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そういえば、最近まともにナギと話すらできていない。最後に声を交わしたのはいつだったか。 数日前のことなのに、まるで何年も前のことのように遠く感じられた。
「ごめん。そこまで気が回らなくて。兄さんがツテを頼って記事の発表を遅らせてくれているけど、それも長くはもたない。早めに対応策を考えたくてさ」
『……別に、隠すことないのに』
「馬鹿言わないでくれ。君はこれからもっと有名になれる素質があるんだ。こんなところで変なレッテルを貼らせたくない。公表するのは簡単だけど、これからの芸能人生、いつかその事実が足枷になる時が来る。そんなの……僕が嫌なんだよ」
それは紛れもない本心だった。ナギには、泥を被ることなくずっと笑っていてほしい。だが、事態は一刻を争う。自分はどうなっても構わないが、ナギに、そして雪之丞たち仲間の未来にまで火の粉が飛ぶことだけは避けたかった。
「だから、記事が出る前に絶対になんとかして見せる。ナギも協力してくれ」
『……うん。わかった。具体的に、俺は何をすればいい?』
渋々ながらも納得したナギに、蓮は東雲から得た「莉音とMISA」の情報を包み隠さず話した。
「せめて、あの二人の決定的なスクープ写真があればいいんだけど……」
『そっか。俺も過去のフォルダを漁ってみるよ。……あ、あと、使えるかはわからないけど、マネージャーから聞いた話があるんだ。あの二人……現場の子供たちに暴言を吐いたり、突き飛ばしたりするんだって』
「は!? なんだよそれ、大問題じゃないか」
『大人がいない時を狙ってやるみたいで、証拠が全然残っていないらしいんだ』
ナギの声には悔しさが滲んでいた。子供番組を支える主演が、その子供を傷つけている。その理不尽さに、蓮の胸もギリリと痛んだ。
「……もしそれが事実なら、あの二人を守る価値なんてない。証拠さえ掴めれば……」
時刻は既に22時を過ぎていた。兄が戻ってくる前に電話を切らなければならない。別に後ろめたいことはないはずなのに、凛の前でナギの話題を出すのは、どこか「聖域」を侵されるような、ざわついた感覚が伴うからだ。
『……お兄さん』
「ん?」
『好きだよ、凄く。大好き』
「……うん」
今すぐ会いたい。会って抱きしめ、彼が自分の恋人なのだとこの腕で実感したい。
「僕も大好きだよ」
『あ! そこは好きじゃなくて、愛してるって言ってほしいんだけどな』
「……っ、それは、実際に会ってからだよ」
『ちぇ。……早く会いたいな』
「僕もだ」
おやすみ、と告げて切られた電話がやけに愛おしかった。画面の照明が消えるまで見つめ続け、名残惜しく指先でなぞってから、そっと目を閉じた。
「……蓮、ちょっといいか」
割り当てられた部屋で公式動画を眺めていると、戻ってきた凛が神妙な面持ちで声をかけてきた。いつになく顔色が悪い。自分のために奔走してくれている感謝と、兄の身を案じる不安が交差する。
「兄さん、大丈夫? 顔色が良くないけど……」
「問題ない。それより、困ったことになった」
凛は深い溜息を吐き出した。
「例の記事だが……明後日発売の雑誌に載ることになった。こちらの正式な回答を待たずに、だ」
「え!? そんなに急に……?」
「すまないが、俺が対処できる限界を越えた。これ以上、記事を止めることはできない」
凛の表情は苦渋に満ちていた。
「いっそ、付き合うのをやめたらどうだ? 最初から無かったことにすれば、事実無根だと誤魔化せ――」
「兄さん!」
蓮は思わず兄の言葉を遮った。
「僕は何があっても、ナギと別れるつもりはない。ナギも僕と同じ気持ちだと確信したから。それだけは、譲れないんだ」
「……そうか……」
凛はハッとしたように呟くと、唇を引き結んで俯いた。それ以上何も言わず、蓮に背を向けてドアへと歩き出す。
「兄さん?」
「……どうして俺は、お前の兄貴なんだろうな……」
ボソリと漏れた言葉は、あまりに脆く、掴みどころがなかった。蓮が聞き返した時には、兄はもう部屋を出ていた。その疲れ切った背中が、やけに遠く感じる。
追いかけようとしたその瞬間、ポケットのスマホが震えた。送信主はナギ。 添えられていたのは、莉音とMISAが恋人つなぎで歩く、過去の遠征時のスナップ写真だった。
『発見!』 短いメッセージに、一筋の希望が宿る。
(……助かった。でも、これだけじゃ弱いかもしれない)
東雲からはまだ連絡がない。自分を狙う犯人の正体も見えないまま、時間だけが砂時計のように零れていく。
「問題は山積み……だな」
溜息を吐き、電気を消して横になった。 翌日は、どんよりとした曇り空だった。重苦しい天気は、まるで自分の心そのものを映し出しているかのようで、沈んだ気分に拍車をかけた。