TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する































酷く、穏やかな日だ。



胸騒ぎのする静けさが、滞る。



迷える仔羊をこまねく死神の足音が…





…向かって来ているのは俺の隣へとだろうか。





















太宰は最近、丸一日起きている事が多い。

正確には、寝たかと思えば三分と経たずに目を覚まし、本来彼奴が寝ているのであろう八時間が過ぎようとする其の直前に、また三分程眠るのだ。

其の様子は宛ら死体が独りでに徘徊している様なものだった。

書類仕事は終らせている筈の彼奴が、其の長い時間起き上がって一体何をして居るのか。




如何やら彼奴は、小説を書いているらしかった。




一時、彼奴の自室から迚も聞いていられない音が廊下にいた俺にさえ聞こえてきた事が有った。

ガリガリと、万年筆が紙を引っ掻く音。

俺は其の出処である扉を思いっ切り開き壁に叩き付けた。

そして、五月蝿えぞと云ってやった。

然し、彼奴には一切何の反応も無かった。

彼奴には、まるで俺の声は聞こえていなかった様だった。

俺が其処に見たのは、肉体の其れとは異なる、衝動的な何か。

其処まで考えた途端に、彼奴の周りに散りばめられた原稿用紙の色が鮮明に眼に映った。



――赤。



原稿用紙は、赤黒く、滲んでいた。

そう云えば此の部屋、鉄臭い。

其処でやっと俺は気付いた。

此の音は、紙だけを傷付けるものでは無い。



「…っ!おいっ!!」



俺は彼奴の左腕を引っ掴んだ。

俺は眼を見開いた。

深い、深い抉り傷。

鮮血がどくどくと溢れ落ちていく。

万年筆用の黒い洋墨インクが傷口に付着している。

そして流れる鮮血と混ざり合い机が生々しい色へ変わっていく。



「おいッ!!聞いてンのか!!止めろ!!」



だが、依然として其の右手は書き続けた。

原稿用紙の上で暴れる彼奴の字には、矢張り色が混ざっていた。

そして、ぽつり。

――何かが零れた音がして、字は一つ滲んだ。

突如、彼奴の呼吸が乱れていく音がした。

震え、引き攣った呼吸。

過呼吸だ。

出血のショックからか、将又全く別のものからか。

空気に溺れる苦しみに依って溢れた涙は、彼奴の叫びを濁していく。



「ハヒュッ、ヒッ、ッハッ、カヒュッ、ヒッッ、ぅ”え”ッ”“」

「ッ!莫迦ッ!!息吐け!」

「聞こえてンのか!?ッなぁ!! 」

「ヒッ、ヒュッ、カハッ」



止まらない。

眼の焦点が合わない。

俺は焦る。

麻酔剤は?

駄目だ、薬剤系は此の前使ったばっかだから此の状態には危険かも知れない。

いっそ殴るか?

其れはもっと駄目だ。今の此奴は簡単に死ぬ。



「なぁ…!頼むから、止まれよ…!」



駄目なんだ。

此奴は何時も俺の暴走を止める事が出来る。

其れなのに、

俺は此奴の暴走を…

…止められない。



「ヒュッ……」


「……?何だ…?」



急に呼吸が止む。

俺は怖くなって太宰の眼を見た。

其処には、先刻よりも確かに俺を見据える瞳が有った。



「…ちゅう、ゴホッ、ヒュッゲホッ」


「!!止めろッ!無理して喋んなッ!!」

「俺が判るか!?」

「おいッ!手前今自分が何してたか判ってンのかッ!!死ぬとこだったンだぞ!!」

「ヒーッ、!カハッ、ヒューッ、ケホッ」


涙が溢れる。


「なぁ、取り敢えず早く落ち着けよ…」

「大丈夫だから…何の心配も要らねェから…」


気が付けば俺は太宰の後ろに手を回して、左手で肩を抑えて、右手で背中をさすっていた。

要するに、必然的に太宰を抱き締める形に成る。

…は?

