褐色の枯葉と雑草が生い茂った、管理の行き届いていない建物の裏を、しゃりしゃりと歩いた。この半年間追いかけてきた謎の答えがこんなにあっさり開示されることになるとは、思っていなかった。しかし、寂しさなどは全くない、今はただ、真相を知れるのが待ち遠しかった。
「来たね。」
約束の場所には、もう既に紺がいた。少し顔色が悪い、当然だ、彼は今から、トラウマの一部始終を口に出して教えないといけないのだから。
「まずは、僕から話しましょうか。」
「うん。ありがとう。」
先日、紺が、校長室で言い放たれた言葉。縷籟警軍の重役が、“曲げられないもの”、そして“逆らえないもの”……。
「在り来りな答えで申し訳なく思いますが。僕は、所謂、“権力”なんじゃないかと思っています。」
「権力?」
「はい。お金とかも有り得るかもですね。」
「つまり、縷籟ですごく大きな富や権力を持った人間が、縷籟警軍を操ってるってこと?」
「その通りです。」
「でも……任務が危険になったのって、今年度からだよ。急になったってことは、良からぬことを企んでる人が、今年度から昇格して重役になった、とか?そんな人の言うこと、素直に聞くのかな。」
みずなは黙って、目を瞑った。紺はみずなの次の言葉を、相変わらず青い顔のまま、待つ。
数十秒の沈黙の後、みずなは、小さな声で言った。
「僕は、そうは思わない。何かを企んでいる人物……Xとしましょう。Xは今年度から急に権力を持ったのではなく、元から権力を持っていた人間だとは考えられませんか?」
「つまり?」
「Xには今年度から、何かしらの理由で特待生への任務を難しくしなければならない事情ができた。Xはそれを、自分の権力を駆使し、無理やり実現させて見せた。」
「……なるほど。そうなると……オトギリの存在も、随分と都合よいもののように感じない?」
「その話、僕から切り出そうと思っていたのに。」
「ごめん。」
みずなは「いいですよ別に」と呟くと、言葉を続ける。
「Xは……もしかしたら、オトギリのボスかも知れませんね。そのボスが、権力を持っている存在だった場合、縷籟警軍を弱くし、強い敵を派遣すれば……。」
「まるで任務で死んでしまったかのように、まあ実際にそうなんだけど……怪しまれずに特待生たちを殺せる、ってこと?」
「そうなります。」
「そんな漫画みたいな話、あるのかな。」
「無いことを祈りたいところですが、現状として、危険な任務が続いてるのは事実ですから。オトギリとの関連性や権力を持ったXの存在の有無は置いておいて、何かが特待生を撲滅させるために動いているのいうのも、また事実になってくるのでは。」
「その言われ方をすると、余計、オトギリとの関連性を疑いたくなってくるね。」
「僕たちは今、手のひらの上で踊らされている。どうにかしないと……下手をすれば、全員、任務で殺されるかも知れない。」
「そんなことにはさせない。てか……今年の4年生が、任務ごときで、死ぬはずがない。」
紺の表情は固かった。まあ……鈴村 灯向や小城 蓮人が、普通の人間のようにそう簡単に死んでくれるかと言われると、決してそうではないだろう。紺の言うことは何も間違っていない、だからこそ、みずなは不安だった。
何らかの事情で特待生を撲滅しないといけない人間。これは仮説だが、そのためにオトギリという組織を創り、縷籟警軍の重役たちを権力でひれ伏せさせるほどの人間。そんな存在が、4年生の強さを把握していないはずがない。
「……うん?コン先輩。オトギリって、いつからある組織なんです?」
「ええ、っと……。」
紺は必死に、記憶を遡った。頭にふっと、4年寮に呼ばれた日の、徇の言葉が浮かぶ。
「“随分と前から本職が追ってる”……みたいなこと、言ってたかな、ジュン先輩は。あと、思い出したんだけど、ジュン先輩は確かに「“縷籟警軍の撲滅”を目標に活動している」って言ってた、それ自体を始めたのは、今の4年が入学した頃。あと、オトギリは会社に雇われてる。」
「……なんでそれをもっと早く言わないんですか。」
「ごめん。」
みずなはため息をついた。そのため息が妙に心に痛く、紺は申し訳なさそうに俯く。
「つまり、3年半前までは縷籟警軍全体を狙っていたオトギリが、今年度から何らかの事情でその学校の特待生だけに標的を絞った、ってことですよね。もしかしたら、その、オトギリを雇っている会社の指示か。」
「会社か……ジュン先輩に、調べてもらおう。」
