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「悠真くん、お待たせしました!」
「まだ待ち合わせの5分前ですよ、鈴宮さん」
そう言うと悠真くんは、チラッとガラス張りの窓の外に目を向ける。そして再び視線を私に向けると「外は寒かったですか?」と尋ねた。
「そこまでは……。11月らしい気温かと」
すると悠真くんの手がすっと伸び、私の左の頬を包み込んだ。
もうビックリして声もでずに全身が固まる。
さらに自身の顔を私の右耳に近づけて「頬が少し赤いですよ、鈴宮さん。外が寒くて赤くなったのかと思いました」と囁く。耳に悠真くんの息がかかり、かつ石鹸の香りを感じ、全身から力が抜けそうになってしまう。
「少し早いですが、専用のウェイティングルームで待てるので、行きましょうか」
声が……いつもと違い、甘い囁き声に感じてしまい、もう心臓が大騒ぎしている。
い、一体全体急にどうしてしまったの!?
悠真くんは落ち着いた様子で私の腰に腕を回し、支えるようにして歩き出す。
完全に右半身が悠真くんに密着しており、もう目が回りそうだ。
それでも「あ、ロビーはこのエスカレーターから行けますよ」と、指摘すると「ロビーには行かないから」と悠真くんは答え、奥まった場所のエレベーターに向かっている。
あれ、こんな場所にエレベーター、あったっけ……?
エレベーターの扉の脇にプレミアエレベーターと書かれている。
ほどなくして扉が開くと、悠真くんは腰から手を離し、まるでエスコートするようにして、エレベーターの中へと乗せてくれた。
行き先階で「5」のボタンを押すことに「?」となってしまう。
この映画館は何度か来ているが、ネット予約をしたのなら、3階でチケットを発券し、10あるスクリーンの共通の入口から中へ入場する仕組みだったはず。世の中的に外出が自粛された時期は、映画館にも行かなかったけれど、何かルールが変わったのかしら?
そう思っているうちに、5階に到着した。
見たこともないフロアに到着すると、悠真くんは慣れた様子で受付の女性と話し、そしてふかふかの絨毯が敷かれた通路を進むと……。
個室に案内された。
ブラウンがかったグレー「グレージュ」カラーで統一されたその部屋には、ふかふかの絨毯に、二人掛けのソファ、ローテーブルなどが置かれている。
悠真くんに案内されるままに着席すると、女性スタッフがドリンクとスイーツのメニューを見せてくれた。その際、女性スタッフが「ウェイティングルームでご注文いただいた商品は、そのままプレミアムルームへ運ぶことができます」が言ったことから、少し理解する。
この個室はどうやら映画の上映を待つための部屋であると。しかも定員は2名? 2人だけのためのウェイティングルーム。しかもこの後、映画を観る席へ案内してもらえるようだけど、それはプレミアムルーム。名前に「ルーム」とついているけど、まさか個室ではないと思うけど。
スタッフが出て行くと、悠真くんはマスクと眼鏡を外した。
その瞬間、彼はどう見ても青山悠真!
「ゆ、悠真くん、いいの、マスクと眼鏡外して!?」
「大丈夫ですよ、鈴宮さん。この後はもう僕と鈴宮さんだけですから」
そ、それはどういうことですかー!?と思ったところで先程のスタッフがおしぼり、ドリンク、スイーツ用のカトラリーをローテーブルに並べてくれた。
「!」
有名店のチョコレートが用意されている。注文していないので、ノンアルコールドリンクについたお通しみたいな感じ……?
