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沙羅さんに聞かせた私の秘密は大智君にもすべて聞かれていて、まったく秘密ではなくなった。
沙羅さんも大智君も私を被害者だとかばってくれたけど、私自身被害者だとは思っていない。だって私は確かに彼らとのセックスを楽しんでいた。私は自分から服を脱ぎ、自分から彼らの性器を口に含み、さらなる性的快楽を求めて自分から腰を振った。
大胆な、というかアブノーマルな要求をされても積極的に応じた。ぜひ着てほしいと言われて高校時代の制服を着てセックスしたこともある。高校時代は一度もセックスせずに終わったのに、まさか卒業してからセックスするためにまた制服を着ることになるとは思わなかった。
複数プレイを求められたときも好奇心から一度だけ応じた。責める方と責められる方を同時に経験できて刺激的ではあったけど、なんだか大事にされてない気分がして、次からは断った。本当に馬鹿だと思う。大事にされてるかで言えば、彼らに大事にされたことなんて一度もなかったのに。
あの日帰宅してから、まだ僕に話してないことがあるなら全部話してと大智君に言われた。とにかくあとから誰かにバラされて困ることは一つ残らず教えてほしい、ということだった。制服を着てセックスしたことも複数プレイしたことも、誰かにバラされたら困ることだから全部話した。
お風呂でおしっこのかけ合いをしたこともあると話したときは本当に惨めな気分になった。でも人に聞かせて惨めな気分になるようなことをしたのはほかならぬ私自身だから、これも過去の罪に対する罰だと思ってありのままを話した。
大智君は怒るでも面白がるでもなく淡々と聞いていた。警察の取り調べみたいだと少し嫌な気持ちになったけど、もう隠し事しないと約束した以上話さないわけにはいかない。それに一番嫌な思いをしてるのは婚約者の過去の様々な痴態を聞かされている大智君なのだ。
それは経験ないですと自信を持って言い切れたのは次の二つの質問くらい。
「妊娠してしまったことは?」
「写真や動画を撮られたことは?」
大智君は心配そうだった。
「妊娠については詩音さんがないというならそうなんだろうけど、撮影については詩音さんが撮られてないと思っても、彼らの行動を振り返れば隠し撮りくらいされていてもおかしくない気がします」
そう言われて私まで不安になった。もし本当に大智君の心配どおりで、その画像や動画が拡散するような事態になったら――
「そのときはいっしょに立ち向かいましょう。僕はあなたの将来の夫として最善を尽くします」
「ありがとう……」
何も言わずにこの人についていこうと思った。絶対に私を裏切らない人がいつも私のそばにいる。私は七年間、いや生まれてこの方、そんな安心感に身を包まれたことがなかったような気がする。
でも、その夜、大智君は私を抱いてくれなかった。いっしょに布団に入ったけど、気がついたら君はすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
優しい大智君は七年前の私のあまりに軽はずみな過ちを許してくれた。とはいえ、私がかつて数ヶ月に渡って十二人もの不良高校生のおもちゃにされ、毎日毎日ひっきりなしに次から次へと彼らの精液を注ぎ込まれていたと知って、そんな汚れた体を平気で抱けるかといえばやはりまだ抵抗があるのだろう。
明日は抱いてくれるだろうか? いや、今日も明日も変わらないな。一ヶ月後なら? もしかすると一年以上このままかもしれない。私は大智君がまた私の体で欲情してくれるようになるまで、ただじっと待ち続けるしかないのだろうか?
