため、久しぶりに笑い声が家に満ちた。
弟たちは兄たちに近況を報告し、それに耳を傾けながら、優しく見守る。
しかし夜になれば、みことは再び自室に戻り、一人で布団に潜り込む。
すちはその後ろ姿を遠くから見つめつつも、手を伸ばすことはせず、静かにその距離を尊重した。
年月が経つにつれ、兄弟たちの関係は変化していった。
かつての甘えや体温を共有した時間は、形を変え、淡い記憶となって心に刻まれている。
触れ合いではなく、会話や思いやりで繋がる関係へと変わっていった。
その距離感の中で、みこともすちも、互いの存在を大切に感じながら日々を過ごしていた。
兄弟たちが自室へ戻ろうとするなか、父親がひそやかに声をかけた。
「らん、ちょっといいか」
らんは不思議そうな顔で振り返り、こさめに向かって「お菓子用意するから、部屋で待ってろ」と声をかけた。
こさめは元気に頷き、らんの後ろ姿を見送りながら笑顔を浮かべた。
リビングに残ったのは、父親と母親、そしてらんとみこと。
空気は少し張り詰め、らんは眉をひそめながらも、何が始まるのか不思議に思い、黙って父親の言葉を待った。
父親が口を開く。
「みことが外部の高校を受験することになった。受験校は家から少し離れているから、通学や生活面で心配だ。そこで、らんと一緒に暮らしてもらえないかと思っている。」
らんは驚きの表情を浮かべた。
「え、すちじゃなくて良いのか…?」
過去の兄弟関係やすちとの絆を思い浮かべ、自然に問いかけてしまう。
みことはらんの目を見つめ、声を震わせながらも決意を込めて答えた。
「らん兄が良い…お願いします…」
その言葉と同時に、頭を深く下げ、真剣な瞳で訴えかける。
らんは一瞬言葉を失った。
みことの真剣さ、そしてこれまで隠していた小さな勇気を目の当たりにし、驚きが胸を締め付ける。
「…分かった、任せてくれ。」
決意に満ちたみことの姿を見て、らんは静かに了承したのであった。
両親は安堵の表情を浮かべ、らんに深くお礼を言う。
「ありがとう、頼んだぞ。みことをよろしくな。」
みことも、らんに感謝の言葉を伝える。
「らん兄、ありがとう…」
その場には穏やかで、しかし重みのある空気が漂った。
らんは肩に力を入れつつも、みことの背中を軽く叩き、これからの生活を守る覚悟を胸に刻んだ。
受験がすべて終わり、弟組はそれぞれ結果を待っていた。
みことは、滑り止めとして受けた高等部の受験も含め、無事にすべて合格していた。
その日の夜、合格祝いの席には、兄たちも帰省していた。
家族全員で囲む食卓には、温かいすき焼きの香りが漂う。鍋の湯気と笑い声が混ざり合い、自然と食卓は賑やかだった。
みことは静かに口を開く。
「…外部の高校、合格した」
その言葉に、いるま、こさめ、ひまなつ、そしてすち、それぞれが思わず目を見開いた。
こさめは「えっ!?」と声を上げ、ひまなつも驚きを隠せない。
すちは一瞬、みことの言葉を聞き逃したかのように固まっていた。
しかし、みことは動揺する様子もなく、落ち着いた声で続ける。
「春から、らん兄と一緒に住むことになった。だから、俺も家を出るよ」
家族の視線が一斉にみことに集まる。
「え…どういうこと?」とこさめが声を震わせながら聞く。
みことは頷き、ゆっくりと目を合わせて答える。
「ただ自立したいだけ。自分の力で生活したい」
すちはその言葉を聞き、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚を覚える。
自分との距離を、みことが本格的に置こうとしていることを、改めて理解した瞬間だった。
らんは黙ってみことの背中を見つめ、頷きながらも、心の中で決意を固める。
いるまは、少し寂しさと心配を抱えつつも、みことの意志を尊重しようと口を噤む。
こさめは戸惑いながらも、春からの生活を楽しみにしているのか、目を輝かせていた。
ひまなつは少し心配した表情で、静かに箸を置いた。
みことは穏やかな微笑みを浮かべながらも、自分の道を選んだことを静かに示していた。
その夜のすき焼きの席には、賑やかさと同時に、家族それぞれの心の中に静かな波紋が広がっていた。
春の柔らかい日差しが窓から差し込む朝。
家の中は、みことの荷物で整理され、どこか凛とした空気が漂っている。
今日は、みことが家を出る日。新しい生活が始まるため、家族は少しそわそわしている。
すちは、みことの部屋の前で立ち止まり、深呼吸をひとつ。
手には、小さな箱を握りしめていた。それは、あの日、旧体育倉庫で壊れてしまった防犯ブザー型のキーホルダーだった。
みことが荷物を整理していると、すちはそっと声をかける。
「…みこと」
みことは顔を上げ、少し驚きつつもすちを見る。
すちは微笑みながら、箱を差し出す。
「これ、壊れちゃってたけど、改良して直しておいたんだ。俺にしか通知は行かないけど、どこに居ても迎えに行くから…」
その言葉を聞いた瞬間、みことの胸に温かいものがじわりと広がる。
あの日、怖くて守られた記憶が、まるで昨日のことのように鮮明によみがえる。
涙が溢れそうになるが、みことは必死にこらえ、深呼吸をして小さく言う。
「…ありがとう。」
すちは軽く頷き、そっとみことの肩に手を置く。
その手の温もりは、言葉以上に安心感を与える。
みことは目を伏せ、胸の奥に込み上げる感情を静かに押さえながら、再び深呼吸する。
「これで、少しは安心できるかな?」
すちは少し茶化すように言ったが、その瞳には真剣さが宿っていた。
みことは小さく笑い、再び「うん」とだけ答える。
その瞬間、すちが差し出したキーホルダーは、ただの防犯ブザー以上の意味を持つ。
みことへの“見守りの約束”、そして“変わらない絆”の象徴になっていた。
みことは荷物をまとめ、らんの待つ新しい生活の場所へ向かう。
その背中を見送るすちは、小さく呟く。
「どこに居ても、必ず…」