春が過ぎ、新しい高校生活が始まった。
みことの通う高校は、髪型・服装・装飾が自由で、個性を尊重する校風だった。
みことは金髪を軽くウェーブさせ、耳には小さなピアスをつけ、服装はラフにお洒落に着崩している。
一見すると少し派手で怖そうに見えるが、教室でみことが口を開けば、その物腰の柔らかさに誰もが驚く。
入学初日ではクラスに入るや否や、自然とみことの周りには人だかりができた。
「すごく話しやすい…」
「何だか安心する…」
教室の生徒たちは、みことの柔らかな声と落ち着いた雰囲気に引き込まれ、あっという間に人気者となる。
しかし、人気になることで困ったこともあった。
何人もの女子が告白してくるのだ。
「付き合ってください!」
「私、一目見たときからみことくんのこと好きでした!」
どの子も一生懸命に想いを伝えてくる。
だがみことは、にこやかに笑って静かに断った。
「…ありがとう。でも、特別な人を作るつもりはないんだ」
理由を聞かれても、淡々と「今は、自分の時間を大事にしたい」と答える。
その真剣さと誠実さに、女子たちは納得しつつも、それでも寄ってくる者は絶えなかった。
授業が終わると、部活には所属せず、みことは放課後を静かに過ごす。
家に帰れば、家事をこなす時間。
遅く帰ってくるらんのために、夕食の準備や洗濯、掃除をこなす。
学校では人気者、家ではしっかり者の二面性を持つみこと。
誰も知らないところで、彼は着実に自分の時間を守りながら、周囲に穏やかさと安心感を与えていた。
ある日の放課後、スマホにらんからメッセージが届く。
『みこと、一緒に買い物して帰ろう』
みことは軽く頷き、了承の返信を送った。
彼は放課後の荷物をまとめ、すぐにらんの大学へ向かう。
大学の正門前で、らんは少し遅れて到着した。
「みこと、待たせた?」
「ううん、ちょうど着いたところ」
その時、みことの後ろから数人のクラスメイトの女子たちが現れた。
「え!誰?!」
突然の声に、みことは振り返る。
女子たちは明らかに尾行していた様子。
らんは状況を理解できず、驚きの表情を浮かべる。
「え、あの子たち…クラスメイト?」
「そうみたい…」
みことは少し困ったように笑みを浮かべながら答えた。
女子たちはまだ戸惑った様子で、近寄ろうとする。
「ねえ、ちょっと待って!どこ行くの?」
みことは落ち着いた声で、一歩前に出る。
「家族と一緒に帰るところだから、もう尾行はやめてね」
その言葉に、女子たちは一瞬沈黙した後、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい…」
みことは微笑みを浮かべながらも、きちんと視線を合わせて言った。
「また明日ね。学校で会おう?」
女子たちは軽く頷き、そのまま離れていった。
らんはその光景を見守りながらも、みことの毅然とした態度に少し驚きつつ、心の中で感心していた。
二人は再び並んで歩き出す。
みことは背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで、らんと共に商店街を目指した。
穏やかな放課後の風が、みことの髪を揺らし、ほんの少しだけ自由を感じさせた。
夕方の商店街。
西日がガラス越しに差し込み、金色に染まる通りを、みこととらんは並んで歩いていた。
「なあ、みこと。さっきの子たち、ほんとにクラスメイト?」
らんが少し呆れたように笑う。
「うん。いつも仲良くしてくれる子たちなんやけど、今日はちょっと…興味が出ちゃったみたいで」
みことは肩をすくめながらも、困ったように笑った。
その笑みはどこか柔らかく、光を反射する髪の金色が少しだけ眩しい。
「…モテるのも大変だな」
「…そんなことないよ」
らんはその言葉に少しだけ目を細めた。
――昔よりずっと大人になったな。
そう心の中で思いながら、彼はみことの手に提げられた買い物メモを覗き込む。
「今日の夕飯決めたん?」