「詩音さん、どうして泣いてるんですか」
いつのまにか大智君が目を覚まし、起き上がっていて、私の顔を見下ろしている。
「ごめん。起こしちゃった? 気にしないでまた寝て」
「気にしないわけないじゃないですか。もう隠し事はしないと決めたばかりですよね。なんで泣いてるのか教えて下さい」
「君が抱いてくれないから」
「えっ」
「七年前の話を聞いて、私の体が気持ち悪くなって、その気になれないんだよね?」
大智君は黙って私の手を取り、自分のパンツの中に導いた。
「すごい!」
「ずっと隠してた秘密を全部言わされて、あなたがショックを受けてるだろうと思って遠慮してたんですが、遠慮しなくていいみたいですね」
「私は君に抱かれないとどうしようもなく不安になる。逆に、君に抱かれてるときが一番安心できるんだ」
「詩音、愛してる」
「大智君、ああっ」
前戯なしに大智君の勃起したものが侵入してきた。それは私の望んだことでもあった。一秒でも早く、一秒でも長く君と繋がっていたかった。
荒々しいセックスだった。私たちはただひたすらお互いを貪るように求め続けた。大智君が三回射精するあいだに、私は七回も絶頂に達した。
行為の前はあんなに不安でたまらなかったのに、行為のあとは心の中に一かけらの曇りさえなくなっていた。心は満足しきっている一方、体はまだ夢の中にいるみたいに力が入らなくて、しばらく起き上がることもできそうになかった。
そんな私を見下ろしながら、大智君があきれたように言った。
「最近まで童貞だった僕とのセックスで腰が抜けたようになるくらいだから、ちょっと経験豊富な男を相手にしたらイチコロで骨抜きにされてしまうでしょうね」
まったくその通りだったから、一言も反論できなかった。そして、感じやすくてすぐに骨抜きにされるのをいいことに私をセックスの虜にした十二人の男たちを、改めて憎んだ。
教員採用試験二次試験の会場に、勝呂唯は現れなかったそうだ。出来はどうだったの? と大智君に尋ねると、まあまあと返ってきた。慎重な大智君がそう言うのだからかなり自信があるのだろう。
合格者の発表は十月一日。果報は寝て待てだよ、と大智君は笑って言った。
私たちは合格発表日までに二つの大きなイベントを控えていた。
一つは新潟からやってくる私の両親と大智君の家族の顔合わせ。
その前にもう一つ。大智君のお父さんにはお兄さんがいて、その伯父さんの一家との顔合わせ。
入籍は大智君の合格を待って、という話だったはずだけど、どうせ結婚することになるのだからどんどん話を進めよう、という流れになっている。私に異存などあるわけない。大智君も乗り気のように見えて、正直ホッとした。
顔合わせは私の両親が来るときは料亭で、伯父さん一家のときは大智君の家で行われることになった。
大智君が話しづらそうに教えてくれた。
「伯父さんの娘、つまり僕から見たらいとこの美琴さんの話は聞いてますか」
「お母さんに聞いたよ。君より一つ年上で、本当はお母さんが産んだけど、子どもができない伯父さん夫婦のために養子に出されたって」
つまり、美琴さんと大智君は書類上はいとこだけど、実は同じ両親の血を引いた姉弟だということだ。
「うん、彼女は自分が養子に出されて血のつながった親に育てられなかったことを恨んでいてね、昔から僕を目の敵にしていたんだ。僕に会うのも嫌みたいで、今度会うのも一年ぶりかな。なぜか中学のときだけはやたらこのうちに来て僕とも会ってたけどね」
「気にしない方がいいよ。君が悪いわけじゃない」
「いや、僕はいいんだ。僕の奥さんになる人、ということで矛先があなたの方にも向いていくんじゃないかって心配してるんだ」
僕の奥さんになる人。なんて素敵な響きだろう!
いちいち感動してる場合じゃなかった。それでなんだっけ? 美琴さんが私にも突っかかってくる?
