テラーノベル
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締め切られた部屋。言うなれば密室。モニターから流れてくる音が、今日はやけに大きく聴こえて仕方がない。僕達は今、カラオケ屋の個室の中にいるのだ。
「ねえ、心野さん。何か歌わないの? せっかくカラオケに来たんだから歌わないともったいないと思うんだけど」
「そ、そうなんですけど、さっき但木くんから防犯カメラのことを聞いてから、なんか意識しちゃって……」
一体、何を意識してるのか訊きたくて仕方がないんですけど。
でも今はそういうタイミングじゃないかな。心野さん、だいぶ緊張しているみたいだし。それはもうガッチガチに固まってしまっている。
うーん、どうするべきなのかな。というか、そんなに意識しなくても。個室にはソファーがふたつあるのだけれど、心野さんは僕からめっちゃ離れて座っているし。
防犯カメラのことは言わなければ良かったかもしれない。
「た、但木くんは何か歌わないんですか?」
「そうだね、何か歌わなきゃね。でもさ、僕ってあんまり歌に自信がなくて。はっきり言ってド下手なんだよ。たぶん聴いたら笑っちゃうと思うよ? ちなみに心野さんは普段、いつもどんな歌を聴いたり歌ったりするの?」
「私ですか? うーんと、童謡が多いですかね。最近の歌ってあんまり知らなくて」
童謡ときましたか。それはぜひとも聴いてみたい。だけど今は歌える状態ではないよなあ。とにかく先に緊張をほぐしてあげないと。ん? 何か忘れているような。
「あ! すっかり忘れてたよ。心野さん、一緒にドリンク取りに行こうよ」
「え? ドリンクですか?」
「そうそう、ドリンクバーだね。この前、一緒に行ったファミレスみたいな感じでここも飲み放題なんだ。歌うと喉も乾いちゃうしね」
「え? え? カラオケ屋さんなのにドリンクバーがあるんですか? それってやっぱり別料金ですよね?」
「ううん、ちゃんと料金に含まれてるよ。だから安心して。しかも結構、種類が豊富でさ。アイスクリームもあったりするんだ」
「あ、アイスですか!!」
あれ? なんか一気に心野さんのテンションが上った。顔を隠しているから表情こそ見ることができないとはいえ、僕はもうすっかり心野さんマスターだから分かるんだよね。雰囲気だけで。只今、心野さんのテンション上がりまくり中。
「行きましょう! アイス! 早くアイス食べたいです!!」
* * *
「ここがドリンクバーのコーナーなんですね。この前のファミレスでも思ったんですけど、これでお店の利益になるんでしょうか? 価格破壊と言いますか」
僕が『アイス』という単語を発してから、先程まで緊張で雁字搦めになっていた心野さんと同一人物とは思えない程に積極的になってしまった。もう待ち切れないとばかりに僕の袖口を掴み、そしてそのまま引っ張って勢いよく個室から飛び出した。
しかし、なるほど。心野さんにとって『アイス』という単語は魔法の言葉だったわけか。早く教えてあげればよかったよ。
「心配しなくても大丈夫だよ、お店の利益にはなるんだ。ドリンクの原価ってめちゃくちゃ安くてさ。アイスはちょっと分からないけど。って、え!? 心野さん!?」
僕がコーラをコップに注いでいる内に、心野さんが夢中になってアイスを盛り付けていた。超山盛りで。しかも三カップ分も。
「はい、どうしましたか?」
「いやいや、それは僕が言うべきセリフであってね。もしかしてそれ、全部心野さんが食べるの? それとも僕の分も一緒に用意してくれたの?」
「はい! もちろん全部私の分です!」
胸を張って堂々と宣言してるけど、ええ……。いや、それはさすがにビックリなんですけど。女子は甘いものには目がないとは聞いていたけど、まさかここまでとは。それとも心野さんが単にアイス大好き女子なだけ?
「そのアイス全部食べて、お腹壊さない? 大丈夫?」
「大丈夫です! 頑張ります!」
アイスを食べるのに『頑張ります!』と言う人に出会ったの、初めてだよ。
「あ、すみません但木くん。そこのトレーを取ってもらっていいですか?」
「あ、そうだよね。それじゃ部屋まで持ちきれないよね。って、ちょっと心野さん!? どうして四つ目のアイスを盛り付けてるの!?」
「どうしてって、五つ盛り付けて部屋に持って帰ろうと思いまして」
「ストップ! ストーップ! と、とりあえずそこまでにしておこうか。なくなったらまた取りに戻ればいいしさ。今はやめておこうよ」
僕が静止したことで、不満そうに、そして不服そうにして、心野さんは頬っぺたをプクリと膨らませた。ありゃりゃ、ちょっとご機嫌斜めになっちゃった。でも、さすがに冷たい物を食べすぎるとマズいから意地でも止めるけど。
「……分かりました。今は我慢することにしますね」
その『今は』という言葉、絶対におかわりしようと思ってるでしょ? まさかアイスが『心野さんストッパー』をここまで外してしまうとは……。
いや、考えてみたら、心野さんって元々ストッパー外れやすいのかも。毎晩のように妄想していていつも寝不足気味なのも、結局のところストッパーが外れてしまうから止められないんだろうし。
とりあえず分かったこと。
心野さん、欲望にめちゃくちゃ正直。
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