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「はあ……。」
この男は、先程から、ため息をついてばかりだ。どうも後ろから抱きつく気にはなれず、蓮人は静かに、彼の横を歩く。
「やっぱ厳しい?」
「まあ、ここは知ってる場所だからな。」
「とことん運が悪いね。」
徇の手は、見てわかるほどに震えていた。握ろうとすると、「手汗やばいから」と払われる。
「別にいいのに。」
代わりに腕を絡めると、徇は少し動揺したように蓮人の顔を見てから、肘で脇腹を小突いた。
「いてっ。」
「歩きにくすぎる。手を握られた方がマシだ。」
そうやって差し出された手を、蓮人はしてやったりという顔で握る。汗で湿った手はぬるく、同時にとても冷たかった。
「……ありがとな、ついてきてくれて。」
「まあ……リボンが腕吹っ飛ばされて帰ってきた以上、ジュン1人で行くのは、危険でもあるし。あと俺は、どこでもどこまでも、ジュンと一緒にいたいだけ。」
「そうかよ。」
愛の告白を、軽くあしらわれてしまった。「オレもレントと一緒がいい」の一言くらいあっても良いのではないかと思う反面、そんな欲しがりな自分がおかしくて笑ってしまう。
アスモ大公国。13あるうちの10番目、端のほうにある小 さな国だ。古代文明の遺跡や山脈、砂漠を始めとした多彩な風景、そして明るい国民。唯一の欠点である“異常な犯罪率”を除けば、とてもいい国だ。アスモには1部治安の悪い地域があり、そこで蔓延っている違法薬物の生産・販売や犯罪組織同士の抗争、“ハルシネ”を持つ能力者の拉致などは、立派な社会問題になっている。
それだけならまだ良いのだが、このアスモ大公国の人間は、他国でも頻繁に罪を犯す。特に縷籟では、法典を知らぬ存ぜぬで通る訳もなく。縷籟警軍の派遣先としても異常なほどの割合を占めている、その観点でいえば、西賦と同じく厄介な問題児国家だ。
「案内の人はいないの?」
「仕方ねえだろ、オレら、縷籟人だし。あとオレの名前聞いたら逃げてくんだよ、ここの国民は。」
「そうだったわ。全世界のクロセへの風評被害すぎるよね、お前の親父はさ。」
「はは、オレ以外のクロセが気の毒でならねえよ。まあ、オレの方が可哀想だがな。」
徇は笑った。彼は自虐ネタが好きだ、蓮人にはその気持ちがよく分からない。辛かった思い出を無理に笑い事にすることで心を誤魔化そうとしているのだろうか……そんなことをしても、余計に虚しくなるだけではないか。自虐をしている時の徇は、見た事もないくらい爽やかに、でもどこか寂しく笑う。その表情が嫌いだった。
他愛のない会話をしながら、その場から逃げるような手に引かれて、知らない場所を歩く。徇はここを知っている場所だと言った、1秒でも早く離れたいのだろう。縷籟とは別方向だとしても、異国の奥に迷い込むことになっても、確実に、遠くに。
「どこに向かってんの?」
徇は返事をしなかった。無視だ、無視された、有り得ない。
「なあ。犯人はどこに出んの?」
「知らねえよ。とりあえず役所に向かってる。」
「さっきの質問の時にそう答えてよ。案内の人はいないって話だよね?」
「悪かった、聞こえてなかったみたいだ。案内はいないが、何も知らされてない以上、聞きに行くしかねえだろ。基本的に役所には行かなきゃいけないルールだしな。」
「縷籟警軍学校4年目だけど知りませんっした。」
「毎回言ってる、お前は毎回そうやって言う。認知症のジジイかよ。」