「そんなの君の奥さんになる人として余裕な顔で受け止めてあげるよ」
私がそう答えると、大智君は安心したように胸をなでおろした。
伯父さん一家との顔合わせは八月最後の土曜日が選ばれた。夜六時ちょうどに伯父さん一家が来訪した。料理は出前など取らずに全部お母さんと私の手作り。でも精一杯のおもてなしとして肉も魚も最上級のものを使っている。
大きなちゃぶ台を囲んで七人が座る。もちろん客間も和室だからみな畳の上に座布団を敷いて座るわけだ。
伯父さんはダンディーで活発そうな、よく話す人だった。静かで穏やかなお父さんとは兄弟なのにまるで違っていた。
伯父さんの奥さんは口数少ない線の細そうな人というのが第一印象で、実際その第一印象通りの人だった。
問題の美琴さんは名前のように美しい顔立ちをしていた。でも髪を金色に染め、耳にはたくさんのピアスがかかり、それを台無しにしていた。
顔合わせが始まって早々、美琴さんが場を凍りつかせた。
「大智、おめでとう。きれいな人と結婚できることになってよかったじゃん」
「美琴さん、ありがとう」
「大智さあ、童貞は詩音さんに捧げたの?」
「う、うん」
はぐらかせばいいのに、それができないのが大智君らしいところだ。
「詩音さんは処女だった?」
「それは僕の口からはちょっと……」
「ふうん。じゃあ、詩音さん本人に聞いちゃおうかな」
「美琴! お祝いの場で失礼だろう!」
たまらず伯父さんの叱責が飛んだけど、美琴さんは意に介さない。
「うっせえな。種なしのくせに父親づらするなよ!」
血がつながっていても子を虐待する親はいる。血がつながってなくてもここまで美琴さんを育て上げた伯父さん夫婦は本当に立派だと私は思う。でも育てられた本人にはそれが理解できないようだ。
「詩音さん、それでどうなの、本当のところ?」
「大智君が初めての人ではありませんでした」
答えないと引き下がってくれなそうだったから正直に答えたけど、美琴さんはさらに畳み掛けてきた。
「嘘言わなかったのは偉いと思うよ。じゃあもう少し教えて。大智の前に何人の男と経験した? それとも多すぎて答えられない?」
助けを求めるように大智君の顔を見ると、毅然とした顔で答えてくれた。
「美琴さん、それは僕だけが知っていればいいことですよね? そして僕はそれを詩音さんから既に聞いています」
「大智、カッコよすぎ!」
美琴さんはゲラゲラと笑い出した。
「まあ、そうだよな。十二人というのは過去の男の人数としては少なくはないけど、めちゃくちゃ多いってわけでもないもんな。でも詩音さん、その十二人って実は真剣に交際した恋人の人数じゃないんだよな? 大智、教えてやるよ。詩音さんはさあ、その十二人共通の性欲解消のおもちゃだったんだ。サセ子だのヤリ部屋でヤラれるだけの女だのって呼ばれてさ、毎日毎日入れ代わり立ち代わり十二人の男の臭い精子を飲まされたり、体中にかけられたり、ときには中に出されたりしてたんだぜ! それも嫌がってるのに無理やりそうされたわけじゃない。詩音さん、毎日やっても飽きないくらいセックスが好きなんだろ? あんなに感じやすくてすぐに絶頂に達する女はほかに見たことないって、当時の男も言ってるってさ!」
目まいがした。なぜそれを初対面の美琴さんが知ってるのか? それを大智君の両親のいる場で暴露したのは、私たちの婚約を破談にさせたいからに決まっている。
大智君は私を愛してくれているから許してくれたのだ。彼の両親が私を許す理由はないだろう。手塩にかけて育てた一人息子が、サセ子だのヤリ部屋でヤラれるだけの女だのと呼ばれていた女と結婚すると聞いて喜ぶ親などどこにもいない。
大智君がおもむろに口を開いた。ちらっと彼の顔が見えて、私を守るための言葉を言おうとしてるんだなと分かった。
「美琴さんが今言ったことは僕が既に詩音さんから聞いて知ってることばかりですね。間違いもありましたよ。詩音さんが過去に経験した人数は十二人じゃなくて十三人です。詩音さんがセックスが好きというのは確かにその通りですね。だから詩音さんの目がほかの男に向かないように、毎日でも、彼女の気が済むまで何度でも、僕は彼女とセックスするつもりですが、それがどうかしましたか?」
毎日でも? 私の気が済むまで何度でも? う、うれしい! でも、大智君の無理にならない程度でいいからね――
いや、私はこんなときに何を考えてるんだろう?
