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#憑依
成瀬りん
633
#家族
たつ
53
#日常
ももは
551
静かな山道を、三人は歩いていた。
ザッ……ザッ……
足音は深い森の中へ吸い込まれ、周囲には木々のざわめきと、遠くで鳴く鳥の声だけが響いている。
「なぁ、唯我」
先頭を歩いていた公太が、ふと振り返った。
「ひとつ聞いていいか?」
「何だ」
「鬼哭丸ってさ……結局、どんな力がある刀なんだ?」
公太は首をかしげる。
「さっき説明されたけど、いまいちピンと来なかったんだよ」
唯我は少しだけ目を伏せた。
「……親父から聞いた話だ」
歩みを止めず、静かに語り始める。
「曽祖父の仲間が、戦争中に山奥の寺へ避難したことがあるらしい」
「寺、ですか?」
一祟が驚いたように目を丸くする。
「ああ」
唯我は続けた。
「怪我人を連れて、しばらく身を寄せていたそうだ」
森を抜ける風が、三人の間を吹き抜ける。
「ある日、寺の修繕を手伝っていた仲間が、床板の下に大きな祠を見つけた」
「祠……?」
公太が足を止めた。
「長い年月の中で忘れられていた、“封印の祠”だったらしい」
「……封印?」
「ああ」
唯我の表情が、わずかに険しくなる。
「その中にあったのが――鬼哭丸だ」
一瞬。
山道の空気が張り詰めた。
「本来は、強すぎる力を封じるために埋められていた刀だ」
「じゃあ……」
一祟が息を呑む。
「曽祖父さんの仲間は、それを偶然見つけてしまったんですね」
「そういうことだ」
唯我は静かに頷いた。
「だから危険なんだ」
「鬼哭丸は、本来……表にあってはいけない刀なんだよ」
三人は再び歩き始める。
しばらくして、唯我は思い出したように口を開いた。
「……鬼哭丸には、“未来が見える”という噂がある」
「未来?」
公太が眉をひそめた。
「未来が見えるって……どういうことだよ?」
「ただ切れ味が鋭いだけの刀じゃない」
唯我は前を見据える。
「持つ者に、“人の未来”を見せる力があると言われている」
「人の未来……」
一祟は不思議そうに呟いた。
「そんな力が、本当に……?」
「さあな」
唯我は小さく首を振る。
「だが、伝説が本当なら……鬼哭丸は、ただの名刀じゃない」
その言葉を口にした瞬間。
唯我の胸の奥に、妙な違和感が走った。
(……そういえば)
(前にも、誰かに似たようなことを言われた気がする)
だが――。
思い出せない。
記憶の奥に、薄い霧がかかったようだった。
(……駄目だ)
(何も思い出せない……)
唯我は歩みを止めることなく、考え続けた。
その違和感だけが、胸の奥に残っていた。
やがて三人は、人の気配がない山道へと差しかかった。
すると――。
道端に、一人の老人が腰を下ろしているのが見えた。
一祟は近づき、丁寧に頭を下げる。
「すみません」
老人がゆっくり顔を上げた。
「ん……?」
「僕たち、《鬼哭丸》という剣を探しているんですが……」
一祟は周囲を見回した。
「この近くで目撃情報があったと聞いて、ここまで来たんです」
「鬼哭丸……?」
老人は目を細めた。
「なんだか……聞き覚えがあるような、ないような……」
老人は記憶を探るように、遠くの空を見上げる。
そのとき。
「なぁ、おっちゃん」
公太が老人の顔を覗き込んだ。
「その顔の傷、どうしたんだ?」
「こ、公太さん!」
一祟が慌てて振り向く。
「失礼ですよ!」
だが――。
老人は、ふっと笑った。
「構わんよ」
老人は頬の傷に触れる。
「昔の話だ」
「……戦争があってな」
「その時についた傷だよ」
三人の表情が変わった。
「戦争を……生き抜いたんですね」
一祟は、静かに頭を下げた。
老人の表情が、わずかに曇る。
「……残酷だったよ」
「仲間は、ほとんど死んでいった」
静かな声だった。
「生き残ったのは……わしを入れて、二人だけだった」
三人は言葉を失う。
森の中を、静かな風だけが通り抜けた。
やがて――。
一祟が慎重に尋ねる。
「もう一人の方は……今、どこに?」
「戦が終わってから、故郷に帰ったよ」
老人は遠くを見つめる。
「北の方の……雪深い町だ」
その瞬間。
唯我の身体が、わずかに反応した。
(……あの町か)
美鈴を捜しに行った、雪深い町。
唯我は老人へ一歩近づいた。
「その人の……名前と特徴を教えてもらえますか」
老人は、ゆっくりと答えた。
「名前は――」
「伊吹繁俍(いぶき・しげろう)」
「わしより、一つ年上でな……」
――カチリ。
唯我の頭の中で、何かがつながった。
老人は続ける。
「戦争中の話だ」
「仲間が山奥で敵を待ち伏せていた時……妙な刀を見つけたらしい」
唯我の目が鋭くなる。
「その繁俍も、その刀に触れたそうじゃ」
「触れたあと……何だったか」
老人は額に皺を寄せる。
「妙なことを言っていた気がする」
「確か……」
老人は小さく呟いた。
「“未来が見える”……だったかのう」
空気が凍りついた。
「……!」
唯我の瞳が揺れる。
老人は、さらに声を落とした。
「だがな……それからじゃ」
「繁俍の様子が、おかしくなった」
「何かに怯えるように……」
「何かに急かされるように……」
「まるで……見てはいけないものを見ているような目をしておった」
唯我の喉が、わずかに乾いた。
老人は続ける。
「ある夜……繁俍は言った」
『これは、人が持っていいものじゃない』
風が止まった。
「気味が悪くなったと言ってな……」
「その刀を、自分の手で山の奥へ埋めたそうじゃ」
「二度と掘り起こされないように……」
「自分でも場所を忘れるつもりでな」
沈黙。
その言葉を聞いた瞬間――。
唯我の脳裏に、忘れていた記憶が鮮明に蘇った。
囲炉裏の温もり。
雪深い町。
そして――。
優しい笑顔。
『おう』
『あんた、強いだけじゃなく……礼儀もあるな』
さらに――。
『でもな……』
『最初に来た時より、“ずっと良い目をしてる”ぞ』
「……!」
唯我の胸が、大きくざわついた。
(未来を知っているような……)
(まるで、俺を待っていたような口ぶりだった)
唯我は低く呟く。
「……あの時の……」
「唯我?」
公太が振り返る。
「どうした? 何か思い出したのか?」
一祟も心配そうに近づいた。
「唯我さん……?」
唯我は答えなかった。
ただ、遠くの雪景色を思い浮かべるように目を伏せる。
(……でも、あの時の俺は)
(“良い目”なんてしていた覚えはない)
(まるで……)
(これからの俺を見て、言ったみたいに……)
森を抜ける風が、三人の間を吹き抜けた。
唯我は静かに顔を上げる。
その横顔には――。
不穏な影と。
まるで運命に導かれているような、深い迷いが浮かんでいた。
そして――。
山のさらに奥。
誰も知らない場所で。
土の中に埋められた一本の刀が――。
わずかに、震えた。
コメント
1件
**美月ゆめか🌸の感想** 唯我くんの“良い目をしてる”って言葉、めっちゃ気になる…!あの時は自分じゃ気づけなかったけど、未来の自分を見透かすような台詞だったんだね。鬼哭丸の伝説がどんどん深掘りされて、ラストの刀が震える描写にゾクッとしたよ😭💕 続きが待ち遠しすぎる!