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飛行機が到着したのは、すちの新たな赴任先──英語圏の近代的な都市。
空港を出た瞬間、みことは思わず息を呑んだ。
見慣れない看板、聞き慣れない言葉、行き交う多国籍な人々──
日本とはまるで違う景色に、少しだけ緊張が走る。
「……大丈夫?」
すちが優しく声をかけてくれる。みことは微笑んでうなずいた。
「大丈夫。隣にすちがいるから」
ふたりが最初に住むのは、会社が用意してくれた家具付きのマンション。
高層ビルの一室には、最低限の家具と、大きな窓から見える広い空。
最初の数日は、生活環境を整えることでめいっぱい。
日用品を買いに行くスーパーでは言葉に詰まり、レジの操作にもたつく。
「Thank you… えっと……えっと……Have a good day…?」
「……かわいいな、みこと」
耳まで真っ赤になっているみことの横で、すちはくすっと笑ってみことの手を握る。
不慣れな地でも、そのぬくもりがあるだけで、怖さが薄れていった。
数週間が経ち、みことは語学学校に通い始める。
最初は単語すら聞き取れず、泣きたくなる日もあった。
でも、帰宅してすちに「おかえり」と笑いかけられると、心がふっと軽くなる。
「今日ね、“thank you for your kindness”ってちゃんと言えたんだ」
「すごいじゃん。努力家だな、俺の奥さん」
「えへへ……もっと話せるようになって、すちの仕事も手伝いたいな」
夜、ソファでくつろぎながら、ふたりは英語のニュースを一緒に観たり、
お互いの言葉を覚え合ったり、時には文化の違いに戸惑って一緒に笑った。
「“chicken”って言ったつもりが、“kitchen”って言ってたみたいで、めっちゃ困惑された……」
「……料理の話で“台所食べたい”って言ってるようなもんだもん、それ」
ある日、些細なことで喧嘩になる。
すちが仕事で忙しく、帰りが遅くなりがちになっていた。
「今日も…待ってたのに、連絡もなくて…」
「ごめん、仕事が立て込んでて……」
「わかってるけど……俺、海外で……がんばってるのに……」
こらえきれず涙をこぼすみことを、すちはすぐに抱きしめた。
「ごめん。……寂しい思いさせて、ごめん」
「……俺も、ごめん。すちに頼りすぎてたかも……」
ぎゅっと抱きしめ合い、唇を重ねる。
そうやって、言葉が追いつかない分も、きちんと気持ちを伝え合い、仲直りしていった。
そして、ある休日の朝
「ねえ、みこと」
「なに?」
「……俺、こっちに来てよかったと思ってるよ」
「俺も。すちと来れて、よかった」
ベランダの陽だまりの中、ふたりで朝食をとりながら、そっと指先を絡める。
ふたりの薬指に光る指輪が、やわらかな朝日を反射してきらきらと輝いていた。
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