「大智君、こんな私をかばってくれてありがとう」
「いつも隣にいてあなたを守りたいって、つきあい始めた日に約束しましたからね」
大智君は絶対に守ってくれると信じていた。問題は大智君のご両親。大智君がどう生きるかは大智君の意向に任せるというリベラルな考えのご両親だけど、それも限度があるだろう。あとは大智君とご両親で話し合って結論を出してもらうしかない。
「完全に洗脳されちゃってるな。童貞がセックスを教えてくれた女の言いなりになってるって感じ?」
美琴さんは大智君に捨て台詞を吐いて、矛先を彼の両親に変えた。
「親としてあんたたちはどうなの? ほかの男がさんざん食い散らかしたあとの残飯みたいな女と、かわいい一人息子が結婚すると知って、それであんたたちはうれしいの?」
お母さんがちゃぶ台の反対側に回り、美琴さんの頬を平手で打った。
「うちの嫁を侮辱することは許しません!」
「あたしより〈うちの嫁〉が大事ってか? 大智の嫁があんなんでいいのかよ? 今まで十何人の男と同時につきあってたような女が大智一人で満足できると思う? 絶対に不倫するぜ。そうなる前に止めてやろうって親切で言ってやってんのが分かんねえのか!」
美琴さんが目の前の茶碗を放り投げ、壁に当たって茶碗は割れた。
「大智の女にはいい顔できるんだな! あたしは産んですぐ捨てたくせに! なんであたしが養子なんだよ! 次に生まれた大智を養子にすればよかったじゃねえか! あたしが女だったからいらなかったのか? なんであたしだけ実の親から離れて生きていかなきゃいけなかったんだよ!」
場が静まり返る。しばらくして、
「潮時かな?」
と言ったのはお父さん。何かの同意を伯父さん夫婦に求めた。
「潮時みたいだね。ただ今言うと大智君はいいとして、詩音さんにも聞かれてしまうけど」
「聞いてもらおう。詩音さんはもう大切な家族だから」
こんな私のことを、大智君のお母さんは〈うちの嫁〉と呼び、お父さんは〈大切な家族〉と言ってくれた。私は大智君のご両親にも許されたらしい。
いや許されたんじゃない。今思えば、ご両親は私と会ったときからずっと私を家族として扱ってくれていた。壁を作って距離を置いていたのは、むしろ私の方じゃなかったか? これからは私から歩み寄って、もっと家族になる努力をしなければいけないんだ!