俺は何を云ってるんだ。俺は何をしてるんだ。 其の時の俺も今の俺も全く同じ事を考えている。


過呼吸も収まり、漸く落ち着いて来たと思った次の瞬間、


「…ッハッ、!?何、此れ、ぅ”、あ”ぁッ”!痛ッた、ッい”、!」


太宰は自身の左腕に付いた自傷の痛みに気付き、出血多量でもあった為かとうとう気を失った。

そして俺は、太宰の血と、涙と、叫びの渦巻く部屋の中に取り残された。



其れから、彼奴が目覚めたのは丸四日後だった。

睡眠を取っていなかったのと、出血過多が重なった所為だろうと首領は云った。

俺は聞いた。

此の儘では拙いのでは無いかと。

然し首領は唯口元だけ誤魔化す様に微笑み、俺の問いに答える事は無かった。













彼奴が目覚めた後で俺は、彼奴の部屋を訪れた。

あの小説について、俺はもっと知らなければならない様に感じたのだ。

彼奴は其処に居た。


「おい…安静にしてろって首領に云われただろ。」


「あはは、良いじゃ無い。其れより、はい、此れ。」


そう云って渡してきたのは、あの小説。


「未だ未完成だから途中までだけどね…君に渡しておくよ。」


「……」


何故俺の行動を見透かしていたのか、目的を知っていたのかと云う問いは声に成らなかった。

バサッと重ねられた大量の紙。

荒れ狂った字面は、最後に見たものより彩度を落としていた。


「嗚呼、因みに私は未だ読んで無いから、君が読者第一人者になるね!」


「…読んで無ぇのか。」


「何と無くね。あんな痛い思いはう然うしたくないものだし。」


「…」


あれ程散乱していた原稿用紙が今はきちんと纏まり重なっている。

左下には殴り書きの数字が読み取れた。

一、二、三…此の調子でいけばざっと二百枚は有りそうだ。

此れだけ書くのに一体何れ程時間が掛かった事だろうか。

丸々四日眠りこけた所で其の時間を睡眠に取り戻せたとは迚も考え難い。


「凄ぇ量だな。」


ぱらぱらと軽く読む。

そして其処には、見覚えの有る名が幾つも並んでいた。

特別、あの男の名は丁寧に書かれている。

俺は自我を失っても然し尚彼の名を連ね続ける太宰の記憶への執念にほとほと呆れる。

呆れ…其れには一抹の諦めとか、悔しさが混ざっていたのかも知れない。そうで有るとしても、理解出来て仕舞う俺は可笑しい。


「まぁ、部屋で読んでおくれよ。」


太宰は俺を部屋から追い出すと、二、三回手をひらひらと振って扉をさっさと閉めた。















其の次の日、俺が帰って来るとまた、最早聞き慣れた彼奴の音が聞こえてきた。

あれだけ酷く疲れていたにも関わらず、あの厄介事に首を突っ込んだ俺を称賛したい。


彼奴はまた、書いていた。

其の身を傷付け、滅ぼし、然し想い焦がれる物語を。


其れ以上書けば屹度。

俺も手前も、とっくの疾うに解ってたんだろ。


でも、俺は止める気に成れなかった。

俺が此奴に対して行った罪が、此奴を引き留める事を許さない。

此の眼の前で遣り切れない苦みを抱えた儘、此奴の燃え尽きて往く様を見る事しか、出来ない。



何処からか少年の泣く声が聞こえてくる。


白い腕に痛々しい傷が現われる。


小さな悲鳴が断続的に部屋に響く。














どれだけ立ち尽くしていたのだろうか。


俺は太宰の少し離れた正面に居た。


俺は何時の間にか目を瞑り、耳を塞ぎ、後悔の吹雪がもたらした寒気に身体を縮め震えていた。




突然、音を立て椅子が動いた事に気付く。


前を見れば、不規則に息をする太宰。


太宰は此方に向かって来ると、


あの時の俺と同じ様に、


まるで無垢な子供の様に、



俺を抱き締めた。






俺は、震える声で云った。




「、なァ…、悪かった…俺が…、悪かった…!」



「本当に…後悔してンだ…、俺が…」



「…俺が、手前から…手前の記憶を…、 」



「…奪ったンだッ…!!」




「………」




太宰の顔は見えなかった。

太宰は唯黙って俺の言葉を、涙で途切れる言葉を全て受け止めていた。




「…嬉しかったンだ…手前が、闇の中に堕ちた事が…、何時しか…嬉しくなっちまってたンだよ…」



