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「そういうこと……」
真由がつくねを口に入れ、串を引いた。
「自分で行かせておいて、一人で帰りたくないと」
「ごめん」
「私はいいけど、馨は良かったの? 部長を行かせて」
「わかんない……」
私は豚串を頬張る。
「ホント、素直じゃないんだから……」と、真由がため息をつく。
「しかし、部長もよく高津さんと会うことを許したわね。あんなに気にしてたのに」
通りかかった店員に、ジントニックのお代わりを注文する。私は梅サワー。
「あんなに? って?」
真由が、あ、と口を開けた。
「部長から聞かなかった? 創立記念日の次の日、部長に高津さんのことを聞かれたの」
「え?」
雄大さんが昊輝のことを……?
「隠すことでもないと思ったから、話したわ。私の知ってること」
「そっ……か」
「マズかった?」
「ううん? けど、真由に聞かなくても、聞いてくれたら言ったのに」
「バカね」と、真由が真顔で言った。
「あんたの口から聞きたくなかったから、私に聞いたんじゃない」
「なんで……」
「馨は部長から春日野玲のことを、いい女だった、転勤のせいで別れた、って聞かされたらどう思う?」
「どう……って……」
嫌に決まっている。
「好きな人が元恋人の話をするのはいい気分じゃないでしょう? それに、馨の性格からして、元彼のことを悪く言ったりしないってのはわかったはずだもの。うっかり、別れたのは自分のせいだとか、すごく優しい人だったとか言われてみなさい。本当は別れたくなかったんじゃないかとか、今も気持ちが残ってるんじゃないかとか思っちゃうでしょ」
そう……か。
『元彼とはどうして別れた?』
昊輝と会った夜、雄大さんは聞いた。
『元彼と結婚したかったか?』
真由から聞いて、私と昊輝が結婚するはずだったことを知っていたなら、どうして聞いたのだろう。
『俺とは?』
どんな返事を期待していたのか。
考えると、胸が痛む。
「それに、馨が高津さんと会うことを部長は嫌がったんでしょ? それなのに、自分が元カノと会うのを勧められるなんて、部長が気の毒だわ」
「だって……」
ようやく飲み物が届けられた。気がつけば店内は混み合っていて騒がしい。
私も真由も冷えたグラスに口をつける。
「まさか、婚約者にお膳立てされて浮気するほど部長もバカじゃないだろうけどさ? 他人の目もあるじゃない。部長が春日野玲と二人きりで食事してるところを会社の誰かに見られたら、どうすんのよ?」
そこまで考えていなかった。
「別に……仕事相手と食事するだけじゃない」
「二人を見た人もそう思ってくれるといいわね?」
「もうっ! なんで今日はそんなにキツイことばっか言うのよ!」
雄大さんが春日野さんと会っていることを忘れたかった。
忘れられるはずはないけれど、気を紛らわせたかった。それなのに、雄大さんのことばかり考えてしまう。
「そんなに気になるなら、行かせなければ良かったのよ。あんまりいい子ぶってると、春日野玲に掻っ攫われちゃうんだから!」
言葉もない。
「馨は部長に対して引け目とかあるんでしょうけど、部長はそんなこと気にしてないと思うよ? 事情はどうあれ、私には部長が馨を好きで堪んないとしか見えないもの。馨だってわかってるんでしょう? 部長の愛情に気づかないほど、鈍くはないでしょう?」
わかっている。
私を抱く雄大さんの腕の優しさ、温かさ。自惚れだったらどうしようと怖くなるほど。
きっと、私たちは愛し合っている——。
でも、認めたくない。
もう、失いたくないから。
私は昊輝を共犯者にして、失った。
もう、共犯者を失うなんて、耐えられない——。
「で? 馨の気持ちは?」
「え?」
「部長と婚約してから高津さんと会うの初めてでしょ? 高津さんにそれを報告して、吹っ切れた?」
真由が残っていた塩キャベツを食べる。
「昊輝に未練があったみたいに聞こえるんだけど?」
「そうでしょ?」
「そんなわけないじゃない。別れて何年経つと思って——」
「なら、そう言って部長を安心させてあげなさい」
「え?」
真由がニッコリ笑う。
「エロい下着で出迎えてあげなよ。元彼だの元カノだの、どうでも良くなっちゃうって」
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