私はそんなふうに思ったけど、私以外の六人の現在の一番の関心事はやはり美琴さんのこと。
大智君のご両親、美琴さんのご両親、その四人だけ知っていて、美琴さんと大智君が知らない何かがあるようだ。
大智君のお父さんが説明者になったのは、美琴さんにとって血のつながった父親ということで一番落ち着いて話を聞いてもらえそうという判断があったのだろうか。大智君のお母さんは美琴さんを平手打ちしたばかりだし、美琴さんの両親はそもそも美琴さんに悪態ばかりつかれて聞く耳を持ってもらえないみたいだし。
「何? もったいぶって今さら何を話すことがあるの? 実はあたしは血のつながった親に育てられたんだよって、でまかせ言ってごまかそうっていうわけ?」
「でまかせじゃない。美琴さんは確かに血のつながった親に育てられたんだ」
「種なしの父親と生まれつき子宮のない母親のあいだから、どうやってあたしが産まれるんだよ? ふざけたことばっか言ってると暴れちゃうぜ!」
もうとっくに暴れてると思うけど、ここは年配者に任せて事態の成り行きを見守るしかない。
「美琴さんと大智が産まれる前、僕ら夫婦と兄夫婦はこの家に同居していた。僕らの母、つまり君たちのお婆ちゃんも生きていてまだ元気な頃でいっしょに暮らしていた。兄の奥さんが子どもを産めない体だったから、母は僕ら夫婦に子作りをせっついて、なかなか妊娠しない僕の妻につらく当たった。妻が三十八歳のとき僕ら二人で検査を受けて、僕が無精子症だと分かった。無精子症といってもたいてい少しは精子がいるものだけど、僕には一匹も見当たらなかった。つまり不妊の原因は妻でなく僕だった。どうしても勝又の血筋を絶やしたくなかった母は、妻の排卵日の前後一週間、僕の妻は兄の寝室で、兄の奥さんは僕の寝室で寝泊まりするように命じた。僕の兄、つまり君の父さんは種なしじゃないよ。種なしは僕だったんだ。とうとう翌年、妻が三十九歳のとき妊娠して、君が生まれた。妻は翌年また妊娠して大智が産まれた。つまり、さっき君は不倫がどうのこうのって言ってたけど、実は君も大智も僕の妻が兄と不倫して作った子どもなんだ。君はさっき、〈なんであたしだけ実の親から離れて生きていかなきゃいけなかったんだよ!〉って言ってたよね。その点は君も大智も対等だよ。君は実の父親のもとで育てられ、大智は実の母親のもとで育てられた。君が大智を恨めしく思う理由なんて何一つないんだ」
「本当なのか? 四人であたしを騙してるんじゃねえのか?」
「嘘だと思うなら、DNA鑑定でもなんでもやってみればいい」
そう言われて美琴さんはやっと黙ったけど、それはつまり美琴さんだけの話でなく、大智君にとっても今まで父親だと思っていた人とは違う人が本当の父親だったということになる。
美琴さんのお父さんと大智君のお母さんが姉弟の遺伝子上の両親。二人は神妙に大智君のお父さんの話に聞き入っている。美琴さんのお母さんは少し泣いているのか顔を手で覆っている。彼女も愛する夫がほかの女と性交することを許すことで育てていく子どもを手に入れた。今話している大智君のお父さんと同様に、当時さまざまな葛藤があったはずだ。
「僕の妻を兄に差し出せと母に言われたときは、母をひどく恨んだものだよ。僕の妻が兄に抱かれてるとき、僕のそばには兄嫁さんがいたけど、結局僕は彼女を一度も抱けなかった。でも産まれた美琴さんを見て、もう一人産んでくれないかと僕は強く妻にお願いした。妻が兄に抱かれてるあいだ、まだ乳飲み子だった美琴さんの面倒を僕と兄嫁さんの二人で見たよ。血のつながりはなくても、最高に幸せな時間だった。妻はまもなく大智を身ごもった。僕ら夫婦はあとから生まれた大智を引き取った。おかげで経験できなかったはずの子育てを経験することができた。自分に生殖能力がないと知ったとき、僕は自分が存在価値のない人間だと思って落ち込んだ。でも生まれた大智を見て、僕はこの子を育てるために生まれてきたんだと自分に言い聞かせて、妻とともに子育てに向き合ってきた。途中、大智がひどいいじめを受けたりと、いいことばかりではなかったけど、大人に育った大智は自分で見つけた恋人まで連れてきてくれた。初めて詩音さんと会ったとき、この世界のどこにも自分の居場所がないと言われて、この人にもつらい過去があったんだなと知った。生殖能力がなくて妻を兄に差し出した僕も、夫ではない男の子どもを二人も産んだ妻も、ひどいいじめを受けて自殺まで図った大智も、みんなで力を合わせてそれぞれの悲しみを乗り越えてきたこの家で、詩音さんも彼女の悲しみを僕らとともに乗り越えていってほしいと、大智だけでなく僕も妻も心から願ってるんだ」