失礼だ、明確な悪意がある。でもその悪意が、蓮人には心地よかった。
独占欲とは違うが、誰にでも優しい徇に、強い言葉を使われるのが好きなのかも知れない。夕飯時、蓮人の魚だけ骨が抜かれていないのも、徇がただ特殊な愛情表現をしているだけだ。悪意から滲む厚い信頼と友情、蓮人はこれに、どうしようもなく惹かれてならないのだ。
「時に、ミズナくん。人と仲良くなるためには、なにをすればいいと思うかい?」
「え?」
「え?じゃないよ!」
縷籟警軍学校、1年の棟。放課後の誰もいない教室で、颯希は、大きな声でみずなに問いかけた。
「仲良くなるためには、どうすればいいと思う!?」
「……うーん。僕にとっては、サツキたちが初めての友達だから、わからない。」
「そうかい、ミズナくんよ。では私が、答えを教えてやろう。仲良くなるための第1歩、それは………裸の付き合い、だよ。」
「……ああ、そう。」
「興味無さそうにするな!」
颯希は去ろうとするみずなの腕を掴んで、必死に引き止める。みずなはため息をついてから、颯希の目を見た。
「サツキ、トアのこと気にするのはいいけど、そもそも僕たちはそんなことしなくても、もう仲良いし。」
「ミズナくんがそんな風に思ってくれてただなんて!私嬉しいよ、入学当初のミズナくんなんて……」
「ああ、うるさいうるさい。」
みずなは不機嫌そうに背を向ける。
「逃がさないよ、ミズナくん!ミズナくん以外にはもう声掛けて、みんな二つ返事でいいよって言ってくれたのに!あなたはどこまで消極的なんですか!」
「………4人で入れば。僕は寮が違うから、そもそも1年生にいないようなものだし。」
颯希は大きなため息をついた。
「断られるとは思ってたけど、ここまで頑固だとは。でも大丈夫、私についてきて!」
みずなの腕をグンと引っ張って、もう片方の手で自分とみずなの荷物を回収すると、颯希はずかずかと教室から出る。
「なっ、とことん勝手だね、君は。」
「今の口調、少し懐かしい。」
「……僕が悪かったから、過去の話はやめて。」
颯希が大きな音を立てて開けたのは、隣の教室のドアだった。
「トアくーん。ミズナくん説得したよ、入るって!」
「おっ、マジかよ、よく説得したな。」
「ちょっと待ってよ。僕は入るだなんて一言も……。」
そこまで言って、ふと翔空を見たみずなは、言葉に詰まった。翔空が自分のことを見る、期待に煌めく目が眩しかったのだ。颯希に抵抗するため手に入っていた力が抜け、大きなため息をつくと、みずなは苦笑しながら手をひらひらさせる。
「……わかったよ。降参だよ、僕の負け。グルとかセコいけど。」
「はは、バレたか。ここに連れてくるまでが計算のうちだぜ。」
「ミズナくんはトアくんに弱いからね〜。」
「そんな事ないけど。」
颯希から鞄を返還され、みずなは渋々、盛り上がる2人について行った。
外は冷え込んでいた。もうじき冬になる、絶好の温泉日和だ。
1年寮を素通りして、3年寮の前まで来た時、みずなはふと、その扉を見つめた。人の気配がする、中にいるのは、ささめと海斗だろうか。紺から聞いた話を思い出して、みずなは少し、体調を崩したような気分になった。
あの時は平気な顔をしてすぐに場から立ち去ったが、あの時、みずなは、腹の底から湧き流れる吐き気を隠そうと、必死だった。海斗の行動が、ただただ不快で気持ち悪くて。これ以上関わるなどこっちから願い下げだ。みずなは自分のことを、道徳心のある人間だとは思わない、これは海斗が「殺人未遂を犯したこと」に対する嫌悪ではない。ただ……彼があまりにも利己的で、自分勝手で、性根が曲がっていて、気分が悪いのだ。
