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まさか映画の上映中、悠真くんに肩を抱かれ、その胸にもたれた状態で鑑賞することになるとは……! もう心臓がドキドキして、眠くなることなんてなかった。何本か流れた予告編を見ている間は、スクリーンに映る映像の中身がまったく頭に入って来ない。
でも……。
映画の本編が始まると、いつの間にかストーリーに夢中になり、悠真くんの胸に自分がもたれていることを忘れていた。
特に。
突然、会社に現れた元カレを撃退する時に悠真くんが言っていた「嫌がる女性に手を出すなんて、男の風上に置けないな。ねえ、お兄さん、彼女にもう手を出さないでもらえる? 俺、彼女にベタ惚れだからさ」という台詞。
この台詞は終盤の重要な場面で放たれる一言だった。
映画の主人公は女子大生で、アルバイト感覚でパパ活をしていた。お金をもらい、食事をおごってもらう関係だった中年男性から、主人公は襲われそうになる。彼女を助ける時、悠真くん扮するホストが言うのが、この台詞だった。
主人公はそこで目が覚め、パパ活をやめることを誓うが……。
ストーカー状態になった中年男性は、主人公を車で轢き殺そうとする。その主人公を庇った悠真くんが演じるホストは……。
ラストは「あれ、なんだか力入らないや。お前のこと、抱きしめたいのに……」という台詞と救急車とパトカーのサイレン、眩しいほどの晴れた空でエンディングを迎える。
結局、悠真くんがキャスティングされたホストはどうなったのか。それは観客に委ねる形で終わっている。私は……助からなかったのではと思い、もう号泣。悠真くんの胸の中で、エンドロールが終わるまで、泣き続けてしまった。
そんな私に悠真くんはティッシュを渡してくれて、それにも思わず感動してしまう。
場内が明るくなり、無音になると、すすり泣きの音だけが響いている。私だけではなく、多くの観客が涙を流していると分かった。
悠真くんは無言で私の腕を優しくなで、昂る感情を静めようとしてくれる。この気遣いはたまらない。
同時に。
これは初めて感じる不思議な感覚。
悠真くんは悠真くんなのだ。でもさっきまでスクリーンで見ていた、ホストの涼とも同一であり、そうなると命落としたはずの彼が、私の腕をなでてくれている。でも涼が好きなのはヒロインであり、こんなことをここでしている場合ではない。なんだか映画と現実がごっちゃになり、実に不可思議。
「鈴宮さんの反応を見るに、映画は楽しめました?」
「はい。楽しめた……楽しめた以上です。感動しました!」
私の反応に悠真くんは満足そうな顔になる。
「よかったです。……とりあえず鈴宮さんの涙もおさまったようですから、ご飯でも食べに行きますか?」
「はい!」
ソファから立ち上がり、歩き出すと、悠真くんは撮影中のハプニングや裏話を教えてくれる。ホストを演じるにあたり、実際にスタッフとホストクラブに足を運んだのだという。
「ホストと言っても様々なタイプがいるのだと思いました。僕が参考にしたのは……」
テレビにも出演する某有名ホストの名前を教えてくれた。
そんな感じで映画館を出ると、悠真くんは伊達メガネにマスクで、青山悠真のオーラを完全に消す。
「鈴宮さん、何を食べたいですか? 一応、ちゃんと調べてあります。この時間だと夕食時間からずれるので、どこのお店も入れると思うのですが、フランス料理、イタリア料理、スペイン料理、日本料理、ステーキ、お寿司……」
「悠真くん、なんだかどれも高級そうなお店の気がするのですが」
「そうですね。今日は鈴宮さんと初めてのデートでしょう。気合い入れないと」
いきなり「デート」なんて破壊力のある言葉を悠真くんが口にするから!
