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「……お前スキだなぁ。いっつもキャーキャー言うくせに」
「何年もずっと探してたんだけど、全然なくて。この店でやっと見付けたんだよ!」
「はぁ……」
幾ヶ瀬は意外とホラー好きだ。
テレビの心霊番組も欠かさず見る。
見られない時間帯のものは録画までして。
好きなくせに1人では怖くて見られないという彼に、いつも付き合ってやる有夏は、そのテのものにはまったく動じない。興味もないと言う。
「オバケより、リアルにうちの姉ちゃんらの方が怖いわ」なんて言って。
最近めっきり見なくなったビデオテープというものをじっくり眺めてから、幾ヶ瀬はデッキの中へそれを押し込んだ。
ガコンと音をたててテープが吸い込まれる。
中でウィーンと動く気配。
「ささ、有夏」
幾ヶ瀬が麦茶を用意すると、アイスを食べ終わった有夏はちゃっかりプチの「チョコラングドシャ」と「フランスバターのクッキー」を出してきた。
「別に幾ヶ瀬が見たいってんなら付き合うけどさ。面白いか? 稲川淳二。何言ってっか分かんないだろ。字幕がなきゃさっぱり……」
「あっ、有夏! コラッ! 怪談の神に何てことを!!」
「怖くないし」
「だから何てことを! それがいいんだってば。日常のふとした隙間に思わぬ怪異がっていうのを、独特の語り口で話してくれるんだよ。あの人は日本が誇る職人だよ!」
「ほぅ、語るねぇ」
「ジャパニーズホラーみたいに、やたらめったら脅かしてくるんじゃなくて、怪談ってのはどこか人間臭さが残ってて、あったかいんだよ。そこがいいんだって」
「……語るねぇ」
なんてやっている間に始まったようだ。
どこか荒いビデオテープの映像に「怪談の神」が映っている。
『スタッフの女の子がガタガタ震えている。稲川さぁん、ちょっと聞いてくださいよという。まっ……青な顔をしてブツブツ言ってる。こわいよーこわいよー』
「えっ、幾ヶ瀬? これ何言って……?」
「しっ! 黙って!!」
語りが進むにつれて、映像は薄暗い廊下を映し出した。
左右に等間隔で並んだ扉。
非常口を示す電灯はチカチカ瞬いている。
建物の全体像が映り、そこが病院であると分かった。
「へぇ…ドラマ仕立てになってるんだね」
早くも有夏の腰に両腕を回しピタリと寄り添って、幾ヶ瀬。
夜の病院というシチュエーションに既に呑まれているようだ。
「稲川先生の『REIKO』ってやつも怖いって噂聞くんだけど、そっちは見付かんなくて。もぅ、絶対みたいのに!」
「イナガワセンセイ……?」
ラングドシャとクッキーを交互に食べながら、有夏は呆れ顔だ。
「うま! フランスバターのクッキー、もう1個買っときゃよかったな……ぉお!?」
幾ヶ瀬の腕の力が強くなり、有夏は呻いた。
痛いと言っても、彼は画面に夢中だ。
次々と映し出される怪異の映像と効果音に、心なしか血の気を失っている。
「これ……思ってたのと違う…………」
「は?」
「こ、怖すぎる……」
有夏の首筋に顔をうずめて、しかし視線だけはちゃっかりテレビの方を向いている。
成程。
幾ヶ瀬の言う人情味のある怪談話というより、これはジャパニーズホラーの枠に入る作品のようだ。
しかもかなりレベルの高い。
病院を舞台にした理不尽な恐怖体験を、ドラマ仕立てで描いたものであり、幾ヶ瀬の表情が見る間に強張っていくのが分かる。
「はぁぁ……ぁぁぁ…………ありかぁぁ!」
声が可哀想なくらい掠れている。
悲鳴にすらならないらしい。
「そんなになるなら見なきゃいいだろが。土台、作り物なんだし」
「ちょっ、台無し! そういうこと言わないでよ! 心霊映像の中には本物も混ざってるんだよ!」
麦茶を一口飲んで、有夏はちらりと幾ヶ瀬を見上げる。
「まぁ、中には本物もあるかもな。実際、そのテの話はよく聞くし。幾ヶ瀬……」