「進展があったら僕にも教えてくださいよ。」
「うん。この事も一応、4年生には共有しておくね。ありがとう、ミズナ。」
「いいんです。ササメ先輩とカイト先輩の話を聞くためですから。」
「……そうだった。忘れてたよ、危ない。」
「有り得ない。」
紺は深呼吸をした。みずなは紺の手を見た、震えている。とても申し訳ないと思った、けれど、ここまで来て何も聞かずに帰れるほど、みずなは他人想いの人間ではない。
「まず、ミズナは……今の3年が、過去に受けたいじめについて、どれだけ知ってる?」
「標的にされていたカイト先輩をササメ先輩が助けて、今度はその逆が起こり、ササメ先輩の水筒に毒が入れられたところで流石に告発した、だけしか。」
「うん、もう十分なくらい知ってるね。……うーん、どこから話すのが正解なんだろう。結論からか、こういうのは、結論から話すのが早いのかな。」
「うだうだ言ってないで早く教えてください。」
「ごめん、結論から言うよ。えっと、びっくりしないでほしいんだけど………いや。ちょっと待って。」
「何なんですか貴方。」
みずなは少し、イラッとした。紺がどもっているところなんて見たことがない。
紺はまた深呼吸をしてから、肩を回した。そして、覚悟が決まったような顔をして、その場に座り込む。
「まず、あの時……俺たちが1年生の時にあったことを話す。長くなるから、静かに聞いてね。とりあえず、ちょっとずつ、頑張って話すから。
まず、最初いじめられてたのは、カイトだけだった。かなり酷くて、俺は怖くて何もできなかった、けど、ササメは違って。なくなった物を一緒に探したり、汚されたものを綺麗にしてあげたり、とことん手を差し伸べた。そうしたら、いじめの標的が、ササメになった。
カイトへのいじめは物を隠したり落書きをしたり、主犯格たちは目の前でそれを見て笑ってたんだけど、対して、ササメへのいじめは、だいぶ陰湿だった。椅子に画鋲を敷き詰められたり、席に花瓶が置いてあったり。本人たちが目の前に来ることはなくて、ささめは平気そうだったけど、何よりカイトが、どこか悲しそうな顔をしてたのをやけに覚えてる。その時の教員たちも生徒会たちも、その事を知らなかったか、見て見ぬふりをしてた、今思えば、主犯格がどこかの重役の息子とかだったのかも知れない。
そんなある日、放課後の教室で、ササメが毒入りの水筒を飲んで、口から血を吹き出した。一緒にいたカイトが教員を呼んで、それがまあ、なかなかな大騒ぎになって……。そのまま主犯格たちは退学になった、彼らは最後まで、毒を盛ったことを認めなかったけど。ここまでが……一般的に、みんなが思っている、いじめの全容。」
みずなは黙ったままだった。何かじっくり考えているようだ、紺はそれを見てもなお、お構い無しに続ける。
「でもこの一連のいじめには、不可解なところがたくさんある。」
「もしかして、カイト先輩とササメ先輩をいじめたのは、別の人物なんじゃないですか?」
紺は驚いたようにみずなを見上げた。
「そのリアクションは、当たりですか。」
「うん。どうしてそう思った?」
「ササメ先輩にされたいじめって、全部、誰がやったかわからないようなものばかりじゃないですか。カイト先輩をいじめて目の前で笑っていたような奴らが、そんなことするって、少しおかしいなって。それにコン先輩は「主犯格は最後まで毒を盛ったことを認めなかった」と言った、つまりそれ以外のいじめ自体は認めていたということ。厳密には、彼らが認めなかったのって、“ササメ先輩へのいじめ”なんじゃないですか?」
「……笑いたくなるね。探偵でもやってた?」
「コン先輩の話し方が下手なんです。何かを隠していること、わかりやすすぎる。」
「うっ……。」
その言葉はグサッと音を立てて、紺の心に刺さった。
「……じゃあ、カイトをいじめてたのはその主犯格たちだったとして、ササメをいじめてたのは、一体誰だと思う?」
「まあ、そうやって聞いてくるってことは……カイト先輩、ですよね。」
紺は声を出すことなく、こくんと頷いた。みずなは苦笑しながら続ける。
「発信機をつけるような人ですから。自分のことを守ってくれたササメ先輩に自作自演のいじめをして、守って、自分に依存させた……あるいは、ササメ先輩の困り顔を見て興奮していた、ただの性癖異常者か。そんなところですかね。」