私の味方は大智君だけだと勝手に決めつけていた。私が大智君との子どもを早く産みたいと願ったのは、大智君の両親に家族として認めてもらいたかったという理由が一番大きかったように思う。この家の人間で私だけ血の繋がりがないと思っていたから。
お父さんの今の話を聞いて、家族は血よりも心で繋がることが大事なんだと再認識させられた。お父さんもお母さんも私と家族になろうとしてくれていたのに、私は大智君を味方につけてご両親に、私を家族として認めなさいと迫っていたようなものだ。
彼らと家族になりたいなら、私が心を開くだけでよかったのに。今からでもそれを始めてみよう。私の居場所は、きっと死ぬまでこの家なのだから――
「詩音さん、涙が……」
そう言う大智君も泣いている。育ててくれた父親と血が繋がってなかったと知ってショックだったのでなく、血が繋がってないのに今までこんなに大事に育ててくれた感謝の気持ちからだろう。大智君をこんなに優しい人に育ててくれてありがとうございます、と私もお父さんに伝えたい。
「あたしはなんてことを……」
美琴さんが何かを悔やむようにつぶやいた。書類上はいとこでも実際は大智君の姉。でもこの人とだけは家族になれそうな気がしない。私は清楚な女ではないという自覚はある。でも初対面の人間に残飯みたいな女と罵倒されて平気でいられるほど忍耐強くない。
話したくないのに美琴さんの方から寄ってきて、隣にいる大智君にも聞き取れないような小声で話しかけてきた。
「大智と大智の両親に見せてやろうと思って持ってきたものがあるけど、あなたに返す。ただここじゃ見せられないものだから……」
返すって私はあなたに何かを貸した覚えはないんですけど。
「大智はここで待ってて」
美琴さんはついて来ようとする大智君を制止して、ちょっと二人で話してくるねと伯父さんに声をかけて、私たちは客間を出た。美琴さんはまっすぐ私たちの部屋の方に向かう。
さっき美琴さんに〈童貞がセックスを教えてくれた女の言いなりになってるって感じ?〉と私たちのセックスを馬鹿にされたばかりだから、私たちがセックスしてる場所に彼女を入れたくなかったけど、美琴さんはさっさと部屋に入っていった。
「この部屋ってもともとうちの両親の部屋だったんだ。つまり、ここでうちの父と大智の母親がセックスして、あたしたちが生まれたわけか」
美琴さんはしばらく感慨にふけったあと、おもむろに三枚の写真を手渡してきた。私は受け取った写真を一目見て呆然となった。おそらくすべて隠しカメラの画像データをプリントアウトしたもの。
一枚目は裸の私が正常位で男と繋がっているのを真上から撮影した写真。後頭部しか見えてなくても男は井原元気だと分かった。
大智君が心配した隠し撮りが杞憂ではなかったことが証明された。おそらく膨大な数の隠し撮り画像の中でこの画像が選ばれた理由は、私が高校時代の制服を着た状態で行為に及んでいるからだろう。
ただし、紺のブレザーは私の腕だけを隠し、残りの部分はただの敷物と化して私の体とシーツのあいだに挟まっているだけだ。ブラウスとスカートに至っては思いきりめくり上げられて、隠すべき場所をまったく隠せていない。
剥ぎ取られたブラとショーツがベッドの上に転がっている。胸の膨らみも下腹部の茂みも惜しげもなく晒して、私は元気との性行為に没頭していた。
二枚目はお風呂で撮影されたもの。相手の男はやはり元気。