「鈴宮さん、すごくいい表情していますね。なんだか楽しくなっちゃいます」
悠真くんは動揺しまくりの私を見て、楽しそうに笑っている。
「え、これはどういうことなんですか……?」
「せっかくだから飲み物とチョコを食べながら話しましょう」
そう言って悠真くんが教えてくれたことは……。
「プレミアムルーム」は、スクリーンを観られるように、一面のみ壁がないが、左右と後ろは壁になっているという。いわゆるバルコニー席みたいなもの。
この部屋には、映画会社のお偉いさんに連れて来てもらったことがあり、周囲の目を気にせず、集中して映画を楽しめるので、これぞという映画を観たい時に利用するのだという。さらにこの「プレミアムルーム」の利用者は、今いる専用のウェイティングルームで上映までの時間を過ごすことが可能で、ドリンクとスイーツも料金に含まれているとのこと。
なんだかいろいろセレブな待遇で驚いてしまう。
一体いくらするのかしら……?
もしかして1人5000円ぐらいするのでは!?
私の手料理の御礼にしては、高過ぎると思う……。
「悠真くん、これって」
そこで女性スタッフがきて、注文したアイスクリームと焼き菓子を出してくれた。これを食べれば小腹が満たされ、上映終了後までちゃんと我慢ができそうだ。
「鈴宮さんを驚かせたくて。僕、サプライズ好きって話しましたよね」
女性スタッフがいなくなると、悠真くんは涼やかな瞳を細め、実に綺麗な笑顔になった。完全に心を持っていかれそうになり、深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
「とても驚きました。私の手料理では見合わないような御礼で、どうしたらいいのか、若干パニックです」
「そんなことないと思うのですが。僕としてはこれぐらい嬉しかったですから。あ、でも、もし鈴宮さんが申し訳ないと思う気持ちがあるなら、また食べさせてください、鈴宮さんの手料理」
「喜んで!」
もうラーメン屋の店主のように即答すると、悠真くんは大爆笑。
そんな風に笑う悠真くんを見たら、緊張感がかなり収まり、これから観る映画について話したり、用意されたスイーツを食べたり、上映時間までを楽しく過ごすことが出来た。
二人ともスイーツを食べ終わったタイミングで、女性のスタッフがやってきた。間もなく上映開始時間なので、お手洗いは大丈夫かと聞かれ、トイレへ向かう。驚いたけど、プレミアムルーム利用者専用のトイレが存在していて、本当にビックリ!
ウェイティングルームへ戻ると、ドリンクは既にプレミアムルームへ運んでくれており、手荷物とコートを持つと、悠真くんが部屋の中の電話で受付を呼び出す。するとさっきとは別の女性スタッフが来て、プレミアムルームに案内してくれた。
「これは……」
プレミアムルームには、ウェイティングルームと同じような、ゆったり座れるソファが置かれ、さらにフットレストまでついている! 専用のサラウンドスピーカーも設置されており、テーブルには新しいおしぼりとドリンクが置かれ、至れり尽くせり。
手すりから下を見て見ると、普通に座席がずらりと並んでいる。いつもの料金で見ている座席の上に、こんなプレミアムルームが存在していたなんて……。知らなかった。
「そろそろ始まりますよ、鈴宮さん」
悠真くんの声にソファに座ると……。
座り心地も抜群!
すごい、すごい。
こんなすごい席が映画館に存在していたなんて。
これなら階下の一般客と会わずに済むし、きっと悠真くんのような芸能人とか会社の社長が利用するのだろうな。
……芸能人のお忍びデートで使われそう。
そんなことを思いついてしまうと、なんだか再び緊張してきた。
というか、今日、待ち合わせ場所であった瞬間の、あの距離感は、なんだったのかしら!?
急に頬に触れたり、耳元で囁いたり……それに石鹸の香り。シャワーを浴びて待ち合わせ場所に来たのかな。それともコロンかオードトワレ? とにかく悠真くんらしい素敵な香りだった。
「鈴宮さん」
「はい」
「もし退屈で眠くなったら、こうやってもたれて居眠りしていいですよ」
腕を伸ばした悠真くんが私の肩を抱き寄せた。
その瞬間、私の左半身は悠真くんの胸にもたれた状態になった。
思わず喜びの悲鳴をあげそうになり、口を押えた瞬間、照明が落とされた。