そもそも、ささめに体調不良を起こすほどの毒は、どこから入手したのだろうか。一朝一夕には手に入らないものなはずだ、つまりその間、彼の頭にはずっと変わらない、“ささめに毒を盛る意志”があったということ。寒気がする、常人なら、思いつきはしたとしても行動に起こさないし、起こしたとしても毒を入手する間や盛る前に踏み止まるだろう。それが純粋な殺意であればまだしも、彼のそれは殺意紛いの愛情であるため、なお理解に及ばない。
「ミズナ、どうした?怖い顔して。」
いつの間にか表情が硬っていたのだろうか、前を歩く翔空が、心配そうに覗き込んできた。顔をあげると、4年寮までもうすぐのところまで来ていた。
「……なんでもない。」
「そうかよ。」
颯希が4年寮のドアをガチャっと開けると、2階に続く階段の方から、「いらっしゃーい!」と大きな声が聞こえた。
「ヒナタせんぱーい、お邪魔しまーす!」
負けじと大きな声で叫ぶ颯希に、みずなは耳を塞ぐ。
「あ、男湯には今ユウがいるから、1年生は女湯使ってー!」
「えー?ヒナタ先輩いま、女湯って言いましたー?」
「言ったー!」
「女湯に入らせるとか、ヒナタ先輩の、えっちー!」
「サツキが男湯に入ることの方が問題あるんじゃないですかー!?」
「ざんねーん、私は男でーす!」
「階を跨いで会話するなよ!」
翔空が苦笑混じりにツッコむと、颯希は楽しそうに笑って、「じゃあねー先輩!」と階段に叫んでから浴場の方へ歩いた。いつもは使わない女湯の方の暖簾をくぐって、脱衣所に出ると、そこには既に素っ裸の光と桜人がいた。
「えっ、裸のまま脱衣所で待ってたの?変態?」
軽蔑の眼を向けられて、桜人が悲しそうに眉を潜ませる。
「ゴミを見るような目で見ないでよ。女湯に踏み入るの怖くてさ。」
「脱衣所まで来てるのに、それはないでしょ!」
颯希は笑って、服を脱ぎ始めた。その場の全員が咄嗟に目を逸らす。
「……私、男だってば!」
「悪い、気にせず続けてくれ。少し罪悪感が……。」
「男だってわかってるけどよ、サツキは顔が……なんだ、可愛いから、なんか見ちゃいけねぇもん見てるような気がして……。」
「もう、私いちばん最後に脱ぐね!4人とも先に行ってて、余計に恥ずかしいじゃん!」
機嫌を損ねた颯希は、みずなと翔空のほうをジロジロと見た。「早く脱げよ」と言わんばかりよ痛い視線に、2人はやりくにそうにしながらも、渋々服を脱ぐ。
4人が風呂への扉を開けたことを確認してから、颯希はワイシャツのボタンを外して、袖から腕を外す。
「……私って、そんなに、女っぽいかな。」
ふと、そんな言葉が零れてくる。颯希はハッとして、焦って周りを見渡した。
(私ってば、何を今更……!恥ずかしい!)
女っぽいと言われるのは不快ではない。颯希は可愛いものが好きなので、そうやって褒められるのは、むしろ嬉しいことだ。しかし、この趣味は、所謂「悪趣味」の部類である。それ自体、颯希は気にしていないが、周りの人に距離を置かれると、やっぱり悲しい。
自認が女性な訳でも、女性になりたい訳でもない。この見た目は颯希を颯希たらしめるただの個性である、性別が女でも男でも、颯希は今のような自分が好きであったと思う。
(みんなに気遣わせるのは、良くないかな……。いやでも、私が今からイメチェンしたところで、内面は変わらないから……オカマになっちゃうかも!)