「うん。すき焼きじゃないけど、今日は野菜たっぷり鍋にしようと思って」
「お、健康的だな。兄ちゃん思いの弟くん」
「らん兄がいつも遅くまで頑張ってるから、少しでも温かいもの食べてもらいたいだけ」
みことはそう言って、スーパーの自動ドアをくぐる。
野菜売り場に立ち寄り、白菜を手に取ると、葉の張りを確かめてから静かにかごに入れた。
その仕草はどこか落ち着いていて、家事に慣れているのがよく分かる。
「…ほんと、ちゃんとしてるよな」
「え?」
「いや、昔はもうちょっとぼんやりしてたのに。今はもう完全にお母さんポジ」
「やめてよ、それ」
みことは笑いながららんの腕を軽く叩いた。
そんな二人のやりとりを、周囲の買い物客が微笑ましそうに見ていた。
レジを終え、外に出ると、すっかり空はオレンジから群青に変わり始めていた。
手提げ袋の中で、ビニールが小さく擦れる音が心地よく響く。
「ねぇ、らん兄」
「ん?」
「俺、もっと頑張るね。学校も、生活も、全部」
「……みことはもう十分頑張ってると思うけど」
「ううん、まだ足りない。ちゃんと自分で立てるようになりたいから」
らんは一瞬言葉を失い、そして静かに笑った。
「ほんと、頼もしくなったな…」
街灯が灯る帰り道。
二人の影が長く伸び、重なったり離れたりしながら並んでいた。
その影の中で、らんはそっと呟いた。
「…すち、これ見たら泣くな」
みことは一瞬だけ俯き、でもすぐに笑顔を作って、言った。
「…そんなことないよ」
その声は、少しだけ胸の奥に残る切なさを滲ませていた。
大学の課題を終え、ノートパソコンを閉じたすちは、ベッドに背を預けて小さく息を吐いた。
カーテンの隙間からは、街の光が細く差し込んでいる。
机の上には、空になったマグカップと、みことの壊れたキーホルダーの欠片。
あの日渡した防犯ブザーは、今も持っているのだろうか――そんなことをふと思う。
スマホを手に取り、何気なくSNSを開く。
フォロー欄には、共通の友人の投稿。
「みことくん、また人気者になってるな〜笑」
そんな一文に、思わず指が止まる。
投稿を開くと、そこには校舎前で撮られた集合写真。
中央で笑っているのは、金髪でピアスを光らせたみこと。
制服の着崩し方は少しラフで、それでも清潔感があり、誰よりも自然に笑っていた。
周囲のクラスメイトがみことの肩に腕を回して、明るくはしゃいでいる。
――眩しいな。
すちは小さく笑った。
「まるで別人みたいだ」
そう呟きながらも、その声はどこか温かかった。
画面をスクロールすると、別の投稿も見つかる。
放課後、スーパーの袋を下げたみこととらんのツーショット。
『近所で見かけた!仲良すぎ兄弟!』というコメントがついていた。
ふたりが笑いながら話している横顔。
――あぁ、幸せそうだな。
心の奥が少しだけ締めつけられる。
でも、もう「悲しい」とか「寂しい」という言葉では表せない。
むしろ、誇らしかった。
あの夜、涙を堪えて胸に顔を埋めた小さな背中が、今では自分の足でちゃんと歩いている。
「ちゃんと、自立できたんだね…」
つぶやきながら、すちはスマホを伏せた。
部屋の静けさが、少しだけ心に沁みる。
窓の外では、風が優しく木々を揺らしている。
その音に紛れて、彼は小さく笑い、天井を見上げた。
「…それでも、どこに居ても迎えに行くって言葉、取り消さないからね」
誰に聞かせるでもなく、呟いたその声は、
遠く離れた夜空の下、確かにみことの方角を向いていた。
コメント
3件
転校した時はめちゃくちゃ無視してたりしてたのに…すっごい成長したなぁ…
コメント失礼します! 私が1日中寝ている間にいつの間にか2話も更新されていたので、光の速さで(?)見に来ました!! 私いつも物語を読むときは、次の展開を自分なりに考えて続きを読む癖があるんですけど、今回というか毎回というか、主様はいい意味で予想を裏切ってくれるので、毎回読むのが楽しいです✨️ 続きも楽しみすぎます!! 待ってます!!