「カイトがやったことは立派な殺人未遂なんだよね、水筒の毒は、余裕で致死量を超えていたから。俺とカイトは、ササメが毒に耐性を持っていることを知ってたから……カイトは最初から、ササメを殺すつもりはなかったとしても。」
「でも……コン先輩はどうして、カイト先輩がやったってわかったんですか?その察しの悪さで。」
「うるさい。……カイトはひとつ、とんでもないミスをしたんだよ。 これ言いたくないんだけど、言わなきゃだめだよね。」
みずなは頷いた。紺はまた深呼吸をした、先程からこの男は、みずなの1年分くらいの深呼吸をしている。
「なんで俺がこれを知ってるかと言うと……カイトが毒を盛ってるところを、見ちゃったから。」
「あー、なるほど、そうなんですね。」
「俺の人生でいちばんのトラウマなんだけど。軽いよ。」
「今、僕の人生史上、いちばん同情してますよ。」
「……授業が終わって、みんな帰った教室に、忘れ物を取りに行った。みんな教室に、水筒、忘れがちだったから。そしたらドアが閉まってて。ドアを開けたら、カイトが……ササメの水筒に、何かを入れてた。目が合って、咄嗟に逃げて……次の日、ササメに毒が盛られたって聞いた時は、背筋が冷えた。あの日以来、俺は水筒が飲めない。」
「可哀想に。」
全てが解き明かされた。紺が海斗を怖がっていた理由、ささめに逆らうなと言った理由、紺があの日見てしまったもの。そんなものだろうと思っていた、海斗は、人としてあまり良くない愛し方をしている。
ささめが海斗のことを麻薬に例えたのは、きっと彼も、海斗の異常性を、心のどこかで理解しているのだろう。ささめは恐らく自分に毒を盛った人物を把握していないが、それでも、海斗に“蝕まれている”ような自覚はあるようだった。こういうのはあまり良くない、普通の友達でいたいと思いつつも、海斗の自作自演に乗らされ、罠から出られないでいる。
「……ミズナ、約束、覚えてる?」
「覚えていますよ。金輪際、用もなしにあの2人とは関わりません。」
「うん。カイトがこの事をミズナにも知られたとわかれば、確実に、何かをしてくる。殺人未遂がバレれば、当然退学どころの話じゃないから、カイトは本気でやってくる。」
「わかってます。もう満足したので平気です、ありがとうございました。」
みずなは本当に満足したのか、来た道を引き返して、3年寮へ戻って行った。その背中を見送ってから、紺はため息をついて、外壁によりかかってずり落ちる。
(誰も巻き込まないと決めたのに、言ってしまった……。)
良かったのか。いや、良かった、そう思いたい。実際、みずなのお陰で、今の縷籟警軍を裏から動かしている存在について、具体的な想像をすることができた。
この後、右腕を失った陸が戻ってきて、みずなと紺が話し合っていたことに少しだけ現実味が帯びるのは……もう少し、先の話である。
涼しい風を赤や黄色に彩っていた葉が、今度は地面のアスファルトを染め上げる季節の、とある夜。灰色の雲の間から、目に残像を残すほどキラキラと輝く月が、妙に心地悪い。
「ねえ、トト。家に帰るつもりはない?」
いつもは落ち着くはずの灯向の声も、その日は、やけに気持ち悪かった。どうして今、そんなことを聞くんだ。足りない頭で考えても、一向に答えは出ない。
「……帰ってほしいの?」
「おれは帰ってほしくない。でもサクラに頼まれたから、訊かなきゃって。」
「帰るわけねえだろ。俺の家はこの寮だよ。」
「んー、だよね。その言葉を聞けて安心するよ。」
灯向はそれだけ告げると、「はなく寝なよ〜」と、階段を登っていった。蓮人が悪夢でそう簡単に寝れないのも知っている癖に、どこまでも配慮のない奴だ。
時計を見る。日付が変わろうとしていた。明日には、久々の任務がある、ジュンの付き添いでアスモまで行く。悠長に夜更かししている暇もない。
その人のせいだからと言って、その人が必ずしも悪い訳ではない。この件は自分のせいだが、自分は何も悪くない……蓮人はそう思っていた。
(悪いのは全部、親父。だからこそ俺は……“縷籟警軍”として、親父を、小城を………。)
桜人には何も関係がないので、巻き込んではいけない……はずだったのに。桜人を巻き込んだことにより、父親への憎悪が増した。桜人の事は嫌いだ、しかし、桜人を道具として扱う父親のほうが、もっと嫌いだ。
次に空を見上げた時、月は、雲に隠れてぼやけていた。全てを終わらせなければならない、自分がどうなろうと、何としても……次の桜が、舞う前に。
続く