腰がぬけそうになってしまう。
これは年上へのリップサービスね。
出会った瞬間に頬に触れたのも、胸にもたれたまま映画鑑賞せてくれたのも、悠真くんなりのサービスなのだろう。大変素敵なサービスだわ。
「悠真くん、全力で御礼してもらえるのは、とても嬉しいです。その分、手料理のお返し、たっぷりするつもりですよ。でもあのプレミアムルームで十分、お金を使っていただいています。ですからそんな高級そうなお店で食事ではなくても、大丈夫ですよ」
私の言葉に悠真くんは「そうなのですか……!」と驚き、熱心に尋ねる。
「オシャレなお店で美食を楽しみたい……というわけではないのですね」
「それも嬉しいですが、さっきの映画も招待いただいていますし……。別にラーメンでもいいんですよ、私」
さすがにラーメンはお安い女と思われてしまうかしら?とも思ったけれど。昨今のラーメンは1000円超えも当たり前。決して安くはない。
「ラーメン……! この時間からのラーメンなんて、背徳感満点ですよね」
しまった! 悠真くんは俳優もやっているけど、本業はモデル!
「ゆ、悠真くん、ごめんなさい。こんな時間からラーメンなんて、ダメよね!?」
「いえ、もう、僕の頭、ラーメン脳になってしまったので、ラーメン、食べましょう!」
そう宣言した悠真くんは、新宿ではなく、家の近くのラーメン店で行きたいところがあるという。
「少しでも早く食べたいのと、この時間の電車に乗ると、顔バレの危険もあるので、タクシーに乗りますね。三駅ぐらいの距離ですから」
あっという間にアプリでタクシーを呼び出し、そしてラーメン屋にやってきた。人気店のようで数名並んでいるが、そこまで待たずに順番がやってくる。生姜を使ったラーメンが有名ということで、私は醤油味、悠真くんは塩味を頼む。おろし生姜を足したり、生姜酢を入れたりで、生姜三昧でラーメンを楽しむと……もう体はぽかぽか。
胃袋も心も満たされ、お店を後にする。
「美味しかったですね、鈴宮さん!」
「うん、胃袋にあの優しいスープが染み渡ったわ。満足」
11月初旬のこの時間なのだから、外は寒いはずなのに。
寒さを感じない。
「鈴宮さん、マンションまで歩きます?」
「そうしましょう。満腹だから、丁度いいと思うわ」
こうして幹線道路を避け、裏道に移動し、並んで歩き出す。
「今度は塩味も食べたいなー。つけ麺も美味しそう」
「そうですね。僕もまだつけ麺は食べたことがないです。今度、挑戦しましょう」
悠真くんはサラリと次の機会を口にしてくれる。
また手料理を食べさせてください。
今度、挑戦しましょう。
それはとても嬉しい。嬉しくて――リップサービスだろうに、期待しちゃう。
女性として私を意識して、誘ってくれている……?
なんてね。
絶対にそんなことないのに!
「鈴宮さん、ちょっと休憩。そこの公園で」
この道沿いは、なぜか公園が多い。
夜の公園なんて、私一人では怖くてすぐに通り過ぎてしまうが、悠真くんが一緒なら話は別。二人していい大人なのにブランコに座る。
足の長さがあわなくて、ブランコの小ささ、低さに微笑ましくなった。
「鈴宮さんのその笑顔、小悪魔的ですね」
「え、どういうことです!?」
「だって無意識でしょう。別に意図的にしているわけではなく。ズルいですよ」
そ、そんなこと言われると困ってしまう。
そんなにズルいと言われるような笑顔なのかしら……?
「鈴宮さんから見て、僕ってどう思います?」
「!? どう思うとは……?」
突然聞かれた質問には、必要以上にドキドキしてしまう。
「つまり……映画や雑誌で見たことのある芸能人。猫好きの年下の隣人。手料理食べたがる図々しい奴、みたいな」
あ、なるほど。
それで言うなら……。
「悠真くんは……芸能人であることは勿論分かっていますが、私からすると手料理を喜んで食べてくれる猫好きのイイ人かしら。知り合って間もないけれど、距離が近くて、一緒にいると楽しいです」
「……そんな風に言ってもらえると嬉しいですね。つまり僕は……鈴宮さんの中で、好感度、高いですよね?」
「それは勿論ですよ。元カレに迫られた時も助けてくれたし、頼もしいです」
すると悠真くんが不意にブランコから降り、私の前へと移動してきた。そしてブランコの鎖をつかむと、身を屈める。驚いた私は顔を上げると、悠真くんは私の顔をのぞきこんだ。