テラーノベル
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………
胸がふさぐ。
気分がふさぐ。
心が重たい…。
今日もし、ずっと家にいたら。
響のお見合いなんて見なければ。
今頃平和に、漫画とか読んでいられたかなぁ…
まさか…川西くんに告白されるとも思ってなかったし。
…お見合いなんてやだって言ってれば。
今日外へ出かけてこなければ。
後悔に絡め取られて動けない。
早く帰りたいのに…
本当は響が、あの女の人と別れて、ここに来てくれるんじゃないかってどこかで期待してる。
もう一軒行くって言ってたけど…響なら、そんなことしないで、来てくれるような気がして動けない。
…その時、店内の空気がふわりと揺れた。
重々しいドアを開けたのは、背の高い男の人…
「…真莉ちゃん…?」
「やっぱまだいたか…」
響の姿を期待していた私の視線は、真莉ちゃんから外れて、少し泳いだ。
「川西、お前に告るだけ告れた…って言ってさっきの店に戻ってきたんだよ。
そしたら、金も払わないで出てきたことを思い出したって言うからさ」
「あぁ…そういえば…」
「で、照れくさくてもう行けないっていうから、代わりに金を払いに来たというわけ」
真莉ちゃんはそう言って、ほとんどカラになってるグラスを見て「帰るか」という。
「…別に、よかったのに…」
そう言ったものの、真莉ちゃんは川西くんに預かったらしいお金で精算してくれた。
重いドアを真莉ちゃんが開けてくれる。
上着を持ってない私を見て、呆れたように言った。
「…ずいぶん薄着だな。この時間は結構冷えるぞ」
「大丈夫。少し頭が冷えていい…」
「…」
真莉ちゃんの顔を見れば、響のお見合いのことを喋りたくなる。
でも話せば長いし、お酒飲んでるから、今日は帰らなくちゃ…
「なんかあったか?」
頭から、ほんのり温もりの残る大きな上着がかけられた。
「…ちょっと真莉ちゃん…!上着いらないよ」
「…上着じゃない。なんかあったか…って聞いてんの」
ふと、真莉ちゃんを見上げる。
涼しい目元の視線が落ちてきて、やっぱりそうかな…と思う。
「真莉ちゃんこそ…なによ?」
「…は?」
「私に気づかいをしてから何かあったか…なんて聞いてくるのは、自分に何かあったとき…じゃない?」
ふとそらされた視線。
多分私の読み通りのはず。
「…俺の話はいいから」
「じゃあ私の話もいいよ」
「大丈夫なのか?」
「…何が?」
「さっき、見たんだよね。響さんが女の人とタクシーに乗ったとこ」
……………
「…あ、川西くん?琴音です。昨日はいろいろありがとう」
昨晩、真莉ちゃんと別れて…よく眠れないまま朝になり、ぼんやりしているうちに昼になった。
…なんという生産性のない時間の使い方なんだろう。
響に再会する前なら、毎日バイトが忙しくて、いつも時間に追われていたのに。
そんなことを思いながら、昨夜真莉ちゃんに言われたことを思い出した。
「川西のこと、絶対にワンチャンないんだろ?だったら早く振ってやれよ?」
確かに。
そして早速電話をかけたところ。
「うん…昨日1人で喋って出てっちゃってごめんな」
ううん、いいんだよ…と返しながら。
「あのね、昨日は言えなかったんだけど、実は私、付き合ってる人がいるんだ。だから川西くんとは付き合えない」
川西くんはふふ…っと笑って、わりと予想してたような雰囲気。
「だと思った…。琴音マジで可愛いし、これで彼氏がいないはあり得ないって思ったもんね」
わかってくれたなら良かった…!
ホッとしていると、川西くんが「ところで…」と話を続ける。
「琴音の彼氏ってちゃんとエリートなの?俺の就職先、MKG証券より下だったら、諦めないって言いたいんだけど」
えーっと…
MKG証券を含む、武者小路グループの…トップになる人です…
とは言えない。
「うん…そこそこの会社に勤めてるから、大丈夫だよ」
何か言われる前に、また会おうね…と、電話を切ってため息をついた。
………
期待していたけど、携帯に響からのメッセージは、なにも入っていなかった。
響のことだから、川西くんとあんなバーに行ったこと、きっと面白く思っていないはず。
…だから、今日朝イチでここへ来るとか、「ちゃんと帰ってるのか?」とか、メッセージがあると思ってた。
でも、響とのトークルームは、中学時代のプチ同窓会に行くという私からの知らせで終わってる。
メッセージは既読になっていたけど、その後の返信がないのは、ちょっと珍しい。
昨日、蘭子さんって人と、そんなに遅くまで一緒にいたの…。
…聞いてみなきゃはじまらない。
こっちからもう一度メッセージを送ってみよう。
そう思ったとたん…携帯が、意外な人からの着信を知らせた。
「あ!琴音ちゃん?あのさー…響、お昼ごはんいらないよね?…焼きそば作ろうと思ったんだけど、1人分作ろうかそれとも2人分か迷っちゃって……!」
おじさん、お昼に焼きそば作るんだ…
日本のトップ企業の会長なのに…。
一瞬笑いそうになった余裕は、ここまでだった。
「響なら…こっちには来てないよ?」
「え?そうなの?こっちへ帰ってないから、てっきり琴音ちゃんのところに泊まったのかと思っちゃって…」
ごめんね…と言って切られた携帯を、私はいつまでも握りしめて、耳に当てていた。
どれくらいそうしてたんだろう。
いつの間にか携帯は床に放りだされ、バイブが振動して着信を知らせる。
見れば、外が暗くなり始めていた。
ダルくてすぐには動けなくて…
ベッドに突っ伏してた頭をようやく上げて、携帯を見てみれば。
…響。
「…もしもし」
「俺だけど…昨日会った見合い相手と、ちょっと外で会うことになったから…一応知らせておく」
「…そう」
「…それから、少し会えなくなる。何かあれば、携帯に…」
「わかった」
全部聞かないうちに、着信を切ってしまった。
…あの甘さはどこへ行っちゃったんだろう。
お見合い相手の女の人、よっぽど素敵な人だったのかな。
見た感じも、とても女性らしい人だったし、きっと私と違って大人なんだろうな。
私と違って、知性と教養があって。
私と違って礼儀やマナーをわきまえてて。
私と違って、もっとスムーズに響とつきあえような。
響を紹介して欲しいなんて、おじさんに頼めるということは、どこかのご令嬢なんだろうか。
きっと…私より、ずっと響にふさわしい…。
コメント
6件
言葉が足りなすぎるよね😔
何だかね,2人共お互いの事思ってるのはわかったし響は会社の最後の詰めかなんかしてると思うけれど,きちんと琴音ちゃんに言わないと琴音ちゃん離れて行くよ!
はぁ…↓ぐりぐりさんの仰る通りだよ…。言葉がまったく足りない。 やっと見つけた大事な琴音ちゃんなんでしよ?未里子さん達だって知ってるのに… あ、また琴音ちゃんを守るために何かしてるの? あんもう〜あおじちゃま!何も知らないの?そっくりな倅のことなんですが…はぁ…