元気が立ち小便して、彼の目の前にしゃがみ込む私の上半身におしっこをかけているのを真横から隠し撮りした写真。淫らな感じはしない。私も元気も楽しそうに笑っていて、どちらかといえば子ども同士で水遊びしてるような明るい雰囲気。
でもそれは決して水遊びなどではなかった。二十歳の女子大生が裸になって男の尿を顔にかけられて無邪気に笑っている。写真を見た者は誰もが性的羞恥心のかけらもない女だと呆れ果てるに違いない。
確かそのあと立場を逆にして、横たわる元気をまたぐように立って放尿し、私のおしっこを元気の顔にかけてお返しをした。
かける方とかけられる方とどっちの写真がよりマシかと考えて、どっちも最悪だという結論になって私は落ち込んだ。
ということは三枚目はあれかなと思ったら、その通りだった。
それは好奇心から一度だけしてしまった複数プレイをしたときのもの。私は膝立ちになり、前の男にしがみつき性器を口で愛撫しながら、後ろの男から自分の性器を突かれている。三人の激しい息遣いまで聞こえてきそうな、隠し撮りとは思えないほどよく撮れた写真だった。前の男はまた元気、後ろの男は元気と同じく二年後輩組の原雅人だった。
三枚の写真に共通してうつっている男は元気だけだったから、隠しカメラを設置したのも彼だろう。
三枚の写真にうつし出された行為のどこにも愛はなかった。かつての私は欲望の奴隷だったんだなと写真の中の自分の姿を見てつくづく思った。
この写真を大智君や彼の両親に見られるのはさすがにつらすぎる。
「美琴さんに残飯みたいな女って言われたときは腹が立ったけど、あなたの方が正しかった。この写真を見て、自分がどれだけ愚かで汚れた女かってことを改めて思い知った」
「あたしの言うことなんか全然気にしなくていいから! 間違いは誰にだってあるよね。その写真もあたしは見なかったことにする。お願いだから大智と別れようとか、早まった考えを持たないで!」
今さっき、〈大智の嫁があんなんでいいのかよ?〉って言ってなかったか? 急に優しいことを言い出したのは何かの罠に違いない。
「美琴さんは間違いを犯した私が許せなかったんじゃなかったの? 私は確かに残飯みたいな女って呼ばれて当然のことをしたよ」
「あたしはただ大智が憎かっただけなんだ。婚約者の詩音さんと別れることになって絶望した大智の顔を見たかっただけなんだ」
「もう大智君を憎んでない、ということ?」
「憎んでないどころか、許されないことをしたことをまず謝りたい!」
何だろう? 勘違いから憎んでたと分かったから謝りたい、ということならいいことだと思うけど、それだけではない何かがありそうな気がする。なんだか胸がざわざわする――
そのとき部屋に大智君が入ってきた。
「詩音さん、手に持ってるのは美琴さんが持ってきた写真ですか? 僕にも見せて下さい」
顔から血の気が引いた。これを見られるのか? でももう隠し事はしないと約束した以上、見せないわけにはいかない。
「ちょっ! それは見せちゃダメだ!」
大智君の方に歩き始めた私に驚いて、美琴さんが肩をつかんで私を止める。
「もう隠し事しないって彼と約束したから渡すしかないんだ」
「何それ? 大智の言いなりにされてるの? じゃあ、詩音さんは大智がおれのうんこ食えって言ったら食べるの?」
「彼が食べてほしいなら食べるよ」
「それって奴隷じゃん!」
美琴さんはそれを私ではなく、大智君に言ったのだった。
「大智、あんたのやってることはあんたをいじめてた小山田圭吾と同じだよ。男たちにおもちゃにされてた過去があるという詩音さんの弱みにつけ込んで、どんな恥ずかしい命令にも逆らえないようにしてさ。小山田にも奴隷がいて、恥ずかしいこといっぱいやらせて相手の心を壊していって、最後には自分のうんこを平気で食べるようになった相手を見て、あいつは満足そうにニヤニヤ笑ってたよ」
「美琴さんは小山田圭吾を知ってるんですか?」
「知ってるも何も……」
美琴さんが大智君の前で土下座した。
「あいつが大智をめちゃくちゃにいじめたのは、そうするようにあたしが頼んだからなんだ」