服を全部脱ぎ終わってから、颯希はゆっくりと浴場へ向かう。その途中、体重計があるのを見つけて、周りを見回してからそっと乗ってみた。
「……太ってる!いや、筋肉がついたのかなぁ……。」
授業などで行われる訓練、先日の任務での生死を分ける実戦など、最近は体力面でも退屈しない日々が続いている。
別に痩せていたい訳ではない。しかし、このように数値で突きつけられると、少しだけ気にしてしまうのも事実だ。とことん女々しい自分がどこか恥ずかしくなってきて、颯希は体重計を離れた。
「ねえ。背中流そうか?」
後ろからかかった声に振り向くと、みずなが立っていた。てっきり嫌われているものだと思っていたので、桜人は驚きのあまり「えっ!?」と声を出す。
「いいの?」
「うん。そのお礼に、サクラに訊きたいことがあるんだ。」
「………なるほどね。別に、背中流してくれなくても答えるけどね、ありがとう。」
みずなからの質問となると、妙に緊張してしまう。彼は随分と察しがよく、些細なことにもすぐに気がつく性格をしている。質問されることの心当たりが全くないので余計に怖いのだ、日頃から避けられているように感じていたせいもあるだろう。
「訊きたいことって?」
「小城製薬のことについて。」
「…………小城製薬?」
予想外の返答に少し驚いたが、冷静を取り繕って返した。みずなはそんな彼に構わず、桜人の背中を擦りながら、静かな声で続ける。
「小城製薬って、昔、ウエポンの増強材の製造疑惑が出たことがあるでしょ。あれ、疑惑じゃなくて、事実だったんだっけ。」
「うん、事実だったよ。ぼくの祖父にあたる、前代の社長が違法に製造していた。」
「その増強剤って、販売はされてなかったみたいだけど、誰か使った人がいるの?」
「ぼくは知らない。誰かが飲んでいたとしても、もうその人は年老いているか、死んでると思うよ。」
「ふーん。僕が読んだ記事には、増強剤の遺伝についての言及があったけど、そこの事実はどうなの?」
「うーん……ぼくはウエポンのことだったり、それを応用したウエポン増強剤が具体的に、体のどこにどのような影響を及ぼすのかだったりを知らないから、なんとも言えないかな。」
シャワーの音がやけにうるさかった。この会話は今、この浴場内にどう響いているのだろうか。
みずなは少しだけ手を止めてから、声のトーンを落として、続けた。
「あの増強剤って、具体的にどんな風にウエポンが変化するの?」
「噂によれば、ウエポンが大きくなるとか、人を殺せるようになるとか……。あ、人を食った分だけ大きくなるって噂もあるよ、本当かどうかは知らないけど。」
「……なるほど、なんか、妖怪みたいだね。ちなみに……君はあの増強剤の影響を受けているの?」
「どうしてそんなことを訊くの?ちなみにって言ってる割には、ぼくにはなんだか、その質問が本命のように聞こえるけど。」
「そうかな。気分を損ねたのならごめん。」
「ううん、別に平気だよ。ぼくは、あの増強剤の影響を受けている。」
「え?」
「……って言ったら、どうする?」
「真面目に答えてよ。」
「はは、ごめんごめん。背中流し終わった?お礼にぼくにも流させて。」
桜人は話題を逸らして、有耶無耶にしようとしている。しかしその態度自体が、彼はおそらく増強剤の影響を受けているのだと示す、何よりの根拠のように感じた。
桜人は正直な人間だが、決して馬鹿ではない。影響を受けていないのならば、或いは影響を受けているがその事は隠したいのならば、否定をすれば良いだけだ。けれどそれをしなかったのは、隠すつもりはないが大きな声で言いたくなかったか……或いは、何らかの事情で、嘘をつけなかったかのどちらかだろう。浴場は声が響く、この空間には光や翔空、颯希もいる。3人に知られたくない理由はよくわからないが、みずなは前者だと考察した。
(もしサクラが本当に増強剤の影響を受けていて、それが遺伝によるものなら、当然……レント先輩も、それを受けていることになる。)
縷籟警軍学校の特待生を脅かす存在が、一体何なのかは、まだ具体的な想像は全くつかないが……少なくとも、自身の身体能力が高い上に、増強剤入りのウエポンを持った蓮人がいれば、彼がそこら辺の犯罪者相手に死ぬことはないだろう。今回のアスモ大公国での任務は、特に危険が無いかも知れない。
みずなはこの学校、そしてこの軍隊の行く末を、とても不安に思っていた。殺人未遂をした生徒がいたり、大企業の息子が2人も在籍していたり、何かと今の縷籟警軍の特待は、不安定な気がしてならない。陸の片腕が無くなってから、その不安は徐々に具現化し、みずなたちを少しずつ脅かしている。
(……杞憂だ。きっと全部、杞憂に終わる。)
自分にそう言い聞かせながら、みずなは、正面の鏡に映る桜人をそっと見つめた。顔を上げた彼と鏡越しに目が合った時、確かに感じた気味の悪さに、思わず息を呑む。そして動揺を隠すように、みずなは見て見ぬふりをして、そっぽを向いた。
続く