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荒廃した世界にも、焼きたてピザの匂いを覚えている者はいる。
それは、エリオットだった。
⸻
かつて世界は平和だった。
街の中心にある小さなピザ店――Builder Brother’s Pizza。
赤いバイザー。
赤いシャツ。
黒いズボン。
店の制服に身を包んだ二人の男は、毎日変わらない日常を送っていた。
一人はエリオット。
長い金髪と青い瞳を持つ青年で、いつも笑顔を絶やさない。
忙しい昼時も、閉店間際も、失敗した注文さえ笑い飛ばすような男だった。
もう一人は、エリオットが勝手に「ピザガイ」と呼んでいる男。
銀髪。
黒い瞳。
大柄な身体。
無口で不器用。
愛想はない。
だが誰より真面目だった。
「ピザガイー」
「……」
「今日もしかめっ面だね」
「うるさい」
「ほら笑って」
「嫌だ」
そんなやり取りを毎日繰り返していた。
エリオットは知っていた。
ピザガイが客のいないところで子供にキャンディを渡していること。
迷子を見つけると放っておけないこと。
閉店後、誰も見ていないところで自分のミスを黙ってフォローしてくれていること。
だからエリオットは好きだった。
不器用なこの男が。
⸻
その日までは。
⸻
空が裂けた。
音もなく。
前触れもなく。
巨大な鉄の門が現れたのだ。
街の上空に。
まるで世界そのものを切り裂くように。
そして。
門の向こうから現れた。
ルナティック。
人間ではない何か。
歪んだ肉体。
異形の瞳。
狂気そのもののような存在たち。
彼らは街を蹂躙した。
噛まれた者は死なない。
だが生きてもいない。
肉は腐り、瞳は濁り、理性を失った怪物へ変わっていく。
ゾンビ。
昨日まで笑っていた隣人。
常連客。
友人。
家族。
誰もが化け物になった。
世界は三日で終わった。
⸻
今。
Builder Brother’s Pizzaは廃墟になっている。
割れた窓。
崩れた看板。
色褪せたメニュー。
かつて二人が働いていた場所は、もう存在しない。
「……五体」
屋上でライフルを構えたピザガイが呟く。
遠くの通りを歩くゾンビを見つめながら。
「六体じゃない?」
エリオットが双眼鏡を覗き込む。
「奥にいるよ」
「……本当だ」
「僕の勝ち」
「勝負してない」
「した」
「してない」
「した」
ピザガイはため息を吐いた。
世界は終わったのに。
エリオットだけは何も変わらない。
変わらないから。
少しだけ救われる。
「行くぞ」
「了解」
二人は屋上から飛び降りた。
ライフル。
ショットガン。
腰の拳銃。
荒廃した街を進む。
かつて配達していた道を。
ゾンビの群れが現れる。
発砲。
銃声。
血飛沫。
悲鳴。
腐った肉片が飛び散る。
エリオットは軽やかに敵を撃ち抜きながら笑う。
「右!」
「分かってる」
ピザガイのショットガンが火を吹く。
ゾンビが吹き飛ぶ。
背中を預け合う。
呼吸を合わせる。
何年も一緒に働いていたからだろう。
言葉がなくても分かる。
どこにいるのか。
何を考えているのか。
次に何をするのか。
⸻
戦いが終わる頃には日が沈んでいた。
二人は廃墟となったガソリンスタンドで休憩する。
エリオットは缶コーヒーを開けた。
「ねえ」
「なんだ」
「もし世界が元に戻ったらさ」
ピザガイは黙る。
「またピザ屋やろうよ」
風が吹く。
遠くで炎が揺れている。
「……」
「僕は配達担当ね」
「お前は注文を間違える」
「三回だけだよ」
「一週間で」
「細かいなぁ」
エリオットは笑った。
だがその笑顔は少しだけ寂しそうだった。
「元に戻るかな」
静かな声だった。
初めて聞くような弱音。
ピザガイはしばらく黙っていた。
それから。
大きな手を伸ばす。
エリオットの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「うわっ」
「戻す」
短い言葉。
不器用な男らしい言葉。
「俺が」
エリオットは目を丸くする。
「だから生きろ」
夕暮れの光が二人を照らした。
エリオットは少しだけ笑う。
本当に少しだけ。
そして。
その大きな肩にもたれかかった。
「……うん」
ピザガイは何も言わない。
ただ離れなかった。
世界は終わった。
明日も地獄だ。
ルナティックは増え続ける。
人類は滅びかけている。
それでも。
二人は生きる。
いつかまた、焼きたてのピザの匂いがする日を夢見ながら。
あーうんがってん承知の助(?)
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ゆゆゆゆ