「、でも、俺は…大切なものの為に…、変わろうとした手前を見て、無かった…!」



「…ッなァ、許せとは、云わねェ…けど、!」



「俺は手前にッ…、謝りたい、だけなンだ…!」



「…本当に…、本当に…」




「…ごめん…、太宰……!!」




俺は暫く、泣きじゃくっていた。


太宰も又、暫く同じ体勢で、呼吸を鎮めていた。


















漸くして何方も落ち着くと、太宰は俺の顔を見て、静かに微笑んだ。




瞬間、悟った。






嗚呼、此れで、終りだ。






俺は許された。然し、其処には確たる事実が存在していた。





渡された最後の原稿用紙の後半、空白を残して結ばれた完成のしるし





此の事実が、何を意味するか、俺は瞬時に悟って仕舞った。













「…ネェ、チュウヤ…」






「……マタ、ネ!」

















止めろ、止めろ止めろ!!


嗚呼、嗚呼、駄目だ!



現実が俺の背中に重く伸し掛かる。


喉の奥で煮え滾る悔恨、後悔の念も、悲嘆も全て、届かぬ儘。


必死に追い求めた彼奴の影は、足下から命の気配を失っていった。



そして、ばたん、と、音を立てて、横たわる。




「嗚呼…、 」




もう、息がない。




「…あぁ…、」




細く、弱々しく、もう、重力に逆らう事の無い、腕。




「……ぅ、」





喪失に、溢れた想い。









「ぅわ”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
















































あの後、俺の声を聞いた首領が其処に駆け付けて来た。

部屋の扉を開くなり、酷い臭いだとか何だとか、云っていた気がする。

そして首領は、直ぐに気付いた。

血に塗れて、然し血色の見られない太宰の身体、

陶器の様に一切の動きを失った太宰の顔、

其の太宰を呆然と抱える俺の、

涙に。



俺は、俺の頬に伝った涙を拭う首領を何処か遠い所から見ていた。



其の後、首領は何かを話していた。



然し俺は内容を理解する事も出来ない儘、唯唖然とする他無かった。


















「嗚呼…中原、中也君…なんて可哀想に。」

「此方に戻ればあの子は如何なるのか、そんな簡単な事も解らなかったのだね。」

「私があの子を引き戻す事を認めたのは、遠くない未来こうなる事が解っていたからだよ。 」

「でも…君には悪い事をして仕舞ったね。」

「お詫びと云ってはなのだけど…」

「太宰君は、私が綺麗に保管しよう。」

「防腐処置を済ませて、そうだな…」

「君の部屋にでも置くかい?」


「…ん?」

「此の紙は…太宰君のものだね。」

「…此れはまた…」

「…回収しなくても良いかな、うん。」

「此れは君が持っていれば良いよ。」


「太宰君を連れ戻した『罪』と一緒に、何処迄だって持って行けば良いさ…」


















































―――――

あぁぁ、遅くなってしまった…駄目だ… 折角読んで下さる皆様をお待たせしてしまってすみません。⁠:゚⁠(⁠;⁠´⁠∩⁠`⁠;⁠)゚⁠:⁠。

そして今回も読んで下さって、有難うございます…!!ほんと嬉しいです。。・゚・(ノ∀`)・゚・。

ちなみにどうでした?読んでて楽しかったり辛かったりなって貰えたら嬉しい!!(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

次、最終回になりそうです。

ハートもコメントも、ほんのちょっとでも投稿頻度への文句でも、何でも下されば嬉しいです…!

消えた心の芯を求めて

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

210

コメント

4

ユーザー

中也ぁ…悲しい…

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