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二十一時三十分。
雄大さんはまだ帰っていなかった。
先にお風呂入ろ。
一丁前の嫉妬とわずかな罪悪感、そして、真由の言葉が頭に残っていた。
そのせいだ。
好奇心で買ってあったワインレッドのブラとショーツとスリップのセットで、絹。普段はあまり着ない、レース使いのセクシーなデザイン。
お風呂上りに着て、鏡を見て、泣きたくなった。
似合わない……。
こんな格好を雄大さんに見られたらと思うと恥ずかしすぎて、パジャマを羽織る。
ズボン、忘れた。
パジャマのズボンがないことに気がつき、なぜかまた泣きたくなった。パジャマの裾からスリップのレースが覗く。
落ち着かない。
春日野さんなら……似合うんだろうな。
ドライヤーをかけながらそんなことを考えていたから、戸口の人影に全く気がつかなかった。
鏡に映る雄大さんを見て、叫びそうになるほど驚いた。
「びっっっくり……した……」
「ただいま」
「……おかえりなさい」
「ボーッとし過ぎだろ」
「え?」
「何、考えてた?」と言いながら、雄大さんがネクタイを解く。
春日野さんならセクシーな下着が似合うん……だろう……な——。
自分の格好を思い出して、思わずドライヤーを床に落とす。右足の小指に直撃して、箪笥の角にぶつけたのと同じくらいの激痛が走る。
「いっっっ——!!」
思わず蹲る。
「大丈夫か!?」
「……だい……じょうぶ」
「——じゃないだろ。爪、割れてる」
「え……」
確認するより先に、雄大さんが私の右足をグイッと持ち上げた。ぶつけた小指にぬるり、と生温かい感触。
「ちょ——! 何して——」
雄大さんの舌が小指を舐め、パクッと咥えた。薬指と小指の間に舌の感触。
「汚い!」
「舐められるのが?」
「足が!」
「風呂、入ったんだろ?」
「そういう問題じゃ——」
雄大さんの手から逃れようと足をバタつかせても、バランスの悪い体勢でひっくり返らないように身体を支えているのが精いっぱい。
「やっ——!」
痛みとくすぐったさ、恥ずかしさが混じって、ギュッと目を閉じる。
「知ってた? 指って性感帯なの」
小指に舌を滑らせながら、横目で私を見る雄大さんがやけに色っぽい。鼓動がスピードを上げる。
「酔って……るの……」
身体が火照る。
気持ちいい。
「いや? ワインを一杯飲んだだけだ。ちゃんと電車で帰って来たよ」
雄大さんと春日野さんがワイングラスを傾ける姿を想像し、奥歯を噛む。
悔しいほど、絵になる。
雄大さんの手が脹脛を撫で、ビクンッと身体が跳ねる。
「もう……大丈夫だから……離して」
膝の裏を押さえつけられて、思わず引っくり返りそうになる。
「ひゃ——!」
雄大さんのもう一方の手が私の肩を抱く。
大きく脚を開かれた体勢が恥ずかしくて、彼の腕から逃れようとするも、効果はなかった。
脚の間に雄大さんの身体が押し込まれて、閉じられない。
「何? この下着」
「え?」
パジャマのボタンが外され、スリップが露わになる。
「誘ってんの?」
「ちが——っ」
「違わない」
パジャマのボタンをすべて外し終えた手が、胸を撫で、ゆっくりと揉みしだく。
「雄大さん!」
「この下着……元彼には見せたことあったのか?」
「え——?」
雄大さんがいじけたように目を逸らし、それから唇を重ねた。
雄大さん……。
『高津さんには未練がないこと、部長に伝えて安心させてあげなさい』
彼の舌に自分の舌を絡ませ、真由の言葉を思い出す。
『エロい下着で出迎えてあげたら、元彼だの元カノだのはどうでも良くなっちゃうって』
真由の言う通りだ……。
「雄大さんにしか……見せてない」
「ん?」
私の胸にキスをする雄大さんと目が合う。この上なく、恥ずかしい。そして、興奮する。
「この下着……。他の誰にも、見せたことない。……雄大さんだけ……」
恥ずかしさのあまり、今度は私が目を逸らす。けれど、雄大さんの反応が見たくて、横目で彼を見た。
え————?
意外だった。
雄大さんのはにかんだ顔。
照れ臭そうに、でも嬉しそうに目を細める。
「そ……か」
こんなことで……。
「春日野さんとは……ちゃんと話せました?」
聞くつもりはなかった。
「キス……しなかった?」
けれど、聞きたくなった。
「しねーよ」
雄大さんが真顔で、言った。
「じゃあ……、これが最後ね?」
「え?」
私は雄大さんに身体を密着させ、床で身体を支えていた手を彼の首に絡めた。体勢が逆転し、今度は雄大さんが床に手をつく。
対面座位の格好になり、硬いモノが脚の間に収まった。
「もう……二人で会わないで……」
私からキスをすると、彼のモノが更に大きく、硬くなった。軽く腰を揺らすと、自分の下着が湿ってきたことに気づいた。
「煽ったのはお前だからな」
雄大さんが片手でベルトを外し、窮屈な布地から硬いモノを解放する。
私の腰を浮かせてショーツを横にずらすと、躊躇うことなく挿入ってきた。
「あ——」
コンドームをつけていないことを考えたのは、わずかな一瞬。
深く私の膣内に侵入してくる彼の熱に、思考が麻痺する。
「馨……」
甘く高い声で名前を呼ばれると、私たちが繋がっていること以外、どうでもよく思える。
「馨……」
「ゆう……だ……」
我慢できずに動き出したのは、私。
「あ……。あっ……」
「ん……。すげ——」
雄大さんの感じてる声に、感じてしまう。腰の動きが加速する。
「くそっ——! 馨、ストップ」
両手で腰を掴まれ、深いところで動きを止められた。
「ゴム……してないから」
「うん……」
私の膣内の彼が、ドクンと脈打つのがわかる。
「下着、汚したくないし」
「うん……」
私の最奥で待てをさせられて、彼が我慢のあまり硬さを増す。
「だから……」
「うん……」
わざと力を入れて彼を締め付けると、雄大さんがギュッと目を閉じた。
「ばか……やろ……」
「じゃあ」
締め付けたまま、腰を浮かせる。抜けるか抜けないか、ギリギリ。
「やめる?」
はぁ、と苦しそうに息を吐き、雄大さんが私を見上げた。
「お前の為に、やめてやろうと思ったのにな」
そう言うと、私の腰を掴む両手に力を込めた。
グンッと一気に腰を落とされ、彼が再び私の最奥に触れる。
「ひゃ——」
一瞬で脳に快感が伝達され、私は仰け反った。
激しく突き上げながら、雄大さんがスリップをめくり上げて私の腕を抜く。ブラジャーを押し上げられ、尖った先端を咥えられると、霧がかったように目の前が白くぼやけて見えた。
「やぁ……」
気持ちいい——。
『部長の愛情に気づいてるでしょう?』
うん。
わかってる。
「馨……」
揺さぶられながらキスを交わし、舌を絡ませる。
私は雄大さんに愛されてる——。
わかっているから、彼のワイシャツに滲む真っ赤な口紅の痕に気づかない振りをした。
雄大さんを信じてる。