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だが、そんなことを言っている暇はなかった。今日中に何とかしなければ、明朝には自分たちの私生活が、悪意ある見出しと共に世間へ晒されてしまう。 結局、兄とは昨夜から口を利いていない。避けられているのか、朝起きた時には既に凛の姿はなかった。その事実が、蓮の表情をいっそう暗くさせた。
「おはようございます、御堂さん。大丈夫ですか?」
重苦しい溜息をつき項垂れていると、背後から爽やかな声がした。振り返れば、きっちりと制服を纏った弓弦が、心配そうに眉を寄せながら佇んでいた。
昨夜、明日発売の週刊誌に記事が載ると決まったことを弓弦にだけは伝えておいたのだ。彼はその後すぐに編集長へと直接掛け合い、今日、話し合いの場を設ける約束を取り付けてくれたという。
「先方には無理を言って、30分だけ時間を作ってもらいました。私も同席するという条件付きですが……。頑張りましょう」
本当に頼もしい男だ。幼い頃から第一線で活躍し、実績を積み重ねてきた弓弦だからこそ、ある程度の我儘も通るのだろう。
「……ありがとう。本当に、君がいてくれてよかった」
「安心するのは、無事に交渉が成立してからですよ」
弓弦の冷静な言葉に、蓮は小さく頷いた。頭では分かっている。だが、目前に迫る決戦を前に、胸の奥がきりきりと痛んだ。 情報屋の東雲には、既に場所と時間を伝えてある。彼が間に合わなければ、自分一人の力で交渉を有利に進めなければならない。
重苦しい思いを抱え、雑誌編集部が入るビルの前まで歩みを進めると、そこには予想外の人影が三つあった。
「も~、遅いよ二人とも!」
「な……美月!? それに雪之丞とはるみんも……どうしてここに」
驚きで足を止める蓮に、雪之丞が申し訳なさそうに視線を伏せた。
「僕たちに何ができるわけじゃないけど……美月さんから話を聞いて、もう居ても立ってもいられなくて」
「ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、ゆづたちの会話をたまたま聞いちゃったの」
「姉さん……」
弓弦が呆れたように呟くが、東海がフンと鼻を鳴らして肩をすくめた。
「たく、今さら俺たちだけ除け者なんて酷くねぇか? 今までだって、どんな困難も全員で立ち向かってきただろ。……流石にナギには言えなかったけどな」
「……みんな……ありがとう。でもナギには秘密にしておいてくれ。あの子には、良い知らせを持って会いに行きたいからね」
「うん。それがいいと思う」
三人は力強く頷いた。その笑顔を見た瞬間、蓮の胸の奥が熱くなる。 この仲間たちに、どれほど支えられてきただろう。こんな友人を持てた自分は幸せ者だ。今度は、自分が彼らを守る番だった。
ざわざわと騒がしい編集部内。応接室で一行を笑顔で迎えたのは、編集長の犬飼だった。
「やぁ、草薙くん。それに皆さんも。よく来たね」
ドアを開けた瞬間響いたのは、柔らかだが底の知れない声だった。 犬飼は端整な顔立ちをした初老の男だった。背筋が美しく伸びた長身に、切れ長の涼やかな目元。所々に白髪は混じっているが、相当な美形である。
「草薙くんから、おおよその話は聞いている。君のお兄さんからも散々釘を刺されていたんだがね。こっちも商売がかかっているんだ。これ以上待つのは厳しいよ」
犬飼は室内のサーバーから手慣れた動作でコーヒーを注ぎ、ソファーに座るよう促した。
「犬飼さん。そこを何とかできませんか? 私たちが出演している『獅子レンジャー』は今、歴代でもトップを争う人気作品なんです。それを、根も葉もない噂で潰されてしまうのは到底納得できるものではありません」
弓弦の言葉に、犬飼は顎に手を当てて考え込む振りをしてみせた。
「草薙くん。君の熱意は十分に分かった。だがね、私たちは慈善事業で雑誌を作っているわけじゃない。売れる記事こそが正義だ」
犬飼の切れ長の目が、細められる。
「御堂蓮くんと小鳥遊ナギくん。子供番組の主役二人が、裏で禁断の恋人関係にある。……これ以上に売れるネタがあると思うかね? まぁ、今や超売れっ子の君自身の熱愛報道とかなら、今すぐにでも差し替えるところだけどねぇ」
品定めするような、氷のように冷たい視線。
「……酷い……」
美月の低い声が落ちた。膝の上の手がわなわなと震えている。
「私たちは、モノじゃありません!」
声を荒らげた美月の肩を、蓮がそっと手で制した。
「美月、落ち着いて。……犬飼さん。根も葉もない噂を載せて、もしも僕たちが名誉毀損で訴えたらどうするつもりですか?」
「御堂さん!」
弓弦が声を上げるが、蓮は首を振った。
(弓弦の事だ。将来の自分のスキャンダルと引き換えに……なんて言い出し兼ねない。そんなこと、絶対にさせたくない)
「事実無根、ねぇ? 君は、我々が他に情報を掴んでいないと本気で思っているのかい?」
嫌な言い方をする男だ。恐らく、こんなやり取りは日常茶飯事なのだろう。
その証拠に犬飼の表情は余裕そのもので、焦る蓮を見て楽しんでいる様にも見える。