テラーノベル
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ダフネは震えながら外套の胸元を掴んでいた。 その深緑の外套は明らかにウィリアムのものだ。
「ウィル、この服はお前のだよな?」
問えば、「ああ、余りに寒そうだったから……冬物だが手入れ前だったから貸したんだ」
〝それがなんだと言うんだ?〟
そんな眼差しを向けてくる友へ、ランディリックは「そうか……」とつぶやいてしばし思案げにダフネを見つめた。
ランディリックからの探るような視線に、ダフネが気まずそうにギュッと外套の胸元を握りしめる。丁度ペンループのある位置だ。それを見ながら、「そういえば……寄り道したとか……廊下でその女に言ってたのが聞こえたんだけど……僕たちが待っているのを知っていながら、一体どこへ寄り道したんだい?」と別の問いを投げかける。
「ああ、聞こえてたのか」
ウィリアムは申し訳なさそうに眉根を寄せると、
「実はダフネ嬢がトイレへ行きたいと言ったからさ。……ちょっとそちらへ寄ってから来たんだ」
「そう、トイレ……」
ランディリックの復唱に、ダフネがソワソワと視線を落とす。それは見るものが見たら、お手洗い事情を明かされて、恥じらいに俯いているだけに見えるだろう。
だが、ランディリックにはそうは見えなかった。
ランディリックは、ダフネの胸元へほんの一瞬だけ視線を投げかけた。
ヴァルム要塞では確かにループに差してあったはずの細身の銀のペンは――やはりなかった。
取るに足らない小さな差異。
(……偶然か?)
何故かそれがランディリックの心の中で、小さな波紋を広げるのだ。
だが、ランディリックは表情ひとつ変えずにその違和感を胸の底へ沈めた。
今はそれを追及する時ではない。
もっと大きな〝真実〟を暴くための場だ。
「ライオール卿、そろそろ――」
脱線が過ぎたのだろう。
今までウィリアムとランディリックのやり取りを黙って眺めていたセレノ皇太子――ことセレン・アルディス・ノアールが本題に移して欲しいと声を上げた。
だが、ランディリックより先にその声に反応したのは今までランディリックからの視線に縮こまっていたダフネだった。
「セレン様……私……っ!」
一歩前に踏み出すダフネに、セレンが慌てたように手を前に突き出してそれ以上近づかないで欲しいと意思表示したのと、
「お前にはまだ何も聞いていない。勝手に喋るな」
セレンを背後に庇うようにして立ち塞がったランディリックが、冷ややかな声音でそう告げたのとがほぼ同時だった。
ランディリックの静かな敵意に、ダフネの動きがピタリと止まる。
守られたはずのセレンでさえ息を呑み、ランディリックのことを幼い頃から知っているはずのウィリアムですら目をそらしたくなる冷気が、ランディリックから滲み出ていた。
怯えたように震えるダフネを気の毒に思ったのか、ウィリアムがそっとダフネのそばへ寄り添うのを憎々しげに見やりながら、ランディリックが続ける。
「さて。昨夜のことを、一から説明してもらおうか。――無論お前の都合ではなく、事実だけを、だ」
そんなランディリックの問い掛けに、ダフネが涙を滲ませ、儚げに睫毛を震わせる。ランディリック以外の者たちの目には、思わず手を差し伸べたくなるような弱々しさがあった。
(本当食わせ者だ)
だが、ランディリックは決して騙されない。いや、もし仮に心の底からの機微だったとしても、目の前の小娘がリリアンナにしてきたことを思えば許せるはずがない。
そうして、やはりダフネ・エレノア・ウールウォードという人間は、ランディリックが思った通り、強かな女らしかった。
セレンを前にしてさえなお、
「なっ、何度もお話した通り、私は……セレン様に……、その、無理やり……っ」
ポロポロと涙をこぼしながらいけしゃあしゃあとそんなことを言う。
コメント
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更新待ってました。ダフネ、いよいよ断罪かな?