Pink
鞄の中の痛み止めの入ったピルケースを確認して、俺はドアに鍵を掛けた。
軽く深呼吸をする。大丈夫、ただコーヒーでも飲んで帰ってくるだけだ。運動をするわけでもないから、危険じゃない。
病気になってから、何事にも怖がる自分が嫌だった。
頭に蔓延る“時限爆弾”のリミットを恐れて。
最寄り駅に向かい、やってきた電車に乗る。案外人が多くて、それだけで顔をしかめたくなる。
数駅で、ホームページに載っていた最寄り駅に着いた。グーグルマップを駆使して歩いていくと、
「喫茶ピクシス…」
本当にあった。住宅街の中にひっそりと佇んでいて、まるで隠れ家のようだ。建物は小さくて古いが、漆喰の壁は白く、店名が書かれた看板も新しく見える。
「終末期の方のための場所」と小さいけれど明記してあった。
迎えられていると思うと同時に、いつか来る終わりがまたずんとのしかかってくる。
だけど、窓からのぞく店内には、暖色の柔らかな明かりが点いている。
よし。俺は勇気を出して木のドアを押し開けた。心地良いカウベルの音が鳴り響いて、「いらっしゃいませ」と男性の声がした。
「ひとりなんですけど…」
「おひとり様ですね。どうぞ、お好きなお席へ」
中は、白と木目のコントラストが美しい落ち着いた雰囲気だった。開店して間もないからか、お客は見当たらない。
俺はカウンター席に腰掛けた。というか、テーブル席はなかった。
コートを脱ぎ、置いてあるメニューを開く。書いてあるものは、全部が飲み物だった。シンプルである。
「あの……カフェオレをホットでお願いします」
かしこまりました、と一言。
マスターは、寡黙だけど聡明そうな人だった。真っ白のシャツに黒いエプロン。緩くウェーブのかかった黒髪に、銀縁眼鏡。この空間がよく似合っている。
「違ってたら申し訳ないんですが…、初めましてですよね」
彼が言った。そうです、と俺はうなずく。
「ありがとうございます。…ちなみに、この店はどうやってご存知に?」
「ネットで調べてたら、ホームページを見つけて。なんか、ほんと唯一の希望みたいに思えて、すぐ来ちゃったんです」
「それは嬉しい」と、マスターは本当に嬉しそうに口にした。
「お待たせしました。ホットカフェオレです」
目の前にことりと置かれたのは、ローズピンクのカップだった。中で、ソフトクリームのようにくるりと巻かれたホイップクリームがゆらゆらと揺れている。
いただきます、と一口啜ると、甘くもなく苦くもない心地いい味が広がった。
「おいしい」
息がこぼれた。マスターが小さく微笑むのが見える。
「きっと、たくさん我慢して苦しんで、ここを見つけてくれたんでしょう。やっと解放されたって顔されてますよ」
俺はぱっと顔を上げた。わかってくれてる。この人は、俺の気持ちを。
「そう…そうなんです。我慢はしてないけど、ずっと怖かったんです。明日がなくなるのが。だから病院以外行けなくて、でも楽な場所に行きたくて。そんなとこないって思ってたのに…」
ここがあった。
「まさにそういう場所ですよ。この『ピクシス』は。苦しみの果てにいる人たちが、少しだけ楽になれるかもしれないところです」
僕がそうなりたかったから、と最後に付け加えた。
「え?」
思わず聞き返していた。
「僕は生まれつき心臓が弱くて、今は心不全の状態なんです。だから、なかなか定職につけなくて。おまけに余命宣告なんてされて、生きる意味を完全に見失ってたんです。そしたら、たまたまここにあった古い喫茶店を見つけて」
リノベーションしたんですよ、と笑う。
「マスターがもう店を手放すっていうから、僕の残りの人生で守ってあげたいって思っちゃって。色々手伝ってもらって、ピクシスになったんです」
それはすごい奇跡の重なりだ、と思った。そして、俺にも何かできることはあるんじゃないかとも。
「……これからも、ここに来ていいですか」
「もちろん。僕とあなたがいる限り」
続く
Happy 5th Anniversary of SixTONES’s Debut!!!!!!
コメント
3件
きょもに素敵な出会いがあってよかった…✨ SixTONESデビューおめでとうだね🎉