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ある日、すちの元に大きな仕事の話が舞い込んだ。
海外での長期プロジェクト。最短でも2年、もしかすればそれ以上。
責任ある仕事であり、キャリアにとっても大きなチャンスだ。
だが、すちはただ一点で悩んでいた——みことと離れたくない。
「俺がいなくなったら…みこと、寂しがるかな…」
ふと想像して、胸が締めつけられる。
数日悩み続けた末、すちはある決断をした。
自分の将来だけでなく、ふたりの未来を考えようと。
そして――小さな箱を手にした。中には、シンプルで温かな光を放つ結婚指輪が。
週末の夜。静かに夜が更けていく部屋で、すちはみことを向かい合わせに座らせた。
少しだけ緊張したような、でも揺るがない真剣なまなざしで、みことを見つめる。
「みこと。仕事で海外に行く話が出てるんだ。最短で2年、もしかするともっと長くなるかもしれない。」
みことの表情に一瞬、不安の影がさしたのをすちは見逃さなかった。
けれど、すぐに優しくほほ笑み、そっと指輪の箱を開く。
「だから——籍を入れて、俺と一緒に来てほしい。
これからも、どこにいても、一緒に人生を歩いてほしい。」
それは、2度目のプロポーズ。
以前よりもずっと深く、未来を見据えた真っ直ぐな想いだった。
みことの瞳に、涙がぽろぽろとこぼれた。
驚きと嬉しさと、胸いっぱいの愛しさで声が震える。
「…うん、うん……行く。すちとなら、どこだって行ける。……ずっと、隣にいたい。」
すちはみことをそっと抱き寄せ、涙をぬぐって優しくキスを落とした。
「ありがとう。俺の全部、これからも、みことに捧げるよ。」
指輪はそっと薬指に収まり、ふたりの手は固く重なった。
未来への不安よりも、隣にいる温もりが、なにより確かなものだった。
___
出張の話を受けた数日後。
すちの「一緒に来てほしい」という言葉を受け止めたみことは、職場に退職の意思を伝えることを決めた。
その朝――
まだ薄暗い時間に目を覚ましたみことは、ベッドの中ですちの寝顔を見つめながら、静かに呟く。
「……俺、ちゃんと伝えてくるね」
すちは眠たそうな目を細めながらも、みことの頬に手を添え、優しく囁いた。
「がんばって。無理しなくていいから、ちゃんと俺が待ってる」
温かなその言葉に背中を押されるように、みことは出勤の支度を整えた。
いつもと変わらぬ朝のオフィス。
それでも、心の奥には小さなざわめきがあった。
緊張で手のひらに汗がにじむ。
直属の上司のもとへ足を運び、頭を下げた。
「……突然で申し訳ありませんが、今月いっぱいで退職させていただきたいと思っています」
上司は一瞬驚いた顔をしたものの、みことの真剣なまなざしを見て、ゆっくりと頷いた。
「……理由を聞いてもいいかい?」
みことはしばらく黙ったあと、すっと目を上げて口を開いた。
「大切な人と、海外での新しい生活を始めることになりました。
その人を支えたくて、隣にいたくて……この選択をしました」
一瞬の静寂のあと、上司は柔らかく笑った。
「きみらしいな。真っすぐで、あったかい」
「……ありがとうございます」
同僚たちにも退職を伝えると、驚きや寂しさ、応援の声が次々と寄せられた。
みことは胸がいっぱいになりながらも、最後まで丁寧に仕事をやり遂げた。
最終出勤日。
ロッカーの鍵を返し、最後の挨拶を済ませて会社を出た瞬間――
外の風がいつもよりやさしく吹いていた。
駅へ向かう帰り道、どこかぽっかり空いたような気持ちを抱えて歩いていたみこと。
そんなとき、すちからメッセージが届いた。
「おつかれさま。家あったかくして待ってる。 みこと、今日も最高にかっこいいよ」
その文字を見た瞬間、涙がふっとこぼれた。
「俺……これでよかったんだよね」
ポツリとつぶやいて、小さく頷く。
明日からは、知らない土地での新しい一歩が始まる。だけど隣には、すちがいる。
玄関のドアを開けると、すちがキッチンから顔をのぞかせた。
「おかえり。……おつかれさま、俺の宝物」
抱きしめられたその腕のぬくもりに、みことはそっと目を閉じた。
「ただいま、すち。……これからも、よろしくね」
指輪を交わしてからの数日間は、まるで夢のようだった。
みことは、時折薬指の指輪を見つめてはぽっと頬を染め、
すちはそんなみことを優しく抱きしめては「俺の奥さん、かわいすぎ」と囁いた。
会社への報告や、引っ越しの準備、ビザや語学の手続きなど、やることは山積み。
でも、どんなに忙しくても、ふたりで過ごす時間はかけがえのない宝物だった。
ある夜、引っ越しの荷造りをしている最中、みことはすちの古いアルバムを見つけた。
ページをめくるたびに笑い声がこぼれ、懐かしい大学時代の思い出に花が咲く。
「これ、すちが初めて私服で現れた時の写真だ…」
「なにそれ…!恥ずかしっ、やめてよ〜」
笑いながらじゃれ合っていると、ふとみことが写真に映る昔の自分を見てつぶやく。
「この頃の俺…すちのこと、こんなふうに好きになるなんて思ってなかったなあ」
「俺は、なんとなく気づいてたよ」
「え…?」
「だって、目がやさしかったもん。……みことの視線、すぐわかった」
不意に照れくさくなって視線をそらすみことの頬に、そっとキスが落ちる。
その夜は段ボールを積み上げたまま、いつの間にか抱き合って眠っていた。
旅立ちの前日。
夜のベランダにふたりで並んで立ち、星を見上げる。
涼しい風に吹かれながら、すちはみことの手をぎゅっと握る。
「明日から、新しい生活だね」
「……うん。緊張するけど、楽しみ」
「不安なことがあったら、すぐ言って。全部守るから」
「俺も、すちを支える。…俺、強くなるから」
満天の星の下で、そっと唇を重ねる。
言葉よりも深く、ふたりの気持ちはひとつになっていた。
そして、当日。
空港のロビーで、手を繋いで立つふたり。
「じゃあ、行こっか」
「うん……すちと一緒に、行く」
飛行機の窓の外、地上が小さくなっていく景色を見ながら、
みことはすちの肩にもたれ、そっとささやいた。
「俺、すちと出会えてよかった……心から、そう思うよ」
「……俺も。ずっと、これからも、みことと歩いていく」
新しい国、新しい生活、未知の世界。
それでも――ふたりなら、大丈